5.8.06
前から、ふたりのプレイヤーが歩いてくる。
オレとミラーも、近づいていく。
「おーい!」
左側から、男の声。
右手には、銀色のスカーフ。
それを、高々と振り上げている。
右側は髪の長い女性だ。
左手に松明を持っている。
ずいぶん疲れているようにみえる。
「荷物がすくないな」
オレは、隣を歩くミラーに言った。
ふたりとも、背中にズタ袋を背負っているが、手荷物はないに等しい。
あんな軽装で、ここまで辿り着けるわけがない。
「着の身着のまま、逃げてきたんじゃねぇのか」
「生き残ったのが、あのふたりだけなのか。それとも後ろに大軍がいるのか」
「あいかわらず、緊張しっぱなしだなぁおめぇは。今はあいつらしかいねぇんだ。ビビる必要はねぇよ」
あと100メートルのところまで近づく。
オレもポーチから、スカーフを取り出した。
それを広げて、右手で掲げる。
歩いてくる男が、また大声を上げた。
「ハロー! ヘルプミー!」
もさもさのヒゲ。
その中にあるらしき口元から聞えたのは、ヘタクソな英語。
オレは普通の英語で、ミラーに言った。
「日本人のようだ」
「おぅそうか。2人なのに、へるぷみーって、女は助けなくてもいいのかよ」
「日本人が学校で習う英語なんて、あんなもんだ」
「なんだ、おめぇは学校で英語を教わったのか?」
「いや、違うな」
「じゃあ、どこだ」
「いま、必要か。その答え」
オレは近づくふたりから、目を離さずにいた。
あと30メートルくらいに近づくと、右側を歩いている女性がつまづいて転んだ。
その様子を見て、ミラーが言った。
「おいおい、大丈夫か。だいぶ疲れてるみてぇだな」
持っていた松明が地面に転がる。
女性は、地面に両手をついたまま、立ち上がろうとしなかった。
地面がまだ湿っていたのだろうか。
松明の火が消えてしまった。
「演技だろ、胸元から刃物を出さないか、目を離すなよミラー」
「ほんとにおめぇってやつぁよう……」
ふたりとも、エスキモーのような、もさっとした毛皮のロングコートを羽織っている。
男はたぶん50代。ヒゲも髪の毛もボサボサでわかりにくい。
女性の方は、日本人だな。
歳はいくつくらいだろう。30代よりも手前。
男の方が、女性に声を掛けている。
「ランタさん、大丈夫?」
……は?
「いま、なんつった?」
「あん、わかんねぇよ。日本語だろ? ランタは名前か?」
ミラーとふたりで、すぐ手前まで近づいた。
「ごめんなさい、ポンタさん。ちょっと疲れちゃって」
……え?
「なっつってんだソウジ。言葉がわかんねぇ」
「ああ。日本語だ……そんなことより……」
女性の肩に手を置いたまま、男が顔を上げた。
「えっと……スピークジャパニーズ?」
髪も口髭も、原始人のような男の日本語。
「あん? 喋る日本人?」
ミラーがアゴを傾ける。
「なんつってんだソウジ」
「ちょっと、黙ってろミラー。考え中だ……」
そういは言ったが、オレの頭の中は混乱した。
整理に時間が必要だ。
「こまったな……日本語が通じないね、ランタさん」
「ポンタさん、英語できるんでしょ? 勉強してたじゃない」
「したけど、会話するほどの英語は、まだだよ」
「んもう……」
「今回は、ここまでかなぁ……」
「そうね。でも今回も楽しかったわ。また次がんばりましょう」
「でも、結婚してからの最初のニフィル・ロードだったのに、こんな終わりかたなんて……」
「いいのよ、ポンタさん。わたしはポンタさんといっしょに旅ができて、毎日とっても幸せよ」
「っフフ」
「っふふふ」
オレは……
なにを見せられているんだ……
ランタとポンタ。
その2人が、日曜劇場のようなメロドラマを、目の前で繰り広げている。
「おい、ソウジ、どうなってんだよ」
ミラーはさっきからウルセェし。
ああもう、めんどくさい、どうでもよくなってきた。
ガーガーと、雁の鳴き声が、すぐ上空から聞えた。
数えてないけど、10羽くらいの雁が、次々と地面に降り立った。
ルカも、いるのかな。
全部同じ鳥だ。見分けがつかない。
降り立った雁が、心配そうに、ランタと呼ばれた女性の周りに集まっていく。
なんだかその光景は、カルガモの群れのようだった。
オレは話しかけた。日本語で。
「おまえたちは、信頼のプレイヤーか」
すると2人だけじゃなく、鳥たちも驚いてオレに注目した。
オレも今は、ヒゲまみれだ。
ぱっと見では、国籍もわからないだろう。
「え……? 日本語?」
「ああ。オレは日本人だ。ランタとポンタ。その名前はなんだ?」
「よかった、ランタさん、日本語が通じたよ。助かるのかな?」
「ええ、そうねポンタさん。ここまでがんばった甲斐があったわ」
また、メロドラマが始まる。
もういい。
「もうそれはいいから。腹は減ってるのか?」
「もう、2日食べていない。ボクは慣れてるけど、ランタさんが」
「大丈夫よ、ポンタさん。最後のパン、わたしにくれたでしょ」
だからもう、それはいいって……
「とにかく、いっしょに来い。雁の餌はないが、人間の食べ物ならある」
「ありがとう。えっと、君は?」
「オレは総司。大嶽総司だ」
「総司……くん?」
「どうした?」
「いや、どこかで……とにかくありがとう。感謝するよ」
ポンタが、また視線をランタに落とす。
「ランタさん、立てる?」
「ええ、あと少しよね。歩くわ」
「ボクが支えるよ、ランタさん」
「ありがとう、ポンタさん」
また、日曜ドラマの続きが始まる。
チャンネルを変えるにはどうすればいいんだ。
「ミラー」
「おう、どうした」
「先に戻って、こいつらのメシの準備をしてくれと、ソフィアに伝えてくれ。2日喰ってないらしい」
「お、おう、そうか。大変だったんだなぁ。でも大丈夫か、おまえ独りで」
「もしこれが全部演技だったらオレは……生きていくのが、本気で嫌になりそうだ」
「そうか。なんだかわかんねぇが、なら先に戻ってるぞ」
「たのむ」
ミラーが、温泉池の方へと駆け出していく。
「ランタと、ポンタと言ったか」
「うん」
「おまえたちは、未希という娘を知っているか?」
「ミキちゃんって、ボク達が知っているのは、田心さんとこのミキちゃんかな」
なんなんだ。
このふたりは……
「知ってるのか。田心未希を?」
「うん、会ったことはないけど、啓介さんと、詩織さんのとこで生まれる娘さん。そのお名前が、ミキちゃんだって聞いたけど、その子のこと?」
「……おまえ達は、いったい何者だ?」
「え……?」




