5.8.03 - 噴水の丘
湯から出た。
オレとミラーのハダカを見ても、ソフィアはなんのリアクションもなく、平然としていた。
「2人とも大事なとこだけ隠して、目を閉じてちょうだい」
ソフィアが魔法で粒子を巻き上げた。
その勢いで湯気を動かし、カラダについた水滴を吹き飛ばした。
ジャリっとした感触はあるが、痛くも痒くもない。
ドライヤー、というよりも、全身用のジェットタオルのような温風だった。
カラダは数秒で乾いた。
便利だ。
それから、食事。
食べ終わってから、温泉の湯気がとどく範囲で、寝ることにした。
ストームと未希が3時間見張り、次の3時間をオレが見張る。
明け方にソフィアとミラーを起こして、オレはまた3時間眠った。
月が昇ると、なんだか暖かい。
昨日と比べて、温泉から湧き上がる蒸気が、やけに多い。
湯に触れてみようとしたが、手を近づけただけで、高温なのがわかる。
これでは、もう入れない。
朝風呂は禁止だ。
たったひと晩で、どうしてこんなに温度があがったのだろうか。
未希は、ヘラジカのルルのところへ行き、顔や背中を撫でていた。
なにか会話でもしているのだろうか。
ヘラジカの食糧も、もってあと1日。
ルルも例外ではない。
最悪の別れが迫っている。
動物と会話できる未希が、その現実とどう向き合おうとしているのか。
オレにはわからない。
名前なんて、付けるべきじゃなかったと思う。
未希を除いた4人で、今日の予定を話し合った。
「んで、ルミナス・コアを探すとしたら、どこへ行きゃいいんだ」
「ん、この近くだと思うけど、どこだろうね」
「温泉じゃなくて、間欠泉なのよね?」
「ストーム」
「ん?」
「爺さんの日記に、ヒントはないのか?」
「ん……そうだった。読んでみる」
ストームが、腰の本を手に取り、ページをめくる。
ソフィアやミラーが、興味深そうに本を覗き込む
「ねぇ、その本てなに? なんにも書いてないみたいだけど」
「わたし専用の攻略本」
「攻略本……?」
「そんなもん、どこで買ったんだよ嬢ちゃん」
「ナイショ……」
「なにかヒントはあるか?」
「間欠泉は、くるぶしくらいの浅い池の真ん中。その近くに石像があったって書いてある。池は緩いくぼ地の中。くぼ地からは、水があふれ出て、小川が何本も流れてたらしい」
「それって、アレじゃねぇのか?」
ミラーは、首だけ回して、真後ろに佇む凍った丘を見上げた。
丘の上は凍った池。
周囲の斜面には、凍った小川が、何本も流れている。
「でも、凍ってるよね」
ストームのつぶやきのあと、ソフィアが言った。
「もしかして、間欠泉が、壊れてるの?」
ミラーが答えた。
「氷を溶かさなきゃいけねぇとかじゃねぇのか」
「どうやって、あんな量の氷を溶かすのよ」
「おまえらの魔法で、どうにかなんねぇのかよ」
「凍った池を丸ごと溶かすなんてムリに決まってるでしょ」
ストームも立ち上がって、ミラーの横から丘を見上げた。
「とりあえず、また登って調べてみよう」
未希とストーム、そしてミラーが、徒歩で丘を登り池を調べることになった。
オレとソフィアは、ヘラジカ3頭と荷車を曳いて、キノコを集めに向かう。
1キロ離れた枯れ木の森で、ヘラジカの餌をあつめる。
森へ向かいながら、ソフィアに話しかけた。
「なぁソフィア。魔法って、どうやって使うんだ」
オレは、魔法でヘラジカの心を感じることができた。
その後、なんどか試してみたが、あの時のようにヘラジカの意識が流れ込むことはなかった。
たぶん魔法が使えるんだろうが、使い方がわからない。
「それじゃあ、これを試してみる?」
ソフィアがポーチから、ジェノを取り出した。
中央に数字が書かれた、半透明のコイン。この世界の通貨だっけ。
「分割するには魔法が必要なんだけど、すごく簡単で、初心者でもできるわ」
