↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
シェイプシフトデバイス
446/590

5.8.05 - リュウタ



 ――ストームの練り上げた思考。


 オオカミの遠吠えを再生。

 原資は、わたしの記憶にある、オオカミの群れの遠吠え。

 音量は、リュウタの遠吠えと同じ。

 増幅エネルギーは風。


 ――未希の思考。


 リュウタが覚えている、家族の遠吠えを、リュウタに聞かせてあげて。



 それから未希は、リュウタに言葉を掛けた。


「さぁ、リュウタ。ここに向かってくる、犬を追っ払ってほしい。できる?」


 リュウタの周囲の空気が、ひどく歪んでいた。

 まるで、呪われたかのような黒いモヤ。

 それがリュウタを包み込んでいる。

 

 その歪みを吸い込むように、フーっと、鼻息を荒げた。

 そしてモヤを纏ったまま、すでに凍り始めた、丘の斜面を駆け上がっていった。


 丘の上に辿り着くと、そこに佇み、夜空を見上げた。


 その仕草だけで、上空を旋回していた渡り鳥の群れが慌てている。

 ガーガーと鳴き声を上げながら、逃げるように、四方に飛散していく。


 にわかに、ヘラジカ達も落ち着きがなくなり、バタバタと足を動かしだした。

 それでも逃げようとするでもなく、リュウタがたたずむ丘の上を、3匹のヘラジカが一様に見上げていた。


 ヘラジカ達だけじゃない。

 オレ達全員が、リュウタを見つめた。


 なにかが起こる。

 リュウタが起こそうとしている。



 そして遠吠えを……上げた。



 いつもと違う、リュウタの大人びた遠吠えだった。


 低音から勢いをつけたような、大地を震わす遠吠え。

 何十キロも彼方の仲間に聞こえるように。

 そんな仲間、どこにもいやしないのに。


 それは長く響き渡った。


 ソフィアが呟いた。

「聞こえてこないわね……失敗?」


 他のオオカミの遠吠えは、どこからも聞こえてこない。

 それをミラーが、自信ありげに反論した。


「いや、まだだ……あいつはキングを受け継いだんだ。これからだ」



 ミラーに予言に呼応するように、聞こえたのは、遥か南東。


 それはまるで、チェロのボーイング。

 最初だけピッチを揺らし、そこから長く夜空へと昇っていく。

 時間をかけて緩やかに、低い音階へと下がり始めていく。


 そのあと、チェロに呼応するように。

 同じく南東の少し手前から上がったのは、フルートの遠吠え。


 ああ……懐かしいな……


 だからだろうか。

 その音色からは、恐ろしさを感じなかった。


 ルミナス・コアの夜空に響き渡る、透き通るようなチェロとフルートのコーラス。


「なんだか……ほとにいるんじゃねぇのか? あいつらがよ?」

「そうだな。あの森のオオカミが、すぐ近くに」

 

 3つ目の遠吠えにも、聞き覚えがある。

 その遠吠えは、チェロとフルートの音が消えてから立ち昇った。

 確度は、北東から。


 この遠吠えは。


「リュウタの……お父さん……」

 未希は、夜空を向いたまま、目を閉じていた。


 その遠吠えから少し遅れて、ほとんど同じ場所から、4つ目の遠吠え。

 リュウタの遠吠えに似ているが、聞き覚えはない。

 それでも、わかる。

 これは、赤ん坊のリュウタを守って死んだ、あのオオカミだろう。


 その途中からは、あちこちから、オオカミの遠吠えがあがった。

 北からも、東からも、西からも、南からも。


 すこし控えがちに感じるのは、未希とストームの魔法だからだろうか。

 それとも、リュウタの意思か。

 あるいは、新しいキングに遠慮でもしているのだろうか。


 すると、その風紀を叱咤するように、リュウタがもういちど遠吠えを上げた。


 人間のオレでも、わかる。

 ストームは顔を背け、未希すらも少し肩をすぼめて慄いた。


 夜空を飛んでいた雁の群れは、もう1羽もいない。

 ヘラジカ達は、いよいよ逃げ出そうと背を向けた。

 革紐に結びつけられた杭を引き抜こうとしている。



 リュウタの、怒りの咆哮。

 おまえら、それでも俺の群れかと、リュウタが夜空を威嚇した。



 チェロも、フルートも、他のオオカミに混ざって、再び夜空をその歌声で染めた。

 さっきまでとはまるで異なる、地面を揺るがす、オオカミの大コーラス。


 ルミナス・ノードの空気が、ビリビリと震えている。


 丘の氷が割れて、また溶け出すのではないかと。

 そう感じるほどの、全方位からのオオカミの遠吠えだった。


 これが魔法だとわかっているオレ達でさえ、その夜空に戦慄した。

 何匹ではない、何十匹。もしかしたら、それ以上。

 そこら中から、いますぐにでも、死の足音が駆け出してきそうな。


 そんな遠吠えの連鎖が、何分間も続いていた。



 やがて鳴き声が止む。

 静かになった夜空に向かって、もういちど、リュウタが吠えた。

 枯れたような声で、なんだか悲しんでいるように。

 遠吠えというよりも、吐き出すような、鳴き声だった。



 未希が膝を落とした。

 両手で、顔を覆っている。


「未希……」

「うん……リュウタに、悲しい思いをさせちゃった」

「そうか」


 未希が涙を拭きながら、手を降ろした。

「でもね、ちょっと嬉しいって」

「そうか、嬉しかったのか」


「あ……」

 未希のその声と同時に、リュウタが北東の方へとクビを向けた。


「どうした?」

「犬の動きが、めちゃくちゃになってる」

「めちゃくちゃ?」

「列がみだれて、ぐちゃぐちゃになってる」

「うまく行ったのか」


「俺たちだってビビっちまったんだ。事情を知らねぇ犬の群れは、いまごろ、大パニックだろうぜ。ソリのハーネスやロープが絡まって、それを解くだけでも何時間もかかるだろうよ」


 ソフィアは、まだ丘の上を見つめていた。

「すごかったわね」


 ストームは、自分の両手で肩を抑えている。

「ん……怖かった」


「未希、様子を確認することはできるか」

「うん……ルカに見に行ってもらうね」

「ああ。そうしてくれ」


 ミラーが、東の森を見ながら言った。

「おい、あれ見てみろ」


 オレも視線を向けると、森の手前にポツンと、点のようなオレンジの灯り。

 それがフラフラの動いている。


「松明か?」

「ヒト玉じゃねぇなら、そうだろうな」


 その明かりが、徐々に大きくなっていく。

 やがて、その火を掲げて歩く、2人の人間。

 手を振っているように見える。


「ミラー」

「おう」

「迎えに行こう」

「おう」


「おまえ達は、ここで待っていてくれ。オレとミラーで安全かどうか確認する」


 ソフィアが、目を細めながら言った。

「ふたりで、大丈夫なの?」

「相手もふたりだ。最初の接触の人数を合わせてやろう」


 ストームに声を掛けた。

「なにかおきたら、頼むぞ」

「ん、いつでも撃てるようにしとく」 


 最後に未希。

「ちょっと行ってくるよ。もやもやさんだっけ?」

「うん、みきも行きたい」

「ダメだ」

「むぅ」



「行くぞミラー」

「おう。ところで、言葉は通じるのかよ」


 サンダーソニアのグリップに触れながら言葉を返した。

「こっちの言葉なら通じるだろ」

「それなら、問題ねぇ」


「ダメだよ、おにいちゃん。フレンドリーにね」

「わかってるよ……」


 とにかく、どんなヤツなのか。



 まずはそれを、確認しよう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。