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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.8.07


 ポンタと呼ばれる50代の男。

 ランタと呼ばれる20代後半の女性が、その男の肩につかまり、オレの横を歩いている。


 唇は潤っているが、ふたりともやつれていて、目の下のくまも濃く足取りも重い。

 それでも笑顔が絶えることはなかった。


「ポンタさん、ありがとう」

「ボクこそありがとうだよ。ランタさんを支えることができるなんて、夢みたいだ」

「うふふ」


「おまえ達はなぜ、田心啓介や、詩織を知っているんだ」

「えっとね、カウント22だったかなぁ。田心さん達には本当に良くしてもらってね」

「会ったのは、ニフィル・ロードの中だけか?」

「そうだよ。生まれた時代が違ったから、現実世界で会ったことはないよ。啓介さんはまだ、みっつくらいじゃないかなぁ」


 未希の父親が、まだ3才……

 それにしても、生きた時代が違うとはいえ、ポンタは自分のことを、隠すこともなくスラスラと話した。


 ウソを言っているようには見えない。

 このランタという女性の前で、ただバカ正直にあろうとしているだけのように見える。

 その口から漏れた、カウント22という言葉。

 そこで生きた、未希の両親の面影を知るらしきふたり。

 その生き証人が、いまオレの横を歩いているというのか。


 いや、それよりも、このふたりの名前。


「ランタとポンタは、どの時代からログインしているんだ」

「フフッ、ボクたちはね、いま1982年からログインしているんだ。ランタさんといっしょにね」

「うっふふ、そうね。やっと夢が叶ったんですよね。わたしたちふたりで、いっしょにログインする夢」


 オレの母親、深雪が生まれたのがたしか、1984年。

 その姉、詩織は2歳年上だったはず。

 だとしたら、1982年は、田心詩織が生まれた年。


 どこから整理したらいいのか。

 まず、このふたりを、未希に会わせてもいいのか。


「未希にも会ったことがないんだよな?」

「残念ながら、ないよ。啓介さんと詩織さんはね、子供が生まれるから、しばらくログインできないと言って、ログアウトしたんだけどね。ふたりはそのあとログインしなかったんだ。だからその日が最後だった」


「そうか」

 話の辻褄は、合っている。


「啓介さんと、詩織さんは、元気にしてるのかなぁ。ミキちゃんは、どんな子に生まれたんだろうなぁ」

「きっと可愛い子に育つわ。啓介さんも男前で、詩織さんも美人だったでしょ」


「そうだね。でも、ランタさんも負けてないよ。世界で一番、綺麗だよ」

「あら、やだっ、ポンタさんたらっ、ウフフ」


 もう、慣れた。

 だから無視して、質問を続けた。


「おまえたちは、何をしにここまで来た?

 なぜ犬ゾリに乗ったプレイヤー達に追われていた?」


「あれ、総司君は知らないのかい?」

「知っているが、ポンタの言葉で聞かせてくれ」

「そうだね。ここは戦場だったね……」


 戦場……?


「3勢力での主神の討伐。あるいは再生。ボク達は、そのためにルミナス・コアまで旅をしてきた」


 衝撃的な言葉。

 ウォルターなんかの言葉よりも、よほど信憑性を帯びていた。


「わかった。続きは、仲間達のところについてから、聞かせてくれ」

「合格かい?」

「ああ。合格だ」


「それと、未希のことだが……」

「ああ、そうだね。総司君は、どうしてミキちゃんを知ってるんだい?」


「未希はオレの、妹だ」

「ええ?」

「まぁ……!」

 ポンタは目を丸くし、ランタは口を押えながら、オレの顔をまじまじと眺めた。


 未希の口からは、話しにくいだろう。

 だから、未希にまつわる、田心啓介と詩織の経緯を、オレはランタとポンタに話した。


 啓介と詩織が、この世から去ったこと。

 詩織の妹、深雪が未希を引き取り、オレの家で育ったこと。

 今は、高校1年生になっていること。


 ランタとポンタは、泣きながらその話を聞いていた。

 ランタにいたっては、嗚咽が止まらなかった。


「そうなのか、そんな、そんなに悲しいことがあったのか」

「どうして、どうして幼い娘を残して」


「未希も来ている。おまえ達の知る、啓介と詩織のことを、未希に話してやってくれないか」


「ああ、もちろんだ。あのふたりがどれだけ素晴らしい人物だったか。生まれてくるミキちゃんのことを、どれだけ愛していたか。それをすべて、ミキちゃんに語ろう。ね、ランタさん」


「ええ……でも、わたしに話せるかしら、涙が止まらないわ……」

「話してあげよう。ミキちゃんと一緒に泣いてあげよう。それがボクたちにできる、啓介さんと詩織さんへの恩返しだよ」


「そうね……そうよね」


 恩返しか。



 ランタとポンタを連れて、未希達がいる温泉池まで戻った。

 未希とソフィアが、ぐつぐつと、鍋でなにかを煮込んでいる。

 いい匂いだった。


 涙を流しっぱなしのランタとポンタも、腹の音を鳴らした。

 そのふたりの様相を見たストームとソフィアが、なにごとかと視線を向けている。


「おにいちゃん、ごはんもうすぐできるよ」

「未希。おまえに来客だ」

「うん? お客さん?」


 ポンタは、肩からランタを降ろし、ランタは地べたに座り込んだ。

 そして、ランタが顔を上げた。


「ミキ……ちゃん?」

「え?」


 ランタが、両手を口の前に揃えて、また嗚咽を漏らした。

 声が出せないのであろうランタの代わりに、ポンタがやさしげに言った。

「目元は啓介さんだね。でも詩織さんにそっくりだよ」

「……え?」


 未希が、歩み寄っていく。

 男は本田雄壱と名乗り、女は本田蘭子と名乗った。

 それから「ランタとポンタ」だと、未希に告げた。


 未希の両ひざが、地面に崩れた。

 そのまま、未希も、声を上げて泣き出してしまった。


 ミラーとソフィアが、ふたたび何事かと目を向けている。


「なに? みきさん、どうしたの? あのふたりは誰?」


 不思議そうに見つめるストームにだけ、簡単に説明しておく。


「ストーム」

「ん……?」


「あのふたりが、ランタとポンタらしい」

「え……どゆこと、なにがどうなってるの?」

「オレもわからん。3人が落ち着いたら、詳しい経緯を聞きたいが、ソリの連中はどうなってる」


「ん、まだ足止め状態みたい。もう月も沈むから、襲ってくるとしたら、たぶん明日」


「なら、今夜は時間があるのか」

「うん。でも、このままじゃ勝ち目ないよ。どうする?」


 ストームは冷静だった。

 最初の頃は、こいつのゲーム脳に不安しか感じなかったが、いまのこの状況もボードゲームかなにかのように、考えているのだろうか。

 その見当違いな豪胆さが、いまでは頼もしく感じる。



「ここから逃げても食糧が持たないよな。そもそも、他の連中に先を越される。それなら行き先はひとつしかないだろう」

「え、どこ?」


 選択肢はもう、ひとつしかない。

 西の夜空に浮かぶ沈みかけた月。


 そこに視線を向けながら、ストームに言った。



「あれだよ」





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