「どうすればいい?」
「分割したい数字をイメージして、コインに触れるだけよ」
ソフィアが、コインに指を置く。
するとあっという間に、大きなコインと、小さなコインに分かれた。
小さいほうのコインをオレに向ける。
コインには、1000と表示されている。
ずいぶん前に、未希にも見せてもらった記憶がある。
オレは、そのコインを受け取った。
「イメージして、触れるだけか」
ソフィアの言葉を復唱して、数字を考える。
幾つにしたらいい。
100くらいでいいか。
結局、この世界のカネは、使ったことがない。
オレには不要なもので、持ち歩いてすらいない。
なんだか、オレが触れたら、消えてなくなってしまうんじゃないか。
そう考えながら、立ち止まって、右手の人差し指でコインに触れた。
コインが消えた。
「は?」
「え?」
ソフィアも立ち止まった。
ヘラジカ達だけが、ポクポクと先に進んでいく。
「ちょっと……イリュージョン? 私のお金どこに隠したのよ」
「いや……100とイメージして触れただけだが」
「じゃあ、どうして消えたのよ! 出しなさいよ!」
「いや、ほんとに触れただけで、どこに行ったんだ?」
どこにもない。
落としたわけでもない。
もともと半透明だったが、完全に消滅している。
「なにをイメージしたの?」
「100だ」
「他には?」
「他に?」
「消えてなくなったりしないよなって、考えた……かもしれない」
「……なんとなく想像はしてたけど、ソウジが魔法を使うのは危険だわ。世界が壊れるかもしれないわ」
誰かにも、似たようなことを言われた記憶がある。
「なにが間違っていたんだ」
「魔法はね、思考がすべてなの……って、逆にあなたすごいわよ。お金を消滅させる魔法なんて、初めて見たわよ。ダレが得するのよそんな魔法」
「すまんが、もう1回いいか」
「嫌よ! あなたの妹さんからお金貸してもらいなさい!」
「いまのは魔法だったのか」
「いまさら何言ってるのよ。でももう使わないほうがいいわ。忘れなさい」
ソフィアがヘソを曲げてしまった。
背を向けて、スタスタとヘラジカを追いかけていく。
いまのも、魔法だったのか?
本当に?
世界が壊れるというなら、むしろ、壊したいくらいだ。
どうすれば壊れるんだ。
世界を破壊する魔法。
もういちど試してみたい。
あとで試すか。
いちおう、未希とストームには、断りを入れてからだな。
それから、枯れ木の森に辿り着き、オレとソフィアはキノコを集めた。
ソフィアが微粒子の魔法で、群生する場所を特定し、砂を巻き上げて木の幹から斬り落とす。
便利だし、ソフィアの得意分野だ。
オレはそれを拾い集めて、荷車に放り込む。
だから、集めること自体は簡単だった。
しかし、大量に集めるとなると、群生範囲が思っていたよりもまばらで、広い。
結構な距離を移動しながら集める必要があった。
ある程度集め終わったところで、月が、直上に達しようとしていた。
「疲れたわね。すこし休みましょうか」
その時だった。
丘の方から、地響きを伴う、轟音が聞こえた。
振り向くと丘の中央。夜空に輝く月の真下。
いったい何メートルの高さだろう。
おそらく数十メートル。
月まで届けと言わんばかりの水蒸気の柱だった。
夜空高くに、吹き上がっていた。
その勢いは凄まじく、オレ達がいる場所にまで、水が飛んでくる。
辺りの枯れ木に、キノコに、地面に。
空気よりも、わずかに暖かい水滴が、小雨が降り出したかのようにパラパラと落ちてくる。
丘のほうから、カラカラと落雷が空気を切り裂くような音。
氷が割れる音だろうか。
丘の上全体から湯気が上がり、水があふれ出していた。
斜面の凍った小川も、上から下へと順に湯気が吹きだし、水を押し流している。
それはさながら。
巨大な噴水のようだった。




