↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
シェイプシフトデバイス
459/589

5.9.02 - この世界、あの世界


 2日後。

 11月26日の夜。



 もうすぐ夜の11時。

 ごはんも食べて、お風呂にも入って。

 宿題も終わった。


「おやすみなさい。お父さん、お母さん」


「はい。おやすみ、未希ちゃん」

「おやすみ、未希」


 お父さんとお母さん。

 とっても優しくて、いつも未希のことを気にかけてくれる。

 どれだけ優しいかっていうと、死んじゃったパパとママよりも優しい。


 もう少し叱ってほしいって思うのは、わがままかもしれない。

 叱られ過ぎたおにいちゃんは、この家から出て行っちゃったんだから。


 だけど、おにいちゃんも、わがままだと思うんだよな。

 だって、わたしにはもう。

 我儘が言えて、愛情込めて叱ってくれる親なんて、世界のどこにもいないんだから。




 階段を昇って、部屋のドアを開ける。

 廊下の奥のドアは、おにいちゃんの部屋のドア。

 おにいちゃんがいなくなって、もう、何年も触れていないドア。


 電気を点けて、自分の部屋のドアを閉める。

 ベッドに近づいて、クマのぬいぐるみを、枕のところにずらす。

 そこに布団をかぶせて、わたしが寝ているように見せかける。


 ランタポンタは、今夜もわたしの代わりに、おるすばん。


 引き出しをあけて、ログインデバイスを手に取った。


 『 Waiting for Login 』

 『 Remaining Stay 69:57 』


 ログインリチャージは終わっている。


 部屋の真ん中に立つ。


 『 Join Me 』


 あれから。

 おにいちゃんは、どうしたんだろう。


 また、デバイスを落としてログインしたら……

 助けに来てくれるのかな……



 わたしは目を閉じて、その文字に触れた。

 ログインデバイスは落とさないように、しっかりと握る。


 目蓋の上に光がのしかかった。

 そして、音もなく遠のいていった。


 夕陽のような淡い感触を覚えると、周りの空気も変わった。

 懐かしい匂い。

 ホコリと、少しのかび臭さ。

 古くなった木造の家の匂い。


 頭に、ふわっとした温かい感触。

 いつもの枕と違う。


 左のほっぺに、なにかが触れた。

 ざらっとした感触が、ペロペロと、私のほっぺたを舐めている。

 そこからつたわる、草原でお日様に包み込まれるような感覚。

 意識の中に溢れたのは、朝陽が運ばれてくるような涼し気な風。


 目を開けなくてもわかる。

 リュウタが、おはようって言ってる。


 わたしの中につたわるリュウタの感情は、いつもあの頃のまま。

 綿あめみたいに、小さくて。

 わたしの腕の中で鼻先だけあげて、わたし探している、あかちゃんの灰色オオカミ。


 左手を伸ばして、ふさふさの首に腕をまわした。

 そのまま体毛に、顔をうずめる。


 リュウタ……


 無事だったんだね。生きててくれたんだね。

 ずっと、未希の傍にいてくれて、未希を命がけで守ってくれたリュウタ。


 思考の中で、ちっこいリュウタが、また駆け寄ってくる。

 そして、わたしの胸めがけて、飛び上がって来る。 


 わたしは目を開けた。



 カラフルな世界。

 わたしの大好きな場所。


 寝ていたのは、ベッドの上。

 頭はリュウタのおなかの上。


 ここはメモリア。

 ママのおうち。

 お部屋の中に差し込むのは、真っ赤な夕焼けの色。



 あのあと、どうなったんだろう。

 おにいちゃんは、どうしたんだろう。


 なんにもわからない。

 わたしは、ログアウトしちゃったから。



 これまでにも、何回かあった。

 強烈な魔法を発動すると、勝手にログアウトしちゃう。

 そんなことが起きるのは、未希だけだろうって、噴水おじさんが言っていた。

 でも、その理由はわからない。


 わからないけど、リュウタの目を覗き込む。

 すぐ目の前。

 10センチも離れていない。


「リュウタ、お腹空いた?」


 リュウタが、くんくんと、鼻を上下に揺らしている。

 流れてくるのは、干し肉、生肉、骨付き肉。


「ふふっ、そうだね。ずっとお魚と、キノコだったもんね」


 お肉も、お野菜も。

 なんにもないから、買いに行かなきゃ。


 なんだか暑い。

 そういえば、コートを着たままだった。


 ベッドから起きて、立ち上がる。

 そしたら、カランと、音をたてて剣が転がり落ちた。


 それよりも、まず、コートを脱ぐ。

 ルミナス・コアは、これを着てても寒かったけど、ここでは暑い。


 コートを近くの椅子に掛けて、床の剣を拾う。


 ブルームシード。

 カイルさんから貰った、片刃の剣。


 腰のベルトから鞘を外して、床から拾い上げた剣をしまった。

 そのままブルームシードは、タンスの中へ。


 こんなの差して歩いてたら、街のみんなになんて言われるか。


 それより、鏡の前へ。

 前髪から、ボブの毛先まで、指で梳いて整える。

 後ろで、カラダを伸ばすリュウタも、鏡に写っている。


 そのあと服装のチェック。

 わたしは、田心未希。

 この街のアイドルだった、田心詩織の娘。


 へんな姿は見せられない。見せたくない。


 でも、ちょっと汚れてる。

 もう、何十日も来てる服。


 けど……まぁいっか。

 早く行かないと、お肉屋さんが閉まっちゃう。


「いこ、リュウタ」


 リュウタが、フンと鼻を鳴らした。


 大丈夫。

 残されたのは、あと、少しの時間。


 リュウタと過ごせる時間も、あと少し。


 大丈夫。

 わたしは大丈夫だよ。


 別れることには、慣れている。


 大事なのは、その瞬間まで、どう過ごすか。

 どんな思い出を残せるのか。


 幸せな思い出を、たくさん残す。

 残したい。


 別れはつらいし、きっと泣いちゃう。

 いまだって、油断したら、涙があふれてきそう。


 でも、辛いのは……

 涙が思い出に変わるまでの間だけ……


 リュウタは大丈夫?

 みきがいなくても、平気?


 ……うん。そうだね。寂しいよね。

 でも、その日が来る。やってきちゃう。


 残りの時間は、ずっといっしょに過ごそうね。

 リュウタ。



 ドアを開けた。

 外に踏み出す前に、目を閉じた。


 わたしとリュウタ。

 旅の匂いは、もういらない。

 今日から、残りの時間は、お日様の匂いで包み込もう。


 リュウタと過ごせる、残りの時間を、幸せいっぱいに過ごそう。


 目を開けると、お日様の匂いが、足元から立ち昇った。


 ふふっ。

 リュウタが不思議がって、鼻を伸ばして匂いを嗅いでいた。


「でも、嫌な匂いじゃないでしょ」


 ……えっ、そっち? あっはは。

 そうだね。早く行こう。


 リュウタが、先に歩き出していく。

 まだ開いてる、お肉屋さんの匂いのする方へ。

 

 まって、リュウタ。


 リュウタが立ち止まって、こっちを振り向いたけど、また歩きだしていく。


 そうだね。

 夕方だから、おいしそうな匂いが、たくさんするね。


 じゃあ、走ろっか。

 みきを置いていかないでね。



 リュウタ……








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。