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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.8.12 - オレの敵


 北側の戦場を見つめるストームが言った。


「戦闘が終わっちゃいそう」


 視線を向けると、辿り着いた先頭の騎馬が、勇敢のプレイヤーらしきなにかを蹂躙していた。

 独りは、馬に跳ね上げられたのか、空高く弾き飛ばされている。


 その一撃で、勇敢のプレイヤーは、半数近くに減っていた。


「ポンタさんが、射撃を始めるようですよ」

「え?」


 ランタは、北のソラを見上げていた。

 目を閉じていない。

 視線の先には、オレにはなにも見えないが、渡り鳥の群れが飛んでいるのだろうか。


「撃ちました」


 ランタが言った。

 なにも見えないし、なにも聞こえない。


「どれか、命中させたい相手はいますか?」

「ん……?」 

「撃つのはポンタさんですけど、命中先の選択をするのは、わたしなんです。あと4秒」


「え、じゃあさ……そしたら、あの3列目の先頭にして」

「了解です。ストームさん」


 ランタが、ニコッと笑った。

 いや、これから、ヒトを殺すんだよな?


「あ、転んだ」


 ストームが指示したらしき、騎手が落馬した。

 馬が制御を失い、僅かに生き残っていた数匹の犬が、その後ろすり抜けて、奥の馬上のプレイヤーに飛びかかった。


「すごい。面白い! 次もいい?」


 チェスかなにかをやっているようだ。

 ストームが指示を出し、ピンポイントで、騎馬隊の急所をついていく。


 全滅しかけていた勇敢の陣営が、束の間の立て直しを得たかもしれない。

 幾つかの閃光が騎馬隊に向かって走ると、数体の騎馬からプレイヤーが転がり落ちた。


 それでも、僅かな時間稼ぎにしかならない。

 やがて、2~3人のプレイヤーが、背中を向けて、逃げ出そうとした。

 無論、騎馬から逃げられるはずもない。

 すぐに追いつかれて、背中を討たれていた。


「終わったね。どうなるんだろう」

「呑気だな、ストームは」

「だって、目の前で、あんな組織戦闘が起きてるんだよ。すごいよ」


 なにかの動画に夢中になっているようなストームだった。

 まぁ、冷静でいてくれるなら、それでいい。


 未希が言った。

「整列しなおしてる」


 戦闘が終わった騎馬隊は、隊列を整えていた。

 遠いのでわかりにくいが、騎馬の群れが横並びで3列。

 まだ20騎と少し。そのくらいの数が残っている。

 その正面は、この丘に向いていた。


 するとこちらの丘からも、1騎の騎馬が、その隊列の方へと駆け出して行った。

 あの姿。日本人に化けたという、ウォルターだ。


 ウォルターは、騎馬隊の方に、手を振っている。

 なにをしに行くつもりなのか。


「ランタさん、ポンタさんに射撃の連絡ってできる?」

「できますよ」


「どうするつもりだストーム。ウォルターを撃つのか?」

「ちがう。ウォルターは、時間稼ぎをしにいってくれている。そうだと信じる」


 ウォルターが、正義の騎馬隊との距離が半分ほどのところまで行くと、騎馬隊の左の方で、小さな発光。

 カメラのストロボを焚いたような、束の間の白い光だった。


 その直後。

 平原のど真ん中で、騎馬に乗っていたウォルターが、地面に崩れ落ちた。


「なんだよ……あいつ、殺されたのか」

「ぜんぜんわかんない。なにが起きたのかな……」


 3列の騎馬隊が、動きだした。

 走るのではなく、歩いている。


 ウォルターが崩れ落ちたところへと向かっている。


 距離は、数百メートル。


「わたしたちは、伏せよう。みきさん、ヘラジカを斜面の影に」

「うん」


 ストームの指示で、オレ達は伏せた。

 ヘラジカは、頭が隠れるところまで、斜面を下らせた。


 様子が見えにくくなったが、騎馬隊が、ウォルターが転がっているところまで近づいた。

 オレ達は伏せたまま、クビだけ上げて、なにが起きるのかを見守った。


 地面に這いつくばっているウォルターが、淡く光だした。

 その光りが、ぐるぐると渦を巻いて、竜巻のように上に立ち昇っていく。

 ウォルターのカラダはその竜巻の中だ。もう見えない。

 その竜巻が、徐々に横に広がっていく。

