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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.6.06


 馬に乗った、ふたりのプレイヤーが近づいてくる。

 まだ数百メートルの距離。


「どうするんだ、ソウジ」

「どするって、どうしたいんだ、ミラー」

「おまえがどうしたいんだよソウジ。どう動けば、おまえは死なずに済むんだ」


 ミラーがにやけている。

 これから、殺し合いが始まるっていうのに、なんでそんな顔ができるんだ。


 ふと、ガスコスという名の男の顔が、脳裏に浮かんだ。

 薄れかけた記憶だが、ミラーはどことなく、ガスコスに似ている。

 そのミラーが、ガスコスと同じように、最初の1手にオレを選んだ。

 オレが自由にできるように。

 オレが殺されないように。


 ソフィアに視線を向けた。


「ソフィア、こちらの存在が完全に露見した瞬間に、あのふたりの視界を封じてくれ。この際、馬の視力でもいい。やりやすいほうで頼む」


「わかったわ」

「それを合図に、切り込むぞミラー」

「おう。おまえと一緒に戦うのも、久しぶりだなソウジ。遅れんじゃねぇぞ」


 ミラーのその自信は、どっから湧いてくるんだ。

 こいつの得物は手斧だ。

 そんな短い武器で、どうやって馬上のプレイヤーと戦うつもりだ。


 そのやりとりの合間にも、馬にのった、ふたりのプレイヤーが接近してくる。

 オレ達の存在には、まだ気が付いていないようだ。


「まだ、動くんじゃねぇぞ、ソウジ」

「わかってるよ。ミラーは左。オレは右だ」

「おう」


 距離が詰まる。

 あと200メートルくらい。

 そこまで迫ったとき、片方のプレイヤーが馬を静止させた。


 ミラーが舌打ちした。

「チッ……バレちまったか」


 もう片方も静止し、会話を始めた。

 そして、オレ達の場所を指さしている。


「ソフィア、届くか?」

「ギリギリだわ。馬の目でもいいかしら?」

「それでいい」


 ソフィアが目を閉じた。


 暗くて見えないが、オレ達の左右から、蛇が這いずるような音。

 ざわざわと砂が擦れる音が、200メートルくらい先のプレイヤーの元へとフェードアウトしていく。


 剣が届くまで、何秒だろう。20秒で届くだろうか。

 もっとかかるよな。30秒か?

 それでもやるしかない。



「砂が巻きつくのと同時に走るぞミラー」

「くぁ、遠いな、チクショウッ」


 そういや、ミラーって、走るの早いんだっけ……?




 次の瞬間。

 馬が、いななきを上げながら後ろ足だけで立ち上がった。


 オレは駆け出した。

 たぶんミラーも。


 全力ダッシュなんて、何年ぶりだ。

 高校の体育でも、全力で走ったことなんて、数えるほどもない。

 そもそも、オレも、足早かったっけ?


