5.8.11
騎馬に乗った日本人が、離れた場所から丘を駆け上がった。
登りきったところで、馬の足を止めた。
間違いない。
あのとき俺が斬り伏せた男。
なぜだ。なぜ生きている。
オレは、腰のグリップを掴む。
そして、前に出た。
男は馬上から、声を張り上げた。
「ソウジ。前に言ったはずだ。私に剣を向けるのはかまわないが、君が私の敵になるのら、全力で君を倒すぞ」
英語で、ウォルターの声。
「おまえは、オレが殺したはずだ。なぜ生きてる?」
「ああ、そうか。この男は君が殺したのか」
「はぁ?」
「他の男は顔に矢が刺さっていて、あとひとりは体格が合わなくてな。この男しか選択肢がなかった」
「なんの話をしてる」
「詳しく説明している時間はないんだが……この世界で魔法が使えるようになったとき、私は、別の人間の顔と入れ替える魔法が使えるようになった。私は変装や、なりすましが得意なのでね。その知識と経験のおかげだろうな」
「魔法……? 変装?」
「いまの私のこの顔も、業務のひとつだ」
男は、馬の手綱を曳きながら、こちらに歩き始めた。
北の方から、歓声と怒号があがった。
思わず目を向ける。
西からまた照明弾が上がっている。
こんどは1つではなく、3つ。
その明かりに青白く照らされた地面を、騎馬隊が駆け抜けていく。
進む先にいるのは、東から来たらしき、犬の群れ。
ソリから外されたのか。
犬は、横に広がった状態で、迫りくる騎馬隊に向かっていく。
遠くてわかりにくいが、犬の周囲の空気が歪んいる。
なにか魔法を唱えているのだろうか。
「ストーム」
騎馬に乗ってきた男が、ストームの名を呼んだ。
男と距離は、もう10メートルくらいだった。
「んん……?」
ところが、ストームも北側の様子から目が離せないようだ。
「あまり時間がない。手短に説明するぞ」
あの時、漁師だと名乗っていた男とは口調が全く違う。
顔が日本人男性なのに、言葉は英語で、話し声もウォルターだ。
なんだか、調子が狂う。
「正義の騎馬隊を、勇敢の部隊にぶつけた。だが、戦力は正義の騎馬隊が圧倒している。戦闘が終わるまで、そう時間はかからないだろう」
「え、あれをけしかけたの?」
「今は、正義の騎馬隊は、あれが3勢力の連合軍だと勘違いしている。決着がつく前に、次の行動に移ったほうがいい」
「ん……でも、ルミナス・コアはまだ開けないよ」
「見つけたのか? ルミナス・コアを?」
「うん、たぶんこの下」
「下? 開くとは? それはいつだ?」
ストームが、東の空を見上げる。
月は高いところまで昇っているが、真上に来るのはまだ先だ。
「まだ、1時間くらい先だと思う」
「そんなに時間はないぞ」
ミラーが言った。
「めんどくせぇなぁ。とにかく時間をかせぎゃいいんだろ」
「でもどうやって?」
「戦うしかねぇだろ」
ソフィアが答えた。
「そうね。ここが正念場ってやつね、ソウジ」
「なんだ?」
「昨日、私が言ったこと、覚えてる?」
「昨日言ったこと……?」
「なにが起きても、あなたは突き進みなさい。理由はもうわかってるわよね?」
「突き進むって、どこに?」
ソフィアが、目線を変える。
「ストーム、未希」
「ん?」
「ソウジと3人で、氷が溶けるまで、ここに隠れてて」
「え、ソフィアさんは?」
「ミラーとウォルターの3人で、時間を稼ぐわ」
「ん、わたしも戦うよ」
「ダメ。嵐の支配者は、最強の神様と戦うのよ。こんなところでチカラを使ってる場合じゃないわ」
「でも……」
「ソウジとふたりで、未希を守るの。できるわよね?」
「ん……」
ソフィアが、背中を向けた。
「ウォルター」
「おぅ」
「それとミラー」
「あいよ」
「え、ちょっとまっ……」
ストームの言葉も聞かずに、3人は駆け出していった。
おろおろとするストームの後ろに、ランタとポンタの姿。
英会話はわからないだろうが、状況は察しているようだ。
「ねぇ、ポンタさん、わたしたちにも何かできないかしら?」
「そうだね、ランタさん。ボク達も、戦いに参加しよう」
この場に残ったのは、オレと未希とストーム。
そして、ランタとポンタ。
奇しくも全員、日本人。
「え、戦うって? 戦えるの?」
「ボクはね、元の所属は、北支那方面軍第4師団歩兵連隊。祖国を離れた大陸で、戦場を生き抜いた日本人だよ。そんな風には見えない?」
「ぜんぜん見えない……」
「あっはは。それはよかった。あっはは」
「うふふ。ポンタさんたら」
ランタが口元にこぶしをあてて、笑い声をあげた。
ポンタがコートをめくると、1メートル弱の筒を右腰から外した。
そのあと左腰のベルトにかけていた四角いポーチを開ける。
そこに入っていたのは、銃弾?
