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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.6.07


 雨が降り始めた。

 雨足が徐々に強くなっていく。


 オレ達は、急いで事後処理をした。

 死体を片付ける時間はない。

 身につけている、ポーチや、ズタ袋を剥ぎ取るだけだ。


 馬6頭が、佇んでいる場所で、ストームらと合流した。

「あぶなかったね」

 ストームは、自分の矢で射ころして動かなくなったプレイヤーを見下ろしていた。

 いずれも、顔つきは日本人。

 歳は、40代を過ぎているように見える。

 目も口も開いたままの頭には、2本の矢が突き刺さっている。

 ストームの心中を心配したが、思いのほか平然としていた。


「よく対応したな。助かったよ、ストーム」

「ん……それはお互い様」

「そうか。そうだったな」


 未希はソフィアと2人で、馬の近くにいた。

 ソフィアが馬の頬を撫でながら言った。

「乗れる人いる?」


「俺はむりだぜ」

「ソウジは? 練習するって言ってなかった?」

「いや、まったく乗れない」


「未希は魔法つかったらいける?」

「うん……わかんない。いまはムリかも……」


 そうだな。

 殺し合いの直後で、すぐそこに日本人の男も転がっている。

 顔には出さないが、今はそれどころじゃないだろう。



「わたし、何度か乗ったことある。乗馬体験で」


 さすが、金持ちのお嬢様。


「でも、走ったりはムリだから。だれか、ハミつかんでてほしい」

「んじゃ、わたくしが、先導いたしましょう。マイハイネス」

 ストームがミラーの手を借りて、馬にまたがった。

 それから、ミラーが、その馬の、口の横にある輪っかを掴んだ。

 馬は、耳をハタハタと動かすだけで、おとなしくしている。


「馬子姿がずいぶん似合ってるじゃない、ミラー」

「おぅ、上品に見えるだろ。実は貴族なんだ。信じるか?」

「貴族屋敷の下働きでしょ」


 ソフィアも、あぶみに足をかけた。

 体重をかけると、馬は自分から内側に回り込んで、ソフィアがまたがるのを助けた。


「まぁ、やさしいのね。ありがとっ」


 ソフィアが、たてがみの下を撫でた。

 馬が、ブルっと鼻を鳴らした。

 牧場娘の本領発揮のようだ。

 さらにソフィアは、残り4頭のけん引ロープを掴んだ。



「戻りましょう」

 

