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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.8.02 - スパ


 枯れ木の林で、薪木を拾う。

 未希達のいる温泉からは、1キロ近く離れていた。


 ようやく追いついたミラーが、小ばかにするような口調で言った。

「なにテレてんだ、ソウジ。って、そんな顔はしてねぇか」


 オレは冷静だ。


 何も答えずに、枯れ木を拾う。

 この辺りにも雨が降ったのだろうか。

 落ちている枯れ木が、少し湿っていた。

 どうやら地面も軽く湿っている。

 まぁこのくらいなら、削れば火は点く。


 寒冷地だが、思いのほか、キノコがよく生えていた。

 白っぽいホタテの貝殻のようなキノコが、木の幹から、ささくれのように生えている。

 ひとつひとつは、ホタテよりも、何倍も大きい。

 これなら、ヘラジカの飢えも、ごまかせそうだ。


「このキノコは食べられそうか?」

「どれ」


 ミラーが、数秒観察してから、匂いを嗅ぐ。

 そのあと、ひだを少しちぎって口放り込み、かみ砕いてから飲み込んだ。


 馬鹿か、この男。


「見た目も味も、オイスターマッシュルームだ。いまんとこは問題ねぇ」

「いまのところは、ね」


 ……まぁ、

 ヘラジカに食わせるぶんには、問題なさそうだ。

 適当に平べったいキノコをむしりとって、ズタ袋に放り込んだ。

 1枚が大きいので、すぐにいっぱいになる。


「なんだありゃ」

「ああ?」


 ミラーが、温泉の方を向いている。

 オレも視線を向けると、白い湯気が筒状に変化し、渦をまいていた。

 洗濯機のドラムが透明だったら、あんなふうに見えるかもしれない。


「敵襲じゃねぇよなぁ?」

「いや、アレはたぶん……あいつらの魔法だろう……」

「なんだ、結界みたいなやつか」

「たぶんそうだ。気にしなくていい。なにかあればリュウタが吠えるよ」


「なんで、あんなものを」

「しるかよ」


 あいかわらず、あの3人の魔法は、次元が違うな。


 両手が塞がるくらい薪木を集めて、ミラーとふたりで温泉の場所へと戻る。

 背中のズタ袋も、キノコでパンパンになった。


 3つある池のひとつが、いまだに白い湯気の筒で覆われていた。

 中の様子はわからない。

 リュウタもルカも見当たらないので、この中にいるのだろうか。


 とりあえず、持ち帰った荷物を地面にぶちまけた。


「湯気だけかと思ったら、渦の中に砂も混じってんな」

「触れるのはヤメとけよミラー。指が落ちるぞ」


「んじゃ、焚火の火だけ点けたら、俺たちも奥の池で、ひとっ風呂あびるかソウジ」

「いいよオレは。ミラーも風呂ギライなんじゃないのか」

「まぁせっかくだ。ソウジもだいぶ臭ぇぞ。カラダ洗え」


 オレが?


 そういえば。

 池の水で軽くカラダを拭くくらいはしているが、ログインし続けている間は、風呂になんて入っていない。

 着ている服やマントは、もともと臭いから慣れたが、もしかしたらオレも同じ匂いなのか。

 ミラーに言われるくらいだ。そうとうヤバいかもしれない。


 ヒゲも剃っていないから、遭難者かドロボーのようになっている。

 未希やストームは、なにも言わないが、少しは、オレから気を使った方がいいのだろうか。



 ミラーが、焚火用の穴を掘りだした。

 穴はふたつ。用意する焚火は、ダコタファイヤホールだ。

 穴の中で火を焚くので、雨以外の天候に左右されにくいし、火力が強く、燃費もいい。


 その穴の中に火を点けると、周囲は、さらに暖かくなった。

 数歩も離れれば、氷点下かそれに近い環境だが、温泉と焚火の周囲は、充分に暖かい。


 そして、ミラーはいちばん奥の温泉池の淵で、着ている服を脱ぎ始めると、あっというまに素っ裸になった。

 筋肉質なのかと思っていたが、思いのほかブヨブヨだった。


「うひぇ~、さびぃ!」


 ミラーは、そのままざぶざぶと、湯気が立ち昇る池に入っていく。

「うぁぁ……最高だぜこりゃっ、ッくぁ~っ」


 あまり深くもないし、熱くもないのか。

「おぃソウジぃ、おまえも来い。たまんねぇぞコレ。疲れが染み出ていく」


 オレはいい。


 ポーチを漁り、ハンカチを取り出した。

 いくつかの花の刺繍が入った、真っ白なハンカチ。


 そのハンカチを湯で濡らし、首筋や顔を拭く。

 寒さで、かさついた肌が、温かい湯で解きほぐされていくのがわかる。

 たしかに、気持ちが良い。

 これはアレだ。あったかいおしぼりで顔を拭く感覚。



 もういちど湯に浸そうと、ハンカチに視線を落とした。

 ちょっとカラダを拭いただけなのに。

 白いハンカチが、カビたように黒ずんでいた。

 このハンカチをくれた女性にも、カラダを洗えと言われた気がした。


 オレも腰の剣を外して、服を脱いだ。


 湯に足を浸す。

 ちょうどいい湯加減だ。

 手を伸ばせば、剣に届くところまで中に入る。

 湯の深さは、ヒザの上。

 そこでカラダを沈めて、肩までつかる。


 ああ……

 匂いは温泉ではなく、温められた真水だ。

 しかし、コレは最高だ。


「ミラー」

「おぅ」

「このまま寝るなよ」

「おぅ……」


 否応なしに目にうつるのは、満天の星空。

 なんでこんなところで、山猿みたいな外国人と風呂に入ってんだ。

 ほんと、この世界は不思議だ。


「ここぁ、天国だなぁ……ソウジ」

「……そうだな」

「実はもう、死んじまってるのかもしれねぇぞ」

「どうだろうな」

「薪を拾ってるあいだに、凍死してて、いまは魂だけなんじゃねぇのか」

「かもしれないな」

「もっと気の利いた言葉ねぇのかよソウジ」

「少し黙ってろよミラー。おまえの臭い口臭で、なにもかも台無しだ」

「黙ってたら、寝ちまうだろうがよ」


 池の外から足音がした。


 湯をかきながら、カラダを捻って視線を向ける。

 湯気の先に立っているのは、ソフィアか。


「なに、こっちは男湯?」


 捻ったカラダを戻して、また湯に浸かる。


「そのようだな。なんか用か?」

「ふたりとも、カラダもしっかり洗いなさい。臭いから」


「そうするよ」

「ご飯できたら呼ぶけど、出るとき教えてね。魔法で乾かしてあげるわ」


「乾かす?」

「濡れたまま出て、服着たら、凍死するわよ」


「俺ぁもう、ずっと、この中でもいいぜ」

 湯気の奥から、ミラーのスローテンポな声。


「ソウジ、ミラーがおぼれないように、ちゃんと見張っててね」

「ああ。わかったよ。未希とストームは?」

「邪魔しちゃ悪いからって、あっちでお湯を沸かしてるわ」

「そうか」


 もうすぐ夕飯で、未希達がその前に、湯上りのお茶でも淹れてくれるのか。

 ほんとに。

 ここはどこだと、考えてしまう。



 なんだかもう、どうでもよくなっていた。

 オレも、もうずっと、この中でいい。



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