5.8.09 - 利用する者、される者
パチパチと焚火が爆ぜる。
リュウタは、だいぶ離れたところでくつろいでいる。
温泉池で羽を休める、雁の群れに気を使っているのだろうか。
オレ達7人は、焚火を囲んで会話を続けた。
ストームが、ポンタの話に食いついて、顔を覗き込んだ。
「そうだった。ランタとポンタ」
「はい?」
「それと、エルハムとユリコ」
「ハハッ、ずいぶん懐かしい名前を知っているんだね」
「主神ルートをクリアしたことがあるって、ほんと?」
「よく知ってるね。そうだよ。恥ずかしい話だけど、ボクとランタさんは、カウント20の裏切者なんだよね」
「それも、詳しく聞きたい。主神の再生ってどうやるの?」
「主神の再生はね、4人でルミナス・コアへ行って、神様の前でログインデバイスを操作するだけだよ」
「それじゃあ、裏切者のペナルティって?」
「裏切者になるとね、裏切ったエレメントでのログアウトが制限されるんだ」
「それって、噴水広場とセーフハウスでしかログアウトできなくなるやつ?」
「そう。大罪人の劣化版みたいな感じだね。ボクは正義。ポンタさんは勇敢。エルハムは信頼。優利子さんは知恵でのログアウトが制限されてしまったんだよね」
「大罪人は全エレメントで。裏切者は裏切ったエレメント限定のログアウト制限。そういうこと?」
「そういうこと。ボクとランタさんはね、裏切者のタグを消したいんだけどね。なのに、またこんなところまで来ちゃったよ」
「え、消せるの裏切者って?」
「エレメント勝利ルートでクリアすれば、消せるらしいよ」
「そうなんだ、じゃあなんでこんなとこ来ちゃったの?」
「信頼を勝たせるつもりで参加してるんだけどねぇ。今回の事情を知ってから、ボクとランタさんは、道案内をすることになってさ。ボクたちはコアを知ってるし、ランタさんと渡り鳥達なら、方角もわかるからね」
ランタが、ポンタの顔に視線を向けた。
「辿り着いたのがわたしとポンタさんだけになっちゃったわね」
ランタの肩にもたれ掛かる未希の顔が、眠そうだ。
「そうだねぇ。皮肉なもんだよ」
「勇敢に襲われたの?」
「ああ……勇敢のプレイヤーに何度も襲撃されて、ボクとランタさん以外の旅の仲間は、殺されてしまった」
「そっか……勇敢はどうしてそんなことを」
「わからないよ。突然襲われた。なにか事情があるんだろうけど、勇敢は秘匿主義でわからないことが多いんだよね」
しばらく間を開けて、ミラーが言った。
「これからどうすんだよ、隊長の嬢ちゃん」
「みんなの目的が同じなら、選択肢はひとつだよね。明日のお昼に、ルミナス・コアに渡る」
「んじゃ、いよいよ明日か」
「みんなで、生きて帰れるかなぁ」
「そりゃムリだなぁ」
「だよね……」
「主神を倒すか、全滅するか。それしかねぇ」
「ポンタさんたちは、コアへの渡り方って知ってるの?」
「もちろん。みんなで手を取り合って、石像に近づくだけだよ。動物も連れて行きたいなら、動物にも触れておいてね」
「手を取り合って? デバイスは出さなくていいの」
「出さなくていい。近づくだけ」
「じゃああとは、間欠泉が吹き上がるのを待つだけか」
「そういうことだね」
ソフィアが言った。
「それじゃあ、今日は、最後の夜ね。ミラー、お酒あけちゃいましょ」
「おう。最後の晩餐、じゃなくて、最後の晩酌か」
ストームが、ミラーに視線を向けた。
「ところでさ、総司の剣て?」
「それに関しては、俺も詳しいことはしらねぇんだよな」
「そっか」
その晩の話が終わった。
驚いたことに。
ランタとポンタは、見張りに参加できないことを謝罪したあと、ログアウトした。
もう何日も、2人で旅をしていて、ログアウトできなかったというのがその理由らしい。
とくに、ランタが、酷く衰弱していた。
しかし、だからって、他勢力の連中しかいない場所で、ログアウト。
その行動原理が、オレには全く理解できなかった。
時間を止めて眠るランタとポンタの傍らには、未希が寄り添った。
リュウタもその近くでカラダを丸めている。
未希は、どんな会話をしたのだろうか。
最近じゃあまり見ないような、幸福そうな寝顔。
その隣で、ストームも眠っている。
明日世界が終わるかもしれないというのに。
その場所の空気だけは、どこかの平和なキャンプ場のようだった。
見張りは、オレとミラーとソフィア。
順番は、決めなった。
オレは寝ずに起きているつもりだ。
足止めを食らっている勇敢の連中が、いつ北東から姿を現すかもわからない。
それにどうせ、明日終わる。終わらせる。
寝不足でもかまわない。
しばらくすると、ミラーが先に、居眠りを始めていた。
その瞬間を見計らったように、ソフィアがオレの隣に腰を下ろした。
「ソウジ」
「なんだよ」
「私が信用できない?」
「おまえに限らず、オレは誰も信用しないよ」
「っフフ。そうね」
「なにか、話すつもりになったのか、ソフィア」
「ほんとはね、ぜんぶ喋りたい。喋っちゃいたいのよ」
「わけがわかんねぇ。だったら喋れよ」
「話せるのはソウジだけ。やっとその時が来たわ」
「オレだけ? おまえが信頼するのは、未希やストームだろ」
「私は、ソウジの徹底した人間不信の性格を、心から信頼してるわよ」