 オレ達は、拠点へと向かった。


 雨が、どんどん強くなっていく。

 いつ嵐になってもおかしくない。

 残念だが、遠くへ逃げてしまった2頭の馬の回収は断念した。



 拠点に戻ると、勝利を祝うよりも先に、嵐に備える準備を始めた。


 まずは、川辺に繋いでいたヘラジカを拠点の中へ。

 雨にうたれ、びしょ濡れだった。

 リュウタとルカは、すでに拠点の中にいた。


 最後に、たったいま鹵獲してきた馬を、半地下の拠点の中へ。

 馬6頭、ヘラジカ3頭、そしてオオカミ1匹と、渡り鳥1羽。

 拠点の中は、家畜小屋になってしまった。


 匂いはまぁ、我慢できそうだ。

 それよりも、動物の体温のせいか、なんだか、妙に暑い。

 雨漏りはしていないが、拠点の中は、汗が滲みでるほどの蒸し暑さだった。


 そして焚火が眩しい。

 ウォルターとその部下を除いて、オレ達の目は、暗視状態なのだ。

 だから少し、焚火の火を弱めた。




 それから、戦利品の確認。


 4頭の馬が積んでいた荷物は、ほとんどが馬用の飼い葉と水。

 人間が食べることのできる食糧はたいして積まれていない。

 僅かな干し肉と、数切れのハードタックと呼ばれる、固い乾燥パン。


 ソフィアの見立てでは、積んでいた飼い葉と水で、馬が食いつなげるのは、あと数日だという。

 行きも帰りも、足りている量ではないと断言した。


 オレがソフィアに質問した。

「つまりどういうことだ?」

「長旅をする量じゃないってこと」


 ウォルターが言った。

「4人のプレイヤーは、先行偵察。後続に、長距離移動の物資を抱えた本体が存在すると考えて、間違いないだろう」


「だとしたら、この天気で、そいつらも足止めか」

「そうだな。おかげで、対策を考える時間だけはある」


「ねぇ、見てこれ。地図。それとこれって」


 ストームは、プレイヤーから剥いだ、所持品を調べていた。

 右手には布切れ。左手には、竹の筒。


「なんだ、その筒は?」


 先端は、蓋になっているようだ。

 ストームがその蓋を外して、匂いを嗅ぐ。

「マグネシウムと……この水色の砂はなんだろう?」


 ウォルターも、まじまじとその筒の中を眺めた。

蛍石フローライトのようだ。狼煙のろしか、発煙筒のたぐいだろう」


「え、じゃあこれ、やばかったね。私達の目は暗視状態だったから、使われてたら完全に視力終わってたかも」


「なんだそれは? どうやって使うんだそれは?」

「引火させると、すごい光を放つと思う。蛍石なら色はたぶん青」


 ウォルターが、別のポーチを漁ると、同じものがさらに2本。

「武器のつもりではなかったのだろう。遠くの仲間への連絡用じゃないのか」


「んで、この布切れは地図か」

 ミラーが、ストームの持っていた布切れを奪う。

 それを広げて、床に置いた。


「どう見りゃいいんだこれ?」

「ん……どっちが北だろう」


 ウォルターが言った。

「正義だと断定するなら、この拠点らしきものが南西だろう。だとしたら、北側にあるこれは……文字だな。漢字というやつか?」


 確かに漢字だ。

 オレとストームが、声を合わせて、日本語でそれを読み上げた。


「知恵……」


「ちえ? どういう意味だ」

「ウィズダム。私達のエレメントのこと」


「なら、これとこれは?」

「北東に勇気、南東に信頼。ぜんぶ漢字で書かれてる」


 ミラーが髭をかきながらつぶやいた。

「まじかよ。正義のやつら、いつのまに把握してやがったんだ」


 ソフィアが答えた。

「馬持ってるんだから。速度も運搬力も、最初から2倍以上よ。ルミナス・ノードに到達するのも最速だっただろうから、すでに知ってても不思議じゃないんじゃない?」


「なんにしても、こりゃやべぇな。本部に知らせてやらねぇと」

「ん、そうだね。ハンス達とも連絡とりたい。取る方法ある?」


「だれか、ログアウトして連絡取れたりしないの?」


 ソフィアが全員に尋ねたが、しばらく、だれも答えなかった。

 未希が思い出したように、ストームに言った。


「ねぇ、ノトウェンさんは?」

「ん……ムリ。ログインデバイス分解しちゃって、もう何年もログインしてないって」


 やっぱりバカだろ、あいつ。

 ストームは、そのままウォルターに視線を向けた。


「ウォルターは? 軍とかに知り合いはいないの?」


「私か」

 ウォルターはしばらく考え込んでから、また口を開いた。

「少し考えさせてくれ」



 いつのまにか、屋根の上から、激しく風の打ち付ける音。

 風雨が強くなってきたようだ。


 合間を縫って、ミラーのハラが鳴った。


 ソフィアが言った。

「とりあえず、ご飯の準備するわね」

「みきも手伝うよ」


「暗視のままだけど、大丈夫?」

「ムリだから、手探りで調理するけど、マズくても文句いわないでよね」


「問題ねぇ。今なら、なんでも食えそうだ」

「っフフ。すぐ準備するわ。ミラーは間に合わなそうだったら、飼い葉でも齧って待ってなさい」



 なんだろうな。

 ついさっき、4人のプレイヤーを殺したんだが。

 しかも、4人とも日本人だった。


 もう、そんなこと、ダレも気にしてないらしい。




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