5.7.01 - 片道の旅
見渡す限りの大平原。
そこを東へ向かって進んだ。
しばらくは月を見ながら歩くが、月が落ち始めると、北極星を横目に旅を続けた。
沈み始めたところで、野営の準備を始める。
焚火を点けるのは、やめておく。
現在地は、真っ暗な大平原のど真ん中。
そこで焚火なんてやったら、地平線の先からでも、オレ達の存在が知られることだろう。
ウォルターは、まだ戻らない。
まぁこの暗さじゃ、戻るとしても明日以降だろう。
まさかアイツが、松明片手に走ってくるなんてことも考えられない。
にしても、ウォルターのやつ。
そもそも、どうやって戻るつもりだったんだ。
足跡でも辿るのか。
今思えば、こんな夜の世界で、人間の感覚だけで探せる手段なんてないだろう。
やはり、最初から戻るつもりがなかったんじゃないのか。
それにしても、真っ暗なままでは、なにもできない。
オレ達は、ログインデバイスを取り出して、小さな明かりを灯した。
積み荷を漁る程度なら、その明かりだけでもどうにかなる。
食事は、保存用にと大量に作り置きした、燻製肉のパウチを開封した。
鼻を近づけると、ヒドく獣臭く生臭い。
それでも、噛むと肉は柔らかく、コクのある旨みが染み出した。
味は悪くないし、ダメになっているわけではないようだ。
未希やストームも、最初は顔をしかめたが、匂いだけを我慢して、それを食べた。
「みんな、ちょっといい?」
ストームが、全員を呼んだ。
地面に地図を広げている。
オレと、未希とストーム。
そして、ミラーとソフィア。
20人いた部隊も、いよいよ5人になってしまった。
その5人で、ログインデバイスの明かりを持ち寄って、広げた地図を照らした。
ストームが地図の端に指先を這わせる。
「この地図には書かれてないけど、知恵のエレメント・コアは、このあたりだよね」
ミラーが答えた。
「そうだな。逆算するなら、そのあたりだな」
ストームがエンピツを取り出し、そのあと腰のナイフを鞘ごと外した。
その鞘を地図に押し当て、エンピツで直線を引く。
南西に描かれている、正義のエレメント・コア。
次に、知恵のエレメント・コアの位置だと推測した場所。
そのふたつを線で結ぶ。
さらに、そのふたつを起点に、2等辺三角形の直線を引く。
その線が、地図の真ん中で交わる。
「つまり、ルミナス・コアは、ここ」
「なるほどね。エレメント・コアは四隅、その中心がルミナス・コアなら、たしかにそこになるわね」
「これで方角も修正できる。この山が、今朝までとどまっていた拠点の山なら、行き先は東じゃなくて東南東。このまま東に向かってもズレるところだったね」
「東南東かぁ。大まかに進むことはできるが、感覚だけで正確に向かうのは難しいな」
「みきさんのルカはどう? 東南東はわかる?」
「ルカがわかるのは、風が吹いてくる方角だから、東とか南とかはわからないよ」
「そっか。じゃああとは、星かな」
ストームが夜空を見上げた。
月は隠れてしまったが、おかげで星の光だけが、いっそう輝いて見える。
「あとどのくらいの距離なのかしらね……」
「この地図、山の位置と、三角形の頂点で考えると、残り300キロくらいかな」
「300キロかぁ。訓練された軍隊でも、まだ10日はかかるなぁ」
「それだと、ヘラジカや馬の食糧が持たないわね」
「いまの残りで、何日もつの?」
「ギリギリまでカロリーを減らしたとして、ヘラジカが6日。馬は4日くらいね。それとは別に2日おきに水源も必要よ」
「ん……ぜんぜん足りないね」
「かわいそうだけど、決断は、早い方がいいわ」
「ん、決断? どういうこと?」
「ヘラジカを1頭にすれば18日。馬も1頭にしちゃえば12日に延びるわ」
「そっか……でも、その数じゃ、それだけの食糧も運べないよね?」
「坂道を私達が後ろからフォローすれば、馬1頭でも荷車を曳けるわ」
ミラーが髭を掻く。
「まてよ、そんなことしちまったら、肝心の移動も遅くなるぜ。正義においつかれちまう」
話し合いが止まってしまった。
オレと未希は、黙って聞いているだけだった。
ヘラジカや、馬の食糧だけじゃない。
ルカや、リュウタの食糧だって、遠からず尽きる。
「ルミナス・コアに行くのって、大変なんだな」
オレの口が勝手に動いた。
「ん……そうだね」
「エルハムや、噴水爺さんは、どうやって辿り着いたんだ」
「馬車に食糧を満載して向かったみたいだよ。わたしたちは、まだまだ準備不足だったね。馬車と軍の兵士の集団で向かったフェルおじさん達ですら、部隊壊滅で3人しか辿り着けなかったわけだから」
「オレ達は、何人辿り着けるんだろうな」
「それにね、まだ、最後の脅威が残ってるよ」
「なんだよ」
「寒さだよ。ルミナス・コア周辺の気温は0℃前後。水は凍ってるらしいよ」
ソフィアが、絞り出すように言った。
「嫌ねぇ。寒いのは、苦手だわ」
「俺ぁ慣れてるぞ。地元は夏が来ねぇ。厳冬と冬と春と秋だ」
ミラーの言葉は頼もしいが、オレも日本の関東の寒さしか知らない。
食糧が減るだけの旅で、真冬のルミナス・ノードを進むのか。
遭難する未来しか見えてこないな。
「ねぇ、あのさ……」
こういう場では、あまり口を挟まない未希が、めずらしく言葉を発した。
「どうした。未希」
「みんなで、馬とヘラジカに乗ったら間に合うかな?」
ログインデバイスの仄かな明かりに照らされる未希の顔。
全員が、その未希の顔を見た。
ソフィアが口を開いた。
「そうね、残り300キロ。馬に乗れば5日、道に迷わなければ早くて4日」
ミラーが反論した。
「いいアイデアだが……乗れんのかよ?」
「みきは、ルルに乗せてもらえるし。ソフィアとまゆさんも乗れるよね」
「ってことはあとは……」
「オレとミラーか……」
「わたしも初心者だよ……」
オレとミラーが、互いの顔を眺め合った。
ストームが、不安そうな顔のまま言った。
「でもいいアイデア。正義の部隊に追いつかれる心配もなくなる」
「とりあえず、明日から、練習してみる? 馬自体は、おとなしいし、よく調教されてるから、歩かせるだけなら簡単よ」
「簡単って、ソフィアよぉ……俺は動物は好きだが、乗るのは苦手なんだよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう?」
そのやりとりに、未希が口をはさんだ。
「大丈夫だよ」
「え?」
「おにいちゃんとミラーも乗せてもらえるように、みきがお願いするから」
未希がニコニコとしながら、簡単そうに言った。
ぼんやりと照らされた笑顔は、少し不気味で、不吉な予感が漂っていた。
未希は、冗談を言う性格じゃない。
本気で言っている。
いや、天然っていうのか。




