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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.8.15 - 初恋の人



 ソフィアのカラダに、2本の銀色の細い棒。



 ソフィアの両ひざが、床に落ちた。

 そのまま天井を向いて、仰向けに倒れた。


 なにが起きたのか。

 わからなかった。


 ストームの声。

「ソフィ……ア?」


 ストームが、腕で地面を掻き、ずりずりとソフィアの元へ這いずっていく。

「いや、いやぁぁ、ソフィアっ、ソフィアぁぁ、いやーっ」


 ソフィアの元へ辿り着いたストームが、そのカラダにしがみつく。

「ソフィアあああ、いやだあああ」


 ほんの10メートル先の出来事なのに、オレにはまだ、なにが起きたのか理解できていなかった。



 ストームの周りの空気が歪んだ。


 歪むというより、震えている。

 まるで地震が起きたように、床から、宇宙までとどく勢いで、ソフィアにしがみつくストームの周囲が揺れ動いていた。


 音はしない。

 その光景は、ミュート状態のホラー映画のようだった。


 矢筒に入っていた矢が、宙に浮きあがった。

 音もしないまま、すべての矢が筒から離れて、ストーム達の頭上に舞い上がった。


 ストームが、抱きかかえていたソフィアから上半身を起こした。

 衣服も、顔も、前髪にも、べっとりとした血のような液体が染み着いていた。


 宙に浮いた全ての矢じりの先が、執務机に座る神様に向いた。


 そして矢が消えた……その瞬間。

 事務机の方から、強烈な突風。


 その突風でオレは弾き飛ばされた。

 床で寝ている未希も。その近くで佇んでいたリュウタも飛ばされているのが見えた。


 オレは、カラダを床にたたきつけられた。

 すぐ近くから、リュウタの甲高い呻き声。


 目を向けると、リュウタは未希の下敷きになっている。

 大丈夫だ。

 ただ突風に飛ばされただけ。

 未希も無事だろう。リュウタが身を挺した。


 カラダを起こして、視線を事務机の方へ向けた。


 離れた右側に、ソフィアが転がっている。

 動き出す気配はない。

 ストームは正面の少し手前。仰向けで倒れていた。


 なにが起きた。


「ストーム……なにが起きた……」


 返事がない。

 起き上がって足を動かす。

 大丈夫だ。オレはどこもケガをしていない。


 ストームの元へ。


「ストーム……おまえ……」


 まるでハリネズミだった。

 両腕、両足、ハラ、胸。

 刺さっていないのは、頭だけ。


 矢筒に残っていたすべての矢が、ストームのカラダに刺さっている。


「ストーム……」


 抱え上げようとしたが、どこに触れたらいいのか。

 どこに、触っていいのか。

 ほぼ全身に矢が刺さっている。

 みるみるうちに、背中の床が、血だまりになっていく。


 オレは、その血だまりに、膝を落とし、ストームに声を掛けた。

「なにが、どうなった……ストーム」


「……神様、すごいね。強すぎ……」

「だってあれは、おまえだろう……」


 息も絶え絶えのストーム。

 ログアウトさせればいいのか?

 再ログインで、ここに戻ってこれるのか?


「総司……」

「なんだ」


「わたしはね、わたしが嫌い」

「ああ。知ってるよ。オレと同じだからな」


 あの雨の日。

 おまえは、そう言った。


「だからね、わたしは、わたしを殺せる……」


「……ああ。そうかもな」


「ソフィアも同じ。

 ソフィアを見ていると、わたしは、ますます自分が嫌いになっていく。

 だから殺せる。

 たぶん、未希さんも。

 みんなと仲良しの未希さんを、わたしは嫉妬してる」



「そんなの、誰だってそうだろ」


「でもね……あの神様が、本当にわたしなら」


 ストームの意識が遠くなっていく。

 ログインデバイスを出してやろうと、左手をみると、手のひらにも矢が貫通していた。


「あの神様は、総司を傷つけたりなんてしないよ」


「……なぜだ。どうしてそんなこと言い切れる?」


「ゴ、ホっ……」

 ストームが目蓋を閉じた。

 その口から、血がはじけ飛ぶ。


 それでも、まだ、口が、ゆらゆらと動いている。

 なにかを伝えようとしている。


 オレは、左耳を、その唇に近づけた。

 近づけすぎて、ストームの唇が、オレの耳に触れた。


「これもきっと、わたしの計算……

 長くて複雑な問題を解いてる途中……

 でも、その答えのひとつが、もうすぐ出る……」


「答え……?」


「そう。絶対不変の宇宙のルール……」

「それはなんだ」


「あの神様を倒せるのは、総司だけだよ。

 総司が来るのを、たぶんずっと待ってた……」


「……あんなの、どうやって倒せって言うんだ」



 ――大丈夫


 わたしは……総司を傷つけるはずがない……


 だからね。


 その答えを……


 だってさ……

 総司は、わたしの……



 初恋の人……




「…………ストーム」


 耳を離して、ストームの顔を見た。

 目蓋を開けたまま、少し笑っている。


 なのに、その唇は、もう動かなかった。


 たぶん。

 ストームが死んだ。


 退場した。



 


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