5.8.10
月が昇り始めた頃。
ランタとポンタが起き上がった。
ボサボサだったポンタが、どこかの企業の重役のような男前に変わっていた。
白髪交じりの髪は短く整えられ、ヒゲはまったく生えていない。
ランタの肌艶もよく、かたくらいまでのストレートヘアが、風に揺れている。
「おはよう、ポンタさん」
「おはよう。ランタさん。さっき行ってきますを言ったばかりだけどね」
「うふふ。いいじゃない。私達は2倍、おはようが言えるのよ。ステキだわ」
「そうだね、ランタさん」
朝ドラかよ。
いや、ここは朝でも夜か。
「朝ごはんでもつくりましょうか。ポンタさん」
「うれしぃなぁ。でも食材がなにもなさそうだよ。っていうかミキちゃんたちの食べ物だよ」
「じゃあお茶を入れましょう、ウフフ」
何しに来たんだ、このふたりは。
そのふたりの平穏に怒りを覚えたかのように、リュウタが飛び起きた。
カラダを東北東に向け、牙を剥いている。
異変に気付いた、未希もカラダを起こした。
その横で、横になったままのストームも目を擦っている。
「おい、ミラー」
「おぅ、おいでなすったか」
「未希、目は覚めてるか」
「うん……ソリ? が動き出したみたい」
「また、遠吠えでもしてもらう?」
「あのね、なんかおかしいの。犬の気配がしない」
「あん?」
「どういうことだ?」
「車輪のない荷台はズルズルと動いてるんだけど……」
「曳いてるのは犬じゃねぇのか?」
「わかんない。リュウタの感覚にノイズが混じったみたいな……」
ランタが言った。
「わたしが、渡り鳥を飛ばしますね。すぐに見えると思いますよ」
「おまえ達も協力してくれるのか」
「もちろんです。知恵と信頼は、同盟なのでしょ?」
ランタが笑顔を見せた。
立ち上がって、温泉の周囲で羽を休めていた渡り鳥達の元へと歩いていった。
渡り鳥達がちょこちょこと歩き出し、ランタの周りに集まった。
1羽を除いて。
その1羽の雁に、未希が声をかけた。
「ルカ。いいよ。家族といっしょがいいでしょ」
ルカらしき雁が、ピュウピュウと鳴き声をあげる。
「だめだよ。家族といっしょにいないと、きっと後で後悔するよ」
また、ピュウピュウと鳴く。
「うん、そうだね。また逢えるよ」
ルカが羽をばたつかせて、ランタのところへと飛び、そして他の渡り鳥達にまじった。
ランタが未希に、笑いかけている。
未希もランタに笑いかけた。
ランタが、東北東のソラを見上げると、渡り鳥達は、一斉に羽ばたいた。
もうオレには、どれがルカなのかもわからない。
数分で、新しい情報がもたらされた。
「ソリを曳いているのは犬の群れです。ソリは4台。犬は32匹。プレイヤーは10人」
「気配を感じないのはなぜだ」
ストームがオレの問に答えた。
「魔法かな、もしかして昨日の遠吠え対策?」
「じゃあ、もう昨日みたいなことはできないのかしら?」
「まって、大変だよ」
未希が慌てたように声を上げた。
こんどは、西。
リュウタは丘の上に駆け出していった。
頂上まで登りきると、そのまま見えなくなってしまった。
「西、まさか」
「この足音は、もうリュウタも知ってる。沢山の馬の足音。すごい速度で近づいてくる」
ミラーが吐き捨てるように言った。
「正義の連中まできやがったか」
「わたしたちも丘に登ろう」
「登ってどうする」
「少しでも高い場所の方がいい。南側に陣を張ろう。運が良ければ、凍った池に落ちてくれるかも」
ストームは冷静だ。
戦術はストームに任せよう。
「ヘラジカはどうするの?」
「丘の上に連れて行こう」
「わかった」
「ん。荷物は、ぜんぶ置いていく。丘に登ろう」
ストームの声で、オレ達は丘の斜面を登った。
凍った池の南側へ。
南側だけ少し高くなっていた。
東も西もよく見えるし、北側も見渡せる。
東の夜空には、米粒のような雁の群れが旋回している。
「最初に近づきそうなのは、どっちだ未希」
「たぶん、馬の方。すごく早い」
「何頭ぐらいかわかるか?」
「足音が多すぎて、ぜんぜんわかんない」
その時、西の空から、青白い光が撃ちあがった。
カルデラ湖の山で見たものと同じ光だ。
打ちあがった瞬間から、強い光を放ち、そのまま上空へ。
こちらの方へ飛ぶのではなく、東北東。犬ゾリ近づいてくる方角へと昇っていく。
やがて徐々に速度を落とすと、こんどはゆっくりと落下を始めた。
明るい光だった。
地面も雲も、青白く照らされている。
だから、向かってくる馬の姿も良くみえていた。
西の彼方から、何十騎という数の馬の群れ。
先頭の馬から、三角形の形で後方へと広がっている。
そして、その全ての馬に、プレイヤーらしき人影があった。
妙なのは、駆けていく方角だった。
この丘に向かっているのではない。
先ほど打ちあがった、照明弾の青い光。
騎馬の集団は、それを追いかけている。
「なんだか知らねぇが、ひとまず助かったのか。あんなのに襲われたらひとたまりもねぇからな」
「でも、どこに向かってるのかしら。なにをする気?」
「ん? あの馬だけ、こっちに向かってきてない?」
ストームが、腕を伸ばして指を向けた。
たしかに、列を離れてこっちに駆けてきている。
「俺たちなんて、ソロで充分てか」
「使者かな?」
「あれ? ウォルターさんみたいだよ」
未希のその言葉に、オレも含めた全員が声をそろえた。
「ええっ?」
パカパカと、1騎の騎馬が駆けてくる。
未希はウォルターだと言ったが、乗っているのは、違う人物のように見える。
見た目は、30代くらい。
短髪で、精悍な顔つき。
日本人だ。
「だれだぁ?」
「誰かしらね?」
「ランタかポンタの知り合いか?」
「正義にも知り合いは何人かいるけど、見覚えないなぁ」
「え、どうしよう。撃ち落とす?」
ストームは、すでに矢筒に手を伸ばしている。
「だめだよぉ、ウォルターさんだよ。リュウタがそう言ってる」
「言われてみると、着てる服は、ウォルターね。顔がぜんぜん違うけど」
もたもたしているうちに、西側の丘の下。
馬上の男は、手綱を両手から離し、手のひらをこちらに向けていた。
戦う意思がないと示しているつもりか。
いや、まてよ……
「オレ、知ってるぞあの男」
「え?」
「ミラーも、覚えてないか? ソフィアも見ただろ」
「ああん? 日本人の知り合いなんて、おめぇらだけだぞ」
「カルデラ湖のふもとで戦ったやつらの独りだ」
「えっと、そうねぇ。あんな顔のヒトもいた……ような」
そうだ。
あの男の顔だ。
まだ最近の話だ、オレがサンダーソニアで斬り捨てた、日本人の男。
なぜあいつが?
生きていたのか?
まさか。そんな、バカな。




