5.5.20
山の頂上に辿り着いた。
振り返ると、遥か下方に、米粒のような焚火の灯りが揺らめいていた。
地上の星とでも言ったらいいか。
キャンプに残してきた焚火の灯りだ。
その遥か遠くの暗がりに、切り立った崖が、ぼんやりと見えている。
たぶんあの崖は、入江の西側の断崖。
嵐になる前日に、オレ達がいた場所だと思う。
それにしても、この高さまで来て、気が付いたことがある。
「丸いのね……ルミナス・ノードって」
ソフィアも同じ気持ちらしい。
そうなのだ。
星々の消え方、うっすらと見える山の角度、そして地平線の丸み。
すべてが湾曲している。
ストームが答えた。
「地球と比べると、大きさは半分? らしいから、丸みもわかりやすいね」
でこぼことした、巨大なボールの上。
この山の頂上から見た大地の景色は、まさにそんな感じだった。
ストームが言葉を続けた。
「ルミナス・コアの方角を特定したいんだけど……ミラーとか見当つく?」
「いや……わかるわけねぇだろ。目印になるのは月くらいだ」
「だよねぇ……ハンスを戻しちゃったの失敗だったかなぁ」
ソフィアが尋ねた。
「この中で、ルミナス・コアに行ったことあるヒトっているの?」
「俺はねぇぜ」
「わたしも、みきさんも、総司も行ったことないよ」
「えぇ……じゃあ、ダレもいないの?」
「ウォルターは、行ったことあるのかなぁ。今から呼ぶ?」
「彼はふもとでしょ。呼べるの? 大声出しても、さすがに届かないんじゃない?」
「みきが、リュウタに伝えてもらうよ」
「んん……さすがのウォルターでも、オオカミの言葉は、通じないと思うケド……」
ミラーが、ストームに尋ねた。
「他に、方角を特定する要素ってなんだ?」
「ん……あっ、そうだ気温だ。中心に近いほど、寒いんだっけ」
未希が言った。
「え? それでいいならわかるよ?」
「ん? わかるの?」
「ルカはもう、寒い方角なら、わかってるよ」
「え、マジ?」
「うん。マジ」
「さすが渡り鳥だな。喰っちまわなくてホントによかったぜ」
「……ルカが食べられちゃったら、ミラーさんのこと、一生恨むから……」
「いや、だから、喰ったりしねぇって……」
「で、みきさん、寒い方角ってどっち?」
「あっちのほう」
未希が、カルデラ湖の反対側へ、人差し指を向ける。
月が昇っていく方角の、やや左側。
ソフィアが言った。
「ここじゃよく見えないわね。反対側まで行ってみる?」
「ん、そだね」
それからオレ達は、ミラーを先頭に、山頂の外周を歩いた。
歩く広さは充分だが、山すそも、湖の側も、急な崖になっている。
湖面までは十メートルくらいの高さがあった。
転げ落ちても死ぬことはないだろうが、登るのは大変だろう。
湖に降りのは危険だ。
その峰を歩きながら、未希が言った。
「ここに溜まった雨水が、周囲に流れ出てるんだよね」
ミラーが答えた。
「そうだろうな。こんな綺麗な形のカルデラ湖なんて、現実世界では見たこともねぇが」
ストームが言葉を続けた。
「ゲームなら、こういう地形は、よく見る」
「そのゲームってなんなんだ。嬢ちゃんたちの時代のゲームって、どんなゲームだ?」
「逆に、ミラーの時代のゲームってどんなの?」
「チェスとか、タフルとか、バグギャモンなら知ってるが」
「えー、タフルやってみたい。作れる?」
「おぅ、タフルなら作のは簡単だ。駒がめんどくせぇが」
「わたしも手伝う」
「作れるのかよ、嬢ちゃん」
「手作業はわりと得意」
ストームのゲーム好きは、テーブルゲームにも対応しているらしい。
「で、カルデラ湖が出てくるゲームってどんなだ」
「ん~、未来のゲームを説明するのは大変だから、ミラーは長生きして自分で確認して」
「長生きって、何年くれぇだ」
「うーん……70年くらい?」
「そりゃ、難しそうだなぁ」
ソフィアがミラーに質問した。
「ミラーのお墓は、どこにあるの? こんどお酒持っていくわよ?」
「そりゃ、うれしいけど……って、墓の場所を聞かれても知るわけねぇだろ。どうせなら生きてる俺んとこに、持ってきてくれよ」
「それもそうね。私が生まれるまで、長生きしてよねミラー」
「長生きって、何歳くれぇだ」
「うーん、100歳くらい?」
「……仮に生きてたとしてよぉ、俺は、その歳で酒なんて呑めんのか」
「現実世界でも、呑み友達になりたいわね、ミラー」
「俺ぁ、飛行機代持ってねぇから、ソフィアが俺んちまで遊びに来てくれよな。酒も忘れんなよ」
「ッフフ、全部私持ち? まぁお爺ちゃんじゃ仕方ないわね」
「わたしも行く。みきさんも一緒にいこう。旅費はわたしが出す」
「えぇ……みきは、飛行機乗ったことないから怖いなぁ」
「何人でもくりゃいい。ソウジも来るか?」
「オレはいいよ。そんな遠くまで、墓参りしたくないよ」
「おいおい、真顔でそりゃヒデェ、生きてるかも知れねぇだろ?」
「もし生きてたら、ギネスで有名になってるだろ」
ストームが言った。
「ギネスはもっと上。120歳くらいじゃなかったっけ? ミラーに会うとしたら、110歳前後だから、まだ可能性ある」
「なら、いけるか。どうだミラー?」
「いやぁわりぃ。やっぱ生きてる自信ねぇわ」
「ッフフフ」
「あははは」
ソフィアと、未希が笑った。
笑い話なのかもしれないが、普通に考えると奇妙だ。
現実世界のミラーに会うことは、ほぼ不可能なんだから。
湖の反対側に辿り着く。
歩いた時間は、10分かそこらだろう。
そこから望む、寒い方角の景色。
それは巨大なボールの表面、そのものだった。
「みきさん、寒いのは、この方角?」
「うん。目標になるようなものが、なんにもないね」
「ん……ずっと平地だね」
湖も川もない。モコモコとした丘陵はあるが、山も見えない。
枯れ木の森や、緩い斜面はあるが、見渡す限りの平地だ。
それが、東の果ての地平線まで続いている。
地面と夜空の境界に見えるのは、緩やかに湾曲した形の星空だけだった。
「まぁ、わからなくたって問題ねぇだろ?」
「なんで?」
「あとは、寒い方角をひたすら目指しゃいいだけだ」
ミラーの投げやりな言葉に、ソフィアが答えた。
「こんな、なんにもない平野を迷わずに進めるのは、渡り鳥くらいね」
未希が答えた。
「うん。ルカが道案内してくれるよ」
カルデラ湖畔の東の端。
オレ達5人は、横並びで、平原を見下ろしていた。
広がっている平野は、まるで砂漠のようだった。