 周囲にいた、騎馬隊が、慌てて向きを変えようとしている。


 竜巻は、それよりもはやく拡大し、騎馬隊の大部分を包み込んでしまった。

 渦の外にいる騎馬は、右に2騎、左に4騎。


 未希が言った。

「あの魔法って、ソフィアさんの魔法かな……?」

「うん。あんなことができるのはソフィアだけだよ。すごい」


 たしかに……

 殺される前提で、ウォルターのカラダにトラップを巻きつけるなんて。

 ソフィアにしかできない。


 ストームが矢筒に両手を伸ばし、矢を2本手に取った。


「ランタさん、あの渦に入らなかった騎馬を撃ち落としてほしい。右側の2騎」

「了解です」


「みきさん、ナイトビジョンを、私にだけ」

「え、まゆさんにだけ」

「うん。暗視の目だと、ルミナス・コアで目が見えなくなるかもしれないから」


「……わかった」


「ランタさんが射撃しました。着弾まで3秒」


 ストームが目を閉じながら言った。

「ん、ありがと」


 2本の矢が、ふっと宙に浮く。

 目を開ける。


「ん、よく見える」


 パン、と、音を立てる。そして2本の矢が消えた。


 先に倒れたのは、右側の騎馬がひとり。

 そのあと、左側の騎馬の2人に、ストームの矢が突き刺さる。


「次弾射撃済みです。着弾します」


 ストームも、ふたたび矢を掴む。

 先ほどと同じように、破裂するような音を立てて、高速の矢が放たれた。

 その矢は、1秒かそこらで、右往左往していた騎馬のプレイヤーを薙ぎ払った。


 右に残っていた騎馬のプレイヤーも、地面に崩れ落ちた。


「あぁぁ、疲れた。もうムリ。動けない」


 ストームが転がり。仰向けになって言葉を零した。

 距離。700メートルはあるだろう。

 ストームは、銃弾よりも速い4本の矢を放ち、すべて命中させた。


「ストーム。すごいなおまえ」

「キャラメルラテのみたい。ピザたべたい」

「あとで、買ってやるよ」

「総司、行方不明じゃん」

「いつかまた、駅前のあの店に行こう」

「絶対だよ」

「ああ」

「フフッ……楽しみ……」


 ストームが、微笑みながら、右腕を目の上に乗せた。

 口元も歪んでいる。


「まゆさん、ずるい」

「みきさんもいっしょだよ」



 竜巻が霧散した。

 巻き込まれていた、騎馬の半数以上が、馬から落ちて、顔を抑えながら地面を転げまわっている。

 残りの騎馬も、暴れまわる馬にしがみついていた。


「目つぶしか」

「ん、あれなら、馬が落ち着くまで、かなり時間が稼げる」


「かなりって、どのくらいの時間だ」

「わかんないけど……ねぇ、ランタさん」

「はい」


「あとは、落馬してないプレイヤーを優先に撃ち落とせる?」

「実はもう弾が、あと2発だと思います」

「そっか。じゃあ、騎乗の有無にかかわらず、指揮官っぽいヒトをあとふたり」

「わかりました」


「みきさん」

「うん」


「氷が割れて、水が流れ出たら、3人でルミナス・コアへ渡って」

「まゆさんは?」


「わたしはここで待ってる」

「え……やだよ。まゆさんもいっしょだよ」


「わたしが入っても、目を開けられないかもだから、みきさんは先にいって」

「やだよぅ」


「みきさんが先に行けば、総司もかならず行く。だからみきさんが先頭だよ」

「でも……」


「ここまで来たんだから、目的を果たそう。もう手の届くところにある。みんなそのためにやることをやった。あとはみきさんと、総司の仕事。ふたりにしかできない仕事を、ルミナス・コアでやってきて」


「……おにいちゃん」

「ああ。それはダメだストーム」


「ん……なんで」

「おまえも見たいだろ。神様。論文に書くんだろ?」

「見たいけど……足がうごかないし、たてない」


「なら、オレが抱えて運ぶ」

「でも……こわい、もし神様が、わたしだったら……未来のわたしだったら」


「なんだ、それを気にしてたのか」

「総司は、わたしの目の前で、わたしを殺せるの?」


「オレの敵は神様じゃない」

「じゃあなに?」


「いつだって、オレの敵は、オレ自身だ」

「……なにそれ」


「オレにも、さっぱりわからないが、とにかく……」


 月を見上げた。

 もうすぐ真上に来る。



「あの月をぶっ壊せばいんだろ?」



 


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