5.8.16 - 神様の片思い
静かだった。
目線の先には、笑みを残したままのストーム。
それが、血だまりの中に、横たわっていた。
ソフィアも死んだのだろうか。
未希はと、視線を向けた。
未希の頭をお腹に乗せたリュウタが、未希の頬を舐めている。
未希は、ログアウトしてるだけなんだよな?
いまごろ、ストームと、ここで起きた出来事でも話しているのだろうか。
どうでもよかった。
怒りもない。
悲しみもない。
怖いとすらも思わない。
あるのは、谷底にいるような重苦しさ。
それが胸と胃の間から湧き上がってくるだけ。
立ち上がった。
それから、サンダーソニアを抜いた。
なんでも斬れるという剣。
試しに、逆手でグリップを握りしめ、全力で剣先を床に突き下ろした。
コン、と鈍い音。
それで、床から弾き返されただけ。
剣は折れることもなく、床には傷ひとつついていなかった。
このナマクラ。
祝福なんてウソだ。
この剣に憑りついているのは、呪いだけだ。
剣を右手に持ち替えて、振り返る。
神様は執務机で、何事もなかったかのように書き物を続けていた。
オレは、歩き出した。
神様の方へ。
結局。
みんな死んだ。
ストームも、ソフィアも。
たぶんミラーも。
ルカも死んだ。
みんな戦って死んだ。
ランタやポンタはどうしたんだろう。
ルルや、ヘラジカ達はどうしているだろう。
あの極寒の地で、ハラを空かせて、オレ達の帰りを待っているのだろうか。
左手を叩いて、ログインデバイスを出してみた。
Rebuild の文字は、消えていた。
数字も表示されていなかった。
ルミナス・ノードへ帰れるような文字もない。
もう、ここで死ぬか、あれを倒すか。
選択肢は、そのふたつしかないようだ。
神様のところへ近づいた。
サンダーソニアは抜き身のまま。
机を左から迂回して、書き物を続ける神様の横に立った。
なにを書いているのだろうと、手元を見たが、なにも書かれていない。
ただひたすら、エンピツのようなものを這わせているだけだった。
「おまえは、ストームなのか」
手が止まる。
オレも、殺されるのかと全身を固くしたが、神様は顔を上げただけ。
顔を斜めに向けて、オレの顔を覗き込んだ。
フードがずり落ちた。
左目は黒髪に隠れたまま。
右目は長いまつげ、切れ長の目。
そこに座っていたのは、無表情の女性。
少し大人びた、ストーム。
ストームが椅子を引いて、立ち上がった。
向きを変えて、オレと向かい合った。
なにも喋らない。
表情も変わらない。
佇まいは、記憶の回廊にいたガーディアンのようだ。
ストームが、両腕を上げて、左右に広げた。
視線は、オレの目。
「おまえを殺せばいいのか?」
神様のストームが目を閉じた。
そしてほんの僅かだけ、顔を上に向けた。
「それがおまえが求める答えか?」
なら……簡単だ……
これで、終わる。
ワールドカウント24が終わる。
シェイプシフトデバイスが手に入る。
それがおまえの計算、答えか。
オレは、剣を持ち上げた。
神様のストームの首に、刃をあてた。
もううんざりだ。
ニフィル・ロードは、最悪だ。地獄だ。
どうしてこんな世界で、オレがオレのままでいられたのか。
最後の最後で、この仕打ち。
オレにおまえを殺せだと?
そこになんの答えがある?
オレが、初恋の相手?
なのにどうして、オレに殺されるんだ?
おまえは、なにが知りたいんだストーム?
頭脳明晰で、あの世界では、オタクで、人見知りで、不健康で。
なのに、この世界では、まるで別人。
だれか、教えてくれ。
未希。
ソフィア。
ミラー。
リュウジでもいい。
カイル。
ティナ。
思い浮かべたところで、だれも答えちゃくれない。
ストーム。
ああ、そうか……
もしかして、おまえ、選んで欲しいのか。
未希なのか、真結なのか。
ここでおまえを殺せば、未希がよろこぶのか。
なんだ。
そんなことかよ。
だったら、簡単だ。
だから、オレは。腕にチカラを込めた。
サンダーソニアを神様の首に押し込んだ。
でも、斬れない。
オレには、斬れなかった。
サンダーソニアは、ナマクラだった。
この役立たず……
オレが持つサンダーソニアでは、ストームは……
斬れない。
天井を見上げた。
「ごめんな、未希」
その言葉が、口から漏れた。
目線を神様のストームに戻した。
ストームも、目を開けて、オレを見ていた。
「なぁ、ストーム。
オレは、おまえの気持ちに、なにひとつ答えてやれない。
殺すことも、生かすことも、オレはおまえに、なにも望めない。
だからここで、オレも殺してくれ……」
神様は無表情のまま。
無表情のまま、ストームは、左右に広げていた両腕を曲げた。
オレの手の上から、サンダーソニアのグリップを掴んだ。
その手のチカラが、オレの手に伝わる。
グリップを押し込んでいく。
やめろ、ストーム。
オレは、そのチカラに反発した。
だが、動かない。動かせない。
華奢なストームの腕を、押し返すことができない。
やめてくれ。
刃は止まらない。
手には、なんの感触も伝わらない。
それでも感じる。
オレの手が。ストームの手が。
小枝すらも斬れなかったおまえの手が。
サンダーソニアの刃を、色白の首に喰い込ませていく。
無表情のままで。
オレは目を閉じた。
目の前で起きようとしていることから逃げた。
見たくない。
ああ……
ストームの意識か。
それとも、オレの記憶か。
夢でも見ているかのように、言葉が、流れ込んでくる。
……わたしは、わたしを殺せる。
……答えは、出たかのか?
……出なかった……ね
……おまえはホントに、ヒドイやつだ……
……ごめん。でも、始まる。始められる。
……なにを?
……後悔のない、人生……かな。
……オレは役にたったのか?
……ん、ありがとう、総司……
意識の中の、ストームが消えた。
「……ならそれでいい」
静かになった。
目蓋の上に、光がのしかかったが、弱まり、遠のいていく。
光が和らいでいく。
目蓋に残ったのは、夕陽のような淡い感触。
周りの空気が変わった。
懐かしい匂い。
ホコリと、少しのかび臭さ。
古くなった木造の家の匂い。
目を開けると。
剣は両手で、突き出されたままだった。
見覚えのある部屋。
窓辺から見えるのは、今日の終わりを告げる夕陽。
メモリア。
モルウェナの屋敷だった。




