5.8.14 - 勉強部屋
直前までの、喧騒が消えた。
目蓋に、重みのある闇がのしかかっていた。
顔を上げて目を開けると、目に映ったのは、青白く縁取られた巨大な黒い円盤。
いったいなんだ。アレは。
天井はなく、視界一面にそれが広がっている。
見たことがある。
日食に似ている。
太陽を隠し、その光りに縁どられた、昼間なのに真夜中の月。
しかしこれは、あまりにも巨大だ。
視界ギリギリの大きさの日食。
「ソウジ!」
左側から、ソフィアの声。
リュウタが小さな足音をたてて、オレの背中から降りた。
バサバサとカラダを揺らし、水滴を弾き飛ばしている。
その音に視線を向けると、灰色オオカミが駆けていく先は、ソフィアの足元でうずくまる未希。
抱えていたストームを床に降ろす。
オレもストームも、ずぶ濡れだった。
ここはどこだと確認する前に、頭の上の枕を掴んで、目元まで下ろした。
予想はしていたが、枕の感触は、渡り鳥のルカだった。
「おまえも、未希を追いかけてきたのか」
ピュ……と、かぼそく鳴き声を上げた。
オレの手首に頭をもたげて、ぐったりしている。
外傷は見当たらないが、どこかケガでもしているのだろうか。
渡り鳥達も勇敢に戦い、槍で叩き落とされ、命を散らしていた。
ルカもあの中にいたのだろうか。
ルカを両手で抱えたまま、未希のところへと近づいた。
「未希は?」
「ログアウト……しているみたいよ」
「そうか」
ならいい。
前にも見た。
未希の胸元に、ぐったりとしたルカを降ろす。
顔の最前列は、すでにリュウタが占有している。
未希の鼻の匂いを嗅いでいる。
ここはどこだと、ようやくあたりを見渡す。
図書館……?
薄暗い、だたっ広いホール。
左右に2階建てくらいの高さの書棚が並んでいる。
右の棚と、左の棚まで距離は、十数メートルありそうだ。
その奥は、なんだろう。
200メートルくらい先に、ぼんやりとした光のカタマリ。
「ここはなんだ」
「ルミナス・コアかしら。どこかの国立図書館みたいね」
「ストーム、しゃべれるか」
「ん……」
ストームは、仰向けのまま、天井を眺めていた。
「見えてるか」
「ん、よく見える。わたし暗視状態だから」
「ここは、ルミナス・コアか」
「だとしたら……上に見えるあれが、ルミナス・ノードなのかな」
ストームが、両手を持ち上げて、左手を3回叩いた。
ログインデバイスが出現する。
それに視線を向けた。
「この数字なんだろう」
「数字?」
オレもログインデバイスを出す。
ソフィアも、左手を叩いている。
『 Rebuild 07:42 』
文字の色は赤。数字は1秒ごとに減少いていく。
「残り時間かしら。触れてもなにも起きないわね」
「ん……これが、主神の再生機能かな」
「残り時間は?」
「全エレメントの、4人が集まるまでの猶予時間かな。ソフィアがここに入ったのって2分半前?」
「そうね……混乱してて、考える余裕もなかったけど、そのくらいかもしれないわね」
「この時間がゼロになったらどうなるんだ」
ストームが、ログインデバイスから顔を上げ、薄目でホールの奥を見つめた。
それにつられて、ソフィアを顔を向ける。
そして、オレも。
「とりあえず、奥に行ってみるしかなさそうね」
「ああ、そうだな」
それ以外になさそうだ。
オレは未希を背負おうと、未希の傍へ。
かわらず、胸元にはルカ。
リュウタは、しきりに、未希の鼻や口元の匂いを嗅いでいる。
「心配するなリュウタ。未希は生きてる。いまごろ菓子の袋を開けてるよ」
リュウタが顔を上げて、クゥと鼻を鳴らす。
こんどは、ルカの匂いを嗅ぎながら、頭を降ろした。
「ルカもな。ついて来てくれてありがとうな」
ルカは、動かなかった。
目線を未希に向けたまま。
