5.5.14
荷駄隊を離れて、偵察に向かう。
メンバーは、オレと、未希。
ミラーと、フィリス。
フィリスの役目は、洞窟を見つけたらそこでフルートを吹いて、ヘラジカと共に待機する連中に知らせること。
それと灰色オオカミのリュウタ。
どうやらリュウタは、風の振動と、その反響音で、窪みの方角をすでに特定しているらしい。
さらに渡り鳥のルカは、すでにその洞窟に避難しているらしい。
動物たちは、もう分かっていて、すでに行動をおこしている。
どんくさいのは、人間だけのようだ。
先頭を行くのはリュウタだ。
その後ろを、ミラーが追い掛ける。
海岸の近くまで降りると、海は荒れ狂っていて、少し離れた岩場に打ち付けていた。
そのたびに、建物の2階くらいまでありそうな水しぶきがあがる。
未希とフィリスは、遅れ始めた。
ゴツゴツとした岩場で、歩きにくい。
リュウタは、ひょいひょいと、大岩をすり抜けたり、飛び越えたりしていく。
ミラーもどうにかついていく。
未希とフィリスが、そのスピードについていくのはムリだった。
オレは最後尾で、ふたりを見守りながら、足を進めた。
たぶんオレも無理だ。
ミラーの後ろ姿は、サルのようだった。
遠くで振り返ったミラーに、先に行けと合図を出す。
まもなく、リュウタとミラーの姿が、岩の向こう側に消えた。
未希には、リュウタの位置が分かっている。
ナイトビジョンのおかげで、ゴツゴツした岩場も良く見えている。
慎重に進んでいけば、問題は無い。
そう思っていたが、フィリスがコケた。
丸い岩で足を滑らせ、そのままカラダを宙に浮かせると、最初に腰、その次に頭を、別の岩に強く打ち付けた。
未希が駆け寄る。
オレも、歩みよる。
フィリスは右脚を抑え、頭から血を流していた。
なにやってんだよ、まったく……
「どこを痛めた」
フィリスに問いかけたが、呻き声を上げるばかりで、言葉が出てこない。
かなり痛がっている。
さっと見たところ、頭の傷は大したことないだろう。
腰はどうだろうか。
見た目にはよくわからない。
明らかに問題がおきてそうなのは足だ。
これは、折れているな。
フィリスはもう、歩けないかもしれない。
「フィリス、大丈夫? どうしよう……」
未希がおろおろしている。
ぽつりぽつりと、頭に雫。
降り始めたようだ。
パラパラと雫がこぼれるていた時間は、ほんの数秒だった。
雨は、あっというまに、本降りになった。
休む暇どころか、考える時間すら与えてくれなかった。
「オレが背負う。ひとりでも大丈夫か、未希」
「うん……あっ」
「どうした」
「リュウタが戻ってきてくれてる」
「そうか」
フィリスが、苦悶の表情を浮かべている。
背負う前に、なにかで、折れた足を固定しなきゃならない。
でも、なにもない。
どうすりゃいい。
「未希、痛みを消す魔法は、使えないのか」
「うーん……やったことない。そういうのはキケンだから、使うなって」
「そうか」
ここで、ログアウトさせたほうが簡単だな。
もう、これじゃ、フルートも吹けないだろう。
っていうか、もうこの風じゃ、楽器の音なんて、届かないのではないか。
「ログアウトさせるか。それなら痛みに耐える必要もなくなる」
「うん、そうだね」
「フィリス、痛いだろ。ログアウトしろ。あとのことは心配するな」
「うっ……ええ、そうさせてもらうわ。痛すぎ」
フィリスがようやく言葉を発して、左腕を持ち上げようとした。
「いっ……イタっ……」
「未希、手伝ってやってくれ」
「うん」
「ごめんね、ミキ」
「大丈夫だよ」
すでに雨は、土砂降りだった。
その雨の中で、未希がフィリスのカラダと、左腕を支えた。
ログインデバイスを出し、そのまま左手の親指で操作を追えると、ぷつりとチカラを失い、眠ってしまった。
オレは、それを背中に背負う。
フィリスを抱きかかえると、左の腰の骨の感触がおかしい。
どうやら、腰の骨にもヒビが入っているようだ。
これは痛いな。 ログアウトしたから痛がることはないので、妙な感触の腰骨を握りつぶしながら、フィリスを背負いあげた。
フィリスを背負って、立ち上がる。
「行こう」
「うん」
その言葉を発したところで、岩の上に、獣の足音。
リュウタだ。
未希を心配して、駆けつけてくれた。
「ミラーはどうした」
オレが、言葉をかけると、リュウタは首をかしげた。
「おーい、あったぞーぉ」
ミラーの声だ。
風雨にかき消されることもなく、あの男のだみ声が、届いた。
洞窟を見つけたんだろう。
みんなが、知らせを待っているだろうが、もうフルートは鳴らない。鳴らせない。
オレか未希でも、吹けるだろうか。
そういや、もっといいものが、目の前にあるな。
「未希、リュウタの遠吠えだ。いけるか?」
「うん。やってみる」
未希が、リュウタに向き直る。
両手を伸ばして、リュウタの首元に触れた。
「リュウタ。みんなをここに呼んで」
リュウタは、フッーっと、鼻息を飛ばした。
そして、頭を、全身をバサバサと振った。
雨に濡れた、灰色の体毛から、雫が飛び散る。
「うっは、冷たいっ」
たまらず未希が、リュウタから両手を離す。
リュウタは、岩場から飛び降りて、そのまま駆け出すと、オレと未希から、何メートルか離れた。
顎を垂直に、ソラに掲げて、深く息を吸い込む。
口を開けて、喉を震わせると、その口をゆっくりと狭めながら、雨が降る夜空に、遠吠えを吹き鳴らした。
嵐の風に混ざり合うように、地を這いながら浮かび上がり、闇夜の彼方へ飛んで行く。
リュウタの遠吠えは、アクセントの異なる嵐の風のようだった。
これなら、ストーム達にも、はっきりと聞こえるだろう。
あいつらなら、気付く。
リュウタが、呼んでいる。
洞窟を見つけた。
だから、ここに来いと。




