5.8.04 - 信頼の連中
オレとソフィアは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
1キロ離れた丘の上から、水があふれ出し、辺りの地面は水浸しになっている。
丘の上の調査に出ていた未希達は、無事なのだろうか。
ソフィアが口を開いた。
「あれって、間欠泉よね。やっぱり、あれがルミナス・コアなのかしら」
オレの手元で、なにかがうごめいている。
いつの間にか、近寄ってきていたヘラジカのルルが、手に持っていたキノコをムシャムシャと食べていた。
手がベトベトだ。
「いったい……なにが」
「わからないわよ。とにかく戻りましょう。みんなが心配だわ」
「そうだな」
ヘラジカ達を急がせ、オレとソフィアは小走りで、温泉池のキャンプに向かった。
ほとんどカラだった荷車には、キノコが積み上げられている。
たぶん、30キロくらいある。
3頭の1日分には足りないが、少しは足しになる。
戻る途中で、丘の上から吹き上がっていた蒸気が止んだ。
間欠泉が終わったらしい。
辿り着くと、温泉地の周囲も、水浸しだった。
丘の方から流れてくる水が、温泉の中にも流れ込んでいる。
あれじゃ完全に、ぬるま湯だ。
間もなく、丘の上からずぶ濡れで降りてくる未希達と合流した。
無事だったようで、ホッとした。
まずは急いで、ソフィアが魔法で、服の上から3人を乾かした。
それでもまだ、震えている。
「ソウジ、お湯を沸かせるかしら」
焚火の炉も、薪木も、水浸しだった。
「これじゃ、しばらくムリだ。とりあえず温泉の湯気で、薪木を乾かそう」
「あっ、そうだわ。ヘラジカにくっつきなさい。暖かいわよ」
ストームが、カチカチと歯を鳴らす合間に、言葉を漏らした。
「……ルミナス・コアの……石像を……見つけた」
未希とストーム。ついでにミラーも。
ヘラジカに抱き着く。
未希はともかく、ストームとミラーに抱き着かれたヘラジカの心中を察する。
寒さが落ち着いてから、ストームの話を聞いた。
「間欠泉は池の真ん中で、石像はその少し南側に立ってた」
「間欠泉は、あの氷の中だったのか」
そのとき、丘の方から、パキパキと氷の軋む音が聞こえた。
「ったく、こんどはなんだ?」
ミラーも、丘の方を見上げた。
「また、凍り始めてるのかしら?」
「これは、わたしの推測だけど……」
ストームが前置きをして、話し出した。
「水蒸気が吹き上がる地殻変動は、月の引力によって起きるんだと思う。
地殻のメカニズムはわからないけど、そのトリガーは、月が真上に来た時。つまり、池の氷が溶けるのも、その瞬間だけ。
時間を測る余裕はなかったけど、月の周回速度から考えると10分から15分」
「つまりどういうことだよ、隊長の嬢ちゃん」
「ルミナス・コアの石像に近づける時間は、1日に1回、10分くらいの瞬間だけってこと」
「そんじゃぁ、あの石像を10分以内に破壊すれば、この世界は終わりってことか?」
「ん、そうかも。明日、石像に近づいてみようと思う」
「グルルル……」
突然、リュウタが、牙を剥いた。
「どうした、未希?」
「ヒトが、来るよ」
「え?」
全員が、未希に注目した。
「方角は?」
「何人だ?」
「ウォルターか?」
「東から、あとね……」
未希が東の空を見上げた。
「ルカのパパとママと、兄弟が……ソラから……」
ミラーが口をあけたまま言った。
「なんだよそりゃ」
「もやもやさんもいるって!」
「誰だよ!」
「ルカがいま、家族と合流して、みんなで飛んでる。こっちに向かってるよ」
それって、オレ達の位置も、バレバレだよな?
