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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.6.04


 ヘラジカのルルに乗った未希が先頭を行く。

 その後ろを、オレとウォルターが、小走りで追いかけた。


 未希は、ルルにまたがり、手綱にしがみついている。

 それでも、充分、様になっている。


 走りながら、ウォルターが未希に問いかけた。


「拠点はどうしている?」


 もう、50を過ぎた歳だろうに、息もあがらずについていく。

 政治家や外交官てのは、もっとひ弱だと思っていた。

 ウォルターが特別なのか。

 それとも、なにもかもがウソっぱちなのか。

 こいつが現実世界でどんな仕事をしているのか。

 素直に話すこともないだろうが、オレはただ、好奇心でそれが知りたい。


「2人が戻るのを待ってるよ。リュウタの遠吠えで呼ぼうとしたんだけど、そんなことしたら見つかるから絶対ダメだって、ミラーに言われた。だからルカも飛ばしてないよ」


「それはいい判断だ」


「これからオレ達は、どうするんだ?」

「殲滅するか、隠れるか、逃げるか。そのどれかしかない」


 殲滅。

 戦うのか。

 いよいよ、人間と。殺し合うのか。




 拠点に戻ると、ストームから状況の説明を聞く。


「リュウタの感覚によると、馬らしき8つの気配が、固まって移動している」


 オレがストームに質問した。

「ヒトはいないのか?」

「現時点で、リュウタが感知できるのは、振動なんだよね? みきさん?」

「うん。まだ匂いはしないから、わかるのは馬の振動だけ」


「まだ距離があるのか。リュウタはどこだ?」

「いまは、南西に3キロくらい離れた場所で警戒してる。振動の距離は、たぶん10キロ前後。この位置からだと13キロくらい離れてるよ。リュウタにもっと近づいてもらう?」


「その前に未希。感覚でいいから。感じたことを全部話してくれ」


「うん」


 未希が目を閉じた。

 リュウタの感覚を拾っているんだろう。


 そしてまた口を開く。


「4本脚の8つの振動。

 ヘラジカよりも重くて、足の裏が固い。

 ここに近づいているわけじゃなく、北東に向かって進んでる。

 走ってるわけじゃなくて、歩いてる。

 それとね、比較的軽いのが4つ、すごく重たいのが4つ。全部で8つ」


 未希が言い終わると、ソフィアが続けた。

「馬で間違いないと思うわ。それも蹄鉄付き」


 そのあとに、ウォルターが言った。

「向かっているのは北東で、騎乗しているのは4人、残りの4頭は食糧の運搬と考えておくか」


「そうね。それなら長距離の旅もできるわね」


 ストームが、ふたりに尋ねた。

「その人達も、ルミナス・コアに向かってるのかな? たった4人で?」


「先行偵察、と考えたら納得いく。なんらかの通信手段があって、後続にも部隊が存在すると考えるべきだ」


 ミラーが言った。

「とりあえず、ここに向かってるわけじゃねぇんなら、戦闘は避けられるが。どうすんだ?」


 ウォルターが、無表情のまま行った。

「このまま行かせたくは、ないな」


「ん……それって、襲うってこと?」


「そうだ。ルミナス・コアに先に向かわせてしまったら、なにをされるかわかったものではない。可能なら、待ち伏せして全員を仕留めたい。そして馬も奪ってしまおう。8頭あるなら。私達全員が馬で移動できるようになる」