 馬が暴れている。

 右側のプレイヤーが、馬から振り落とされた。

 左側のプレイヤーは、まだ馬にしがみついている。


 オレは右のプレイヤーの元へ。

 とにかく駆け寄る。


 あと100メートルくらいのところで、落馬した男が立ち上がった。

 そして、腰の剣を抜いた。

 左の馬は、まだ暴れている。


 あと50メートル。

 右の男は、完全に体制を整え、左の男に声を掛けている

 その声が聞こえた。


「おい、馬から飛び降りろ。敵がきてるぞ!」


 日本語だった。

 そういや正義って、日本人が多いんだっけ。

 異世界にきて、オレは日本人と殺し合いをするのか。


 などと、考えているヒマもない。


 とにかく走った。

 あと25メートル。

 左の男が、馬を立て直し掛けていた。

 馬にまたがったまま、オレ達に背中を向けて、上体を起こた。


 オレの左後ろから、回転する何かが、風きり音を上げてオレを追い越していった。

 垂直に回転する円盤のようなものが、馬上の左の男に飛んでいく。


 それしてそれが、男の背中に激突した。

 そのまま、弾き飛ばされるように、左の男が馬上から落ちた。


 なにが起きたか。

 だいたい想像はつく。


 だが今は、それを考えているヒマはない。


 あと、10メートル。

 男は、すでに正眼に剣を構えている。


 手にしているのは、打刀。

 日本刀だ。


 オレも立ち止まって、剣を抜いた。

 そして正眼に構えた。


 男が声を上げた。


「まて。おまえ日本人か?」


 オレはなにも答えなかった。


「日本人だろう? 正義か? 所属を言え、なぜこんなところにいる?」


 言葉を発しながら、視線はまっすぐ、オレを見ている。

 歳は30代くらい。

 短髪で、精悍な顔つき。

 茶色い帽子をかぶり、茶色いワイシャツ、茶色いズボン。

 右側の腰に鞘を垂らし、左側の腰には竹筒のようなものを吊っている。

 水筒だろうか。


「国はどこだ。教えてくれ。おれたちが殺し合う必要はない。そうだろう?」


 オレは剣の持ちてのチカラを抜いた。

 視線を、男の剣先に降ろし、ふぅと、大きく息をひとつ吐いた。

 そして、日本語で答えた。


「横浜だ。あんたは?」

「なんだよ横浜かよ。おれは三浦の三崎口だ。近いな。ッハハハハ」


 男が笑った。

 その男の顔の先。

 遥か後方に残された4頭の荷馬と、2人のプレイヤーが見えていた。


 オレは今、その2人の頭に、2本ずつの矢が突き刺さったのを見た。

 遠いので、表情はわからないが、そのまま馬上から崩れ落ちていく。

 ここからじゃ音も呻き声も聞こえないが、あれじゃたぶん即死だ。


 目の前の男には、まだそれは見えていない。

 だからオレは答えた。

 出来うる限りの笑顔を作って。


「三崎口なら、電車ですぐだな。何度か行ったこともあるよ」

「そうかぁ、今度来るときは言え。うちは漁師だ。マグロのいちばんウマイところをごちそうしよう」


 オレは、サンダーソニアを、男のカタナの下に並べた。


「ああ……それは楽しみだ。でも、ムリかもしれない」

「なぜ。どうしてだ?」


 サンダーソニアは、両刃だ。

 刃を返す必要はない。


 そのまま、男の打刀を跳ね上げようと、少し刃を持ち上げた。

 カタナは跳ね上がらず、音もしなかった。

 チカラを入れたわけでもないが、男の打刀は、真っ二つに寸断された。

 半分に切れた、カタナの剣先が、地面に落下していく。


 オレは、左足を踏み込み、男の左胸に剣先を突き出した。

 サンダーソニアが、深々と男の胸に突き刺さる。


「あんたは、たぶん……」


 そしてそのまま、左下に撫で斬る。


 突き刺した感触も、斬った感触もない。

 男の驚いた顔。


「オレを恨むだろうからな」


 口を動かそうとしているようだが、もう言葉もだせないだろう。

 気のいい男だと思った。

 痛みは感じているのだろうか。

 そうじゃないといいなと、オレは思っていた。


 でもコイツは、敵だ。

 殺さなきゃ、いつか殺される。

 オレにとって、もっとも重要なのは、未希とストームの安全。

 それが脅かされる可能性のあるものは、全て排除しなければならない。


 数秒も持たずに、男は地面に崩れ落ちた。


 そのあと背後に、ゼェゼェと荒ぶる男の呼吸音。

 振り向くと、ようやく、ミラーが追いついたところだった。


 目つぶしを食らった2頭の馬は、いつのまにか駆け出して、遠くへ行ってしまった。

 右へ左へと、むちゃくちゃに走り回っている。


 オレ達の足元には、動かなくなった2人の男が地面に転がっている。

 片方は血塗れ。

 もう片方の男はうつ伏せで倒れている。

 背中には、ミラーの手斧が突き刺さっていた。

 顔はわからないが、背格好は日本人のように見えなくもない。

 少なくとも、アジア人だろうな。


 どうでもいい。

 退場したんだ。もう動くことはない。



 遠く、数百メートル先にも、2つのカラダが転がっている。

 6頭の馬は、まだそこにたたずんでいる。



 とにかく。

 戦闘が終わった。




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