「未希、落ち着いて、オレの質問に答えてくれ」
「うん」
「ここに向かってくるプレイヤーは何人だ?」
「えっとね……これはリュウタの感覚。走ってるのが、ふたり」
「そのうちのひとりが、もやもやさんか?」
「うん。もやもやさんは、男の人じゃなくて、女の人だったみたい」
「ふたりとも女性か?」
「ちがうよ。男の人と女の人。呼吸が荒くて……逃げてるのかな?」
「逃げてる? なにから?」
「遠く、北東の方からも足音。こっちは動物の足音がたくさん。犬……っぽい?」
「犬? オオカミじゃなくてか?」
「ちがう。リュウタが違うっていってる。オオカミみたいだけど、オオカミじゃない」
「犬は何匹だ?」
「沢山、4つの群れが、2列で走ってる。ずるずると何かを引いてる」
ミラーが口を挟んだ。
「犬ゾリか?」
「そうなのかな。列をつくる沢山の犬のカタマリが4つ」
「犬ゾリだとしたら、4台か」
「未希、近いのはどっちだ。犬か? もやもやさんか?」
「もやもやさんの方が近い。犬は倍以上の距離。でも、ルカにはどっちも見えてるよ」
「その犬が、もやもやさんを追ってるのか?」
「うん、たぶんそう」
「ストーム、ミラー、ソフィア。どう見る?」
「もやもやさんは信頼のプレイヤー? 犬ゾリは勇敢のプレイヤーかしら」
「ただの追いかけっこじゃねぇとしたら、勇敢が裏切ったってことか?」
「ん、勇敢と正義が、裏で結んでたのかな」
「あ、ルカ達が飛んでくるよ」
夜空の遥か上空だった。ガーガー、ピュウピュウと、鳴き声がする。
ルカだけだったら、見つけるのは困難だっただろう。
見上げると、10羽くらいの雁の群れが、V字でこちらに向かって飛んでくる。
「あれが、ルカの家族か」
「うん、そうだよ。すごいね。あんなにたくさん」
「あれじゃ、俺達の位置も配置も、筒抜けだな」
「だな……」
「もやもやさんたちも、まっすぐここに向かってるよ」
「んで、いつ来るんだ? その連中は?」
「まだ、遠いよ。1~2時間後かな」
「なんだよ。陽が暮れちまうなぁ。って、陽じゃなくて月か」
「どうする、ストーム」
「ん、いちおう、迎え撃つつもりでいよう」
「どうやって?」
「ん……」
「まって、まゆさん。おにいちゃんも」
「どうした、未希」
「助けてって」
「助けて? 誰が?」
「ここに向かってくるふたり」
「……え?」
「ルカの家族の、いちばん上のお父さんがね、ルカに伝えたの」
「なんて?」
「もやもやさん達が、犬のソリに、追いつかれちゃうって」
「まてまて、未希。そのふたりだって、味方かどうかもわからないのに、助けるのか?」
「お願いおにいちゃん、助けてあげて」
どうすりゃいいんだ?
黙り込んでいたら、ソフィアが言った。
「いいわよ。助けてあげましょ。信頼のヒト達なんでしょ? 信頼してあげなきゃ」
「なんだよそれ、オレやミラーなんて知恵のヒトだぞ……」
「あら、ベクトルが違うだけで、ふたりだって、とっても賢いわよ」
「でも、どうやって助けよう。勇敢を追っ払う? 相手の規模もわからないのに?」
ミラーがいつのまにか、地面に座り込んでいた。
「犬ゾリが4台だろ? 犬だけでも30匹以上いるぞ。それだけでも脅威だ」
「4台だと、プレイヤーは何人くらいになるんだ」
「平均2人乗ってたとしても8人。もっといるよな。どうやって勝つんだよ」
「ソフィアの目つぶしと、ストームの矢で、殲滅できないのか?」
ソフィアが言った。
「ウィルコープスと戦うのとはわけが違うわ。相手にだって魔法使いがいるだろうから。どんな攻撃をしかけてくるかもわからないわ」
「30匹以上の犬も忘れんなよ? オオカミの群れと変わらねぇからな」
ストームが呟く。
「オオカミ……それ、使えないかな……」
「うん?」
「え?」
「リュウタの遠吠えを増幅して、犬ゾリの犬たちに聞かせる。どう?」
「そんなの、犬じゃ逆に喜んだりしないか?」
ミラーが答えた。
「いや、悪くねぇアイデアだ。たとえばだいぶ前に、森で聞いたチェロやフルートたちの群れの遠吠えだ。あれを聞いたら、ソリの犬達はパニックを起こすかもしれねぇ」
「ホント?」
「ああ。家で飼われてるような犬には効かねぇが、自然を相手に働いてる犬。たとえばハスキーやマラミュートは、本能的に殺意を感じ取る。縄張りを主張するオオカミの遠吠えなら、御者の指示なんか無視して四方八方に逃げ出すか、その場で震えて動けなくなるだろう」
「じゃあ、それでやってみる?」
「でも、そんな魔法、どうやって?」
「みきさん」
「うん?」
「わたしとみきさん、それとリュウタで、力を合わせよう」
「うん……?」
「どうするんだ?」
「知恵のエレメントで聞こえた、森中で響き渡っていたオオカミの遠吠え。リュウタのお母さんの古巣だよね。それをリュウタの遠吠えに乗せる」
「そんなことできるのかよ」
「ん、まかせろ。10分で、思考を練り上げる」
まかせろか。
ストームの口癖だな。
信頼のエレメントの連中ね。
まるで「ウマイ」と書かれたラーメン屋の看板。
そんな店ほど、オレは信用しない。