クチバシを開けて、その中から、小さな舌がはみ出ている。
黄色い足が、地面に垂れ下がり、羽毛の枕は全く動かない。
リュウタが鼻先を伸ばして、舌を出した。
食べようとしているわけではないだろう。
愛おしそうに、自分の妹か、弟の疲れを癒すように。
優しく、ルカのクビの根っこをなめている。
ルカの体毛が動いているのは、その部分だけだった。
ルカはもう、呼吸をしていない。
後ろからソフィアの声。
「未希は、わたしが背負うわ。ソウジはストームを」
「ああ。ありがとう、ソフィア」
立ち上がって、ストームの元へ。
「立てるか、ストーム」
「ん、足にチカラが入らない……」
ストームを左肩の半身で支えて、立ち上がらせた。
ソフィアは、未希を背負う。
リュウタも、その後に従う。
そして、オレ達は、ホールの奥へ。
ルカだけを床に残し、ぼんやりと光る場所へ向かって、歩き始めた。
不思議な光だ。
分厚いタオルで透かしたような、白色の光。
近づいても、眩しいとは感じない。
ストームも目を開けて、その光りを眺めている。
近づくと見えてきたのは、巨大な書棚に囲まれた突き当り。
中央に、1脚の執務机。
そこに、黒いフードを被った小柄な人物が座っていた。
右側から、ソフィアの声。
「あれが……神様?」
左の肩の下からストームの声。
「ん……でも、あれって、やっぱり……」
他には誰もいない。
コの字型に囲まれた書棚の中央で、机に視線を落とし、しきりになにか書き物をしている。
オレ達には、目もくれない。
だただた、一心不乱に、なにかを書いている。
オレ達は、20メートルくらい手前で、足を止めた。
ソフィアは、未希を降ろし、オレもストームを床に降ろした。
「リュウタ。未希を頼むぞ」
言われるまでもないだろう。
オレには目もくれず、リュウタは床で眠る未希の傍らに張り付いた。
左手を叩いて、ログインデバイスを出す。
『 Rebuild 05:12 』
文字は赤いまま。
神様とおぼしき、フードの人物に視線を戻す。
フードを深く被っているので、人相はわからない。
隙間から見えるのは、透き通るほどの白い肌。
小さな口元。スラっとした鼻。
それと同じパーツをつけた顔が、すぐ横にもある。
「あれは、おまえか。ストーム」
「ん……」
「ソフィア、おまえは、なにか知ってるか?」
「あの神様が4代目で、カウント20から君臨しているってことは聞いたことあるけど……ストーム? なの?」
「オレ達も、詳しくはわかっていない。でもあれは、どう見ても……」
フードを被ったストームを、オレは何度も見ている。
だから、わかる。
確信を持って言える。
あれは、待ち合わせ場所にいたストーム。
図書館で本を読んでいたストーム。
そっくりだ。
もし、横にストームがいなかったら。
オレはあの神様に「おい、ストーム」と声を掛けているだろう。
横で上半身だけ起き上がっているストームを見た。
そっくりな口を半開きにして、見つめているだけだった。
ソフィアが口を開いた。
「なんだか、敵とかモンスターって感じしないわね」
確かにな。
あれは、なにかに夢中になっている真結。ストームだ。
ソフィアが、歩き始めた。
執務机に、近づいていく。
あと10メートル。
ソフィアが口を開く。
「ねぇ? なにを勉強しているの?」
机の上のフードが動いた。
顔を上げた。
目元が見えた。
やはり、ストームだ。
ほんの少しだけ大人びている。
二十歳か、そのくらいだろうか。
ソフィアがまた口を開く。
「え……あなたって、もしかして、あのとき」
言葉の途中で、ソフィアの上半身が、トンと後ろに揺れた。
右足だけ、半歩後ずさった。
そのおでこと、左胸から、銀色の細い棒が伸びていた。
なんだろうと、目を細めた。
よくわからない。
なんだ、あれは。