「これはね、ボクが開発した、三八式魔法銃、射程距離はなんと……」
「なんと?」
「ねぇ、ランタさんどのくらい?」
「さぁ? 10キロくらいかしら?」
「10キロ!?」
「ボクはね、適当にその方角に打つだけ。あとはランタさんと鳥たちが、誘導してくれるんだよね」
「なにそれ……反則すぎない?」
おい、ちょっとまて……
もしほんとに、そんな魔法が撃てるとしたら。
昨日の段階で、戦いのイニシアチブを持っていたのは、ランタとポンタだ。
この夫婦と接触するまで、ずっと上空を渡り鳥が飛んでいた。
あの渡り鳥が警戒と照準を兼ねたものだったと言うなら、その気になれば、オレ達を皆殺しにするのも、簡単だったということだ。
「でもね。1発ずつしか撃てないのが欠点でね。あと撃ち過ぎると弾を込めただけで勝手に発射しちゃうから。そうなったら筒は交換」
「ふーん。でも興味深い。あとで詳しく教えて」
「いいけど、そんな時間あるの?」
「ん……」
北の方から、なにかの衝突音や怒号、それと絶叫が聞こえてくる。
騎馬隊が、突撃したようだ。
場所は、1キロかそれ以上離れている。
よく見えないが、犬の群れが簡単に突破されてしまったたようだ。
ウォルターと名乗るあの男の言う通り、あと少しで決着がつくように思う。
視線を東の空に向けた。
月はまだ、のんびりと、夜空の右寄りに浮かんでいる。
「どっちが優勢なんだろう」
ストームと未希が、戦場を眺めている。
ここからじゃ、よく見えないが、血生臭い光景を見ないで済んでいる。
ポンタも横からそれを眺めていた。
「西の騎馬隊が、圧倒しているね。東の部隊は、陣形がガタガタだ。プレイヤーのところまで刃がとどくのも、時間の問題だろうなぁ」
旧日本軍の男。
ミラーやアーネストも、イギリス軍。
銃弾が飛び交う戦場を生き抜くというのは、どういう状況なのだろうか。
この男の生存能力もあるのだろうが、運の強さというのもあるのだろうか。
「ランタさん」
「なぁに? ポンタさん」
「ボクは、丘を少し下ったところに行くけど、ランタさんは、みきちゃんたちを、ルミナス・コアに案内してあげて」
「まぁ、それじゃ、ポンタさんはどうなるの?」
「ここで、ゲームオーバーでいいかな。次がんばろうね。ランタさん」
「そうね。そうしましょうか」
「おいおい、そんな簡単でいいのか?」
「かまいませんよ。もう慣れっこですもの」
「ん、ふたりは、ニフィル・ロードに、どのくらい参加してるの?」
ポンタが答えた。
「ボクはカウント17からだよ。ここで8回目」
「え、17って、噴水おじさんが主神倒したとき?」
「17のときは、ボクは、なにも知らなかったから、右往左往してただけだよ」
「ランタさんは?」
「わたしは、カウント18からです。ポンタさんに出会って、恋に落ちて、今回で7回目」
「へぇ、すごい大ベテランだ。25も参加するの?」
「ボクとランタさんは、裏切者を消すのが目標だからね。こんどこそ、勝利するエレメントに参加したいな」
「そっか」
「カウント24は、もう結末が決まっているからね。さっさと終わらせて、カウント25を始めるよ」
「そっかぁ。そうだね。そのほうが早いね」
「ゲームの話か、ストーム」
「ん。さすがベテランだね」
「じゃ、そういうわけだから、ボクのことは気にしないでね。ランタさん、誘導よろしくね」
「はい。わかりました。いってらっしゃい。ポンタさん」
「いってきます」
ポンタが、直立し、敬礼のポーズ。
それを降ろして、背中を向け、走り去っていった。
未希が、オレの後ろから言った。
「おしどり夫婦っていうのかな。おにいちゃん」
「ああ。そうだな」