「バカなことを……」
ソフィアが声を潜めた。
「この世界を終わらせるのがダレか……」
「おまえは、知ってるのか」
「それを知っているのは、いまこの場所、この瞬間の宇宙では、たぶん私だけ」
「わからん。もっとわかりやすく言ってくれ」
「コアが、どう破壊されるのかは、私も知らないの。でもね、破壊するのがダレか。それは教えてもらったわ」
「だれに……?」
「私にそれを教えたのは……」
ソフィアが視線を向けたのは、未希の横で眠りこけているストーム。
「言ってることがめちゃくちゃだぞ」
「教えてもらったのは3年前。ソウジの時代の5年後」
「5年後……?」
「そ。23歳のストーム」
「……それで、破壊するのは誰だ?」
ソフィアが、右手を上げて、人差し指を立て、オレに視線を向けた。
立てた指を、オレの顔に向けて倒した。
「あら、驚かないし、表情も変わらないわね」
「オレがそれを信じると思うか?」
「そうよねぇ。私もそう思ったわ」
「なら、時間の無駄だったな」
「無駄じゃないわ。未来でも過去でも、このことは、ダレにも教えちゃダメよ?」
「そんな恥ずかしいウソを、ダレに話すっていうんだ。なにがしたいんだよソフィアは」
「私の息子がね、最近、6歳になったわ」
「前に聞いたなそれ」
「わんぱくだけど、とっても優しくて、お利口さんで、父親のクリスにそっくり」
「……」
「でもね、1歳なる少し前に」
ソフィアが顔を落とした。
「ログインデバイスに触れて、カウント22にログインしちゃったの」
「え……」
「もう1台、クリスが持ってたから、クリスもログインして、ずっと噴水広場で待ってたけど、ジミーは現れなかったわ」
「でも、ログアウトしたんだろ?」
「戻ってきたのは、15日後。どうなったと思う?」
「15日も……?」
「ニフィル・ロードで4歳くらいまで成長しちゃった計算になるわ」
「ログアウトは大丈夫だったのか?」
「昏睡しちゃって、目が覚めることはなかったわ」
「……」
「まだ、言葉も喋れないのに、仮想世界の中だけで4歳になって。戻ってきたらまた1歳の手前。想像できる?」
そんなの、頭の中はどうなってしまうんだ。
「でもね、そのとき、病院に彼女が来てくれたの」
ソフィアが顔を少し上げると、視線がストームに注がれていた。
「23歳の彼女がね、言ったの。この子の脳は治るから……って」
「どうやって?」
ソフィアの目から涙がこぼれだしていた。
「ミキがね、魔法で助けてくれるんだって」
「未希が……どうやって?」
「カウント22で、ミキがね、魔法で治してくれるからって。だから、病院からログインさせろって」
「それで、治ったのか?」
ソフィアが、指先で、流れ落ちる涙を弾き飛ばした。
「ええ。ログインさせるのが大変だったけどね。30分くらいでログアウトして、私のことをママって呼んでくれたの。ミキが助けてくれたのよ。ニフィル・ロードで負った脳の障害を、ミキがニフィル・ロードで治してくれたの」
信じられない……いや、でも、あいつなら。
未希ならやる。それくらい、簡単にやってのけてしまいそうな気がする。
「だからね、シェイプシフトデバイスを手に入れるのは、ソウジ。あなたじゃなきゃダメなの」
「……」
「私は、それを全力でサポートするだけ。いままでも、これからも」
それが事実なら……
オレが明日、ルミナス・コアを破壊するのか。
手に入れたシェイプシフトデバイスで、未希がカウント22にログインして。
その未希が、脳障害のソフィアの子供を救う。
でも……
「そんな話……」
「っフフ。信じられるわけないわよね、でも明日になればわかるわ」
「……」
「だからね、よく聞いてソウジ」
「なんだ?」
「周りでなにが起きても、あなたは突き進みなさい」
「……なにがおきても?」
「あなたが、シェイプシフトデバイスさえ手に入れれば、私達の勝ちなんだからね」
「勝ちって、オレはなにをすればいいんだ」
「私にもわからないわ。知っているのは、3年前のことだけだもの」
「どうせ、まだなにか隠してるんだろ」
「だとよかったんだけどね。もう、ぜんぶ話しちゃったわよ」
ソフィアがいままで話せなかった理由。
ソフィアがウソをつきとおした理由。
元はすべて、自身の子供のため?
未希は、両親に会いたくて。
ソフィアは、我が子にママと呼ばれたかった。
いつのことだったか。
微かな記憶が、脳裏に浮かんでいた。
未希とソフィアが、抱きしめ合っていた光景。
全く異なるジグソーパズルが、右側と左側で綺麗にはまっていた。
未希も、ソフィアも違う絵なのに、ズレも無く、ピタリと融合していた。
いまはそのパズルの背景すらも、同じ色に感じていた。
「ソフィア」
「なによ」
「オレは、どうすればいいんだ」
「そうねぇ……ソウジらしく、好きにやったらいいんじゃない?」
身も蓋もない。
まぁ、そうだよな。
ホントかどうかすらもわからないのに、そんなこと気にしても意味がない。
オレはそれが得意だったはずだ。
考える必要はない。
知る必要もない。
ただ、流されて、気が付いたら巻き込まれているだけ。
そう思ったら、オレが返す言葉も、いつも通りだった。
「そうだな。その通りだ」