 勝てるかどうかの議論よりも先に、車かなにかを強奪するかのように、あっさりと言い放つウォルターだった。


 しばらく間があいた。

 その提案を、どう決断したらいいものか。


「いいよ。やろう」 

「え?」


 ストームの顔を見た。

 ソフィアも、未希も、その顔を覗き込んでいた。

 みんな同じことを思っている。

 本気かよ。


「おい、ストーム。いいのか。戦えるのか?」

「PVPでしょ。大丈夫だよ。ゲームでもよくやってる。予行練習にちょうどいい」


 練習か。

 まぁ、そりゃそうだが。

 遅かれ早かれ、人間と殺し合う瞬間はくるだろう。

 今なら、こっちが先手を取れる。

 心の準備をする時間を得て、奇襲をかけることができる。

 人殺しの予行練習の機会が得られる、またとない機会。


 ダメならダメで、そのまま行かせてしまえばいい。

 変な失敗さえしなければ、問題はない。



「襲撃する、で決まりか? なら、時間はない。作戦を考えよう」


 どこから出したのか。

 いつの間にか、ウォルターは、パイプを咥えていた。


 ストームが言った。

「500メートル。その距離から、わたしが4人同時に仕留める」


「どうやって? 魔法か?」

「ん。わたしは対象が見えさえすれば、外さない。外したことがない。みきさんのナイトビジョンで暗視をつけて、500メートルの距離から矢で仕留める」


「君は、この世界の対人戦闘は初めてだよな? 本当に大丈夫か?」

「ん。まかせろ」


 そういや、確かに。

 ストームが、魔法の矢を外したところを見たことがない。

 最初の頃に心が乱れたまま放った枝さえも、ウィルコープスの足を吹き飛ばしていた。


 しかも、コイツの矢は、ジグザグに飛翔する。

 かわすのも難しい。

 放たれさえすれば、避けられない。

 防ぐとしたら、同じように魔法を使う以外にないだろう。


 あるいは、失敗してもかまわない。

 矢が1本も当たらなかったとしたら。

 それは、この世界でやっていく資格を持っていなかったということだ。

 そうなったら、その場でログアウトして、退場してしまえばいい。


「わかった。それでいい。でもひとつ約束してくれ」

「ん? なに?」

「もし、矢が外れたら」

「ん?」

「この依頼は失敗だ。すべてあきらめて、日本へ帰る」


「ん……なにそのプレッシャー」

「自信ないか?」


「自信はあるけど……失敗したら、ごめんね。みきさん」

「うん。だめだったら、おうちに帰って、みんなでシチュー食べる」

「ん……シチューも食べたい……」


「おいおい、わざと失敗すんじゃねぇぞ隊長。がっはは」

「しないよ」


「それで、オレ達にできることはなんだ?」


「ん。私が狙うのは500メートルだけど。総司、ミラー、ソフィアは、見つかるギリギリの距離まで隠れていてほしい」


「おいおい、それじゃ外したら、俺たち逃げられねぇじゃねぇか」

「事前に、ソフィアが目つぶしのトラップをしかけておいて」

「なるほどね。それならまかせて」


「それで、目つぶしの対象は、プレイヤーだけにしてほしいんだけど、できる?」

「問題ないわ。馬はどうするの?」


「プレイヤーを倒したら、3人で馬を確保してほしい。わたしと未希さんも、すぐに行くから」

「オッケー」


 ウォルターが言った。

「私はなにをすればいいんだ」

「ウォルターは護衛対象でしょ。終わるまでどこかに隠れて、失敗したら逃げて」


「ッフフフ。ッハハハ」

 ウォルターが高らかっと笑った。


「いや、恐れ入ったよ。さすが、アーネストが見込んだリーダーだ。それならお手並み拝見といこう」


 違うな。そんなんじゃない。

 ストームにとっては、これもゲームのクエストかなにかなんだろう。

 護衛対象が死んだら、クエスト失敗。

 ストームはそれを避けただけだ。


「それじゃあ、進行方向と移動速度から、トラップを仕掛ける場所を計算するから、5分くらいまって」


「それよりよぉ、隊長の嬢ちゃん」

「ん?」

「雨降りそうなんだけど、大丈夫か?」


「え……まじ?」

「マジだ」


「また台風?」

「そこまではわかんねぇな」


「あとどのくらいで降りそう?」

「俺ぁ、ハートリーじゃねぇから、不正確だが、月が沈む頃には降り出すんじゃねぇか」


「なら、馬を奪ってとっとと戻ればいいね。拠点に入りきるかな?」

「入らねぇことはねぇけど、ギュウギュウの家畜小屋になっちまうな。臭くて耐えられねぇかもしれねぇぞ」


「それならログアウトすればいいよ」

「そうだな。そうしよう」



 いやいや、まってくれよ。

 オレ、ログアウトできないんだけど……



 

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