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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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419/434

5.5.14



 荷駄隊を離れて、偵察に向かう。


 メンバーは、オレと、未希。

 ミラーと、フィリス。

 フィリスの役目は、洞窟を見つけたらそこでフルートを吹いて、ヘラジカと共に待機する連中に知らせること。


 それと灰色オオカミのリュウタ。 


 どうやらリュウタは、風の振動と、その反響音で、窪みの方角をすでに特定しているらしい。

 さらに渡り鳥のルカは、すでにその洞窟に避難しているらしい。


 動物たちは、もう分かっていて、すでに行動をおこしている。

 どんくさいのは、人間だけのようだ。



 先頭を行くのはリュウタだ。

 その後ろを、ミラーが追い掛ける。


 海岸の近くまで降りると、海は荒れ狂っていて、少し離れた岩場に打ち付けていた。

 そのたびに、建物の2階くらいまでありそうな水しぶきがあがる。



 未希とフィリスは、遅れ始めた。


 ゴツゴツとした岩場で、歩きにくい。


 リュウタは、ひょいひょいと、大岩をすり抜けたり、飛び越えたりしていく。

 ミラーもどうにかついていく。


 未希とフィリスが、そのスピードについていくのはムリだった。

 オレは最後尾で、ふたりを見守りながら、足を進めた。


 たぶんオレも無理だ。

 ミラーの後ろ姿は、サルのようだった。



 遠くで振り返ったミラーに、先に行けと合図を出す。

 まもなく、リュウタとミラーの姿が、岩の向こう側に消えた。


 未希には、リュウタの位置が分かっている。

 ナイトビジョンのおかげで、ゴツゴツした岩場も良く見えている。

 慎重に進んでいけば、問題は無い。


 そう思っていたが、フィリスがコケた。

 丸い岩で足を滑らせ、そのままカラダを宙に浮かせると、最初に腰、その次に頭を、別の岩に強く打ち付けた。


 未希が駆け寄る。

 オレも、歩みよる。


 フィリスは右脚を抑え、頭から血を流していた。

 なにやってんだよ、まったく……


「どこを痛めた」


 フィリスに問いかけたが、呻き声を上げるばかりで、言葉が出てこない。

 かなり痛がっている。


 さっと見たところ、頭の傷は大したことないだろう。

 腰はどうだろうか。 

 見た目にはよくわからない。

 明らかに問題がおきてそうなのは足だ。

 これは、折れているな。


 フィリスはもう、歩けないかもしれない。


「フィリス、大丈夫? どうしよう……」


 未希がおろおろしている。

 ぽつりぽつりと、頭に雫。

 降り始めたようだ。


 パラパラと雫がこぼれるていた時間は、ほんの数秒だった。

 雨は、あっというまに、本降りになった。


 休む暇どころか、考える時間すら与えてくれなかった。


「オレが背負う。ひとりでも大丈夫か、未希」

「うん……あっ」

「どうした」

「リュウタが戻ってきてくれてる」

「そうか」 


 フィリスが、苦悶の表情を浮かべている。

 背負う前に、なにかで、折れた足を固定しなきゃならない。

 でも、なにもない。

 どうすりゃいい。


「未希、痛みを消す魔法は、使えないのか」

「うーん……やったことない。そういうのはキケンだから、使うなって」

「そうか」


 ここで、ログアウトさせたほうが簡単だな。

 もう、これじゃ、フルートも吹けないだろう。

 っていうか、もうこの風じゃ、楽器の音なんて、届かないのではないか。


「ログアウトさせるか。それなら痛みに耐える必要もなくなる」

「うん、そうだね」


「フィリス、痛いだろ。ログアウトしろ。あとのことは心配するな」

「うっ……ええ、そうさせてもらうわ。痛すぎ」


 フィリスがようやく言葉を発して、左腕を持ち上げようとした。

「いっ……イタっ……」


「未希、手伝ってやってくれ」

「うん」


「ごめんね、ミキ」

「大丈夫だよ」

 すでに雨は、土砂降りだった。

 その雨の中で、未希がフィリスのカラダと、左腕を支えた。

 ログインデバイスを出し、そのまま左手の親指で操作を追えると、ぷつりとチカラを失い、眠ってしまった。


 オレは、それを背中に背負う。

 フィリスを抱きかかえると、左の腰の骨の感触がおかしい。


 どうやら、腰の骨にもヒビが入っているようだ。

 これは痛いな。 ログアウトしたから痛がることはないので、妙な感触の腰骨を握りつぶしながら、フィリスを背負いあげた。


 フィリスを背負って、立ち上がる。

「行こう」

「うん」


 その言葉を発したところで、岩の上に、獣の足音。

 リュウタだ。

 未希を心配して、駆けつけてくれた。


「ミラーはどうした」

 オレが、言葉をかけると、リュウタは首をかしげた。



「おーい、あったぞーぉ」


 ミラーの声だ。

 風雨にかき消されることもなく、あの男のだみ声が、届いた。

 洞窟を見つけたんだろう。



 みんなが、知らせを待っているだろうが、もうフルートは鳴らない。鳴らせない。

 オレか未希でも、吹けるだろうか。


 そういや、もっといいものが、目の前にあるな。


「未希、リュウタの遠吠えだ。いけるか?」

「うん。やってみる」


 未希が、リュウタに向き直る。

 両手を伸ばして、リュウタの首元に触れた。


「リュウタ。みんなをここに呼んで」


 リュウタは、フッーっと、鼻息を飛ばした。

 そして、頭を、全身をバサバサと振った。

 雨に濡れた、灰色の体毛から、雫が飛び散る。


「うっは、冷たいっ」


 たまらず未希が、リュウタから両手を離す。

 リュウタは、岩場から飛び降りて、そのまま駆け出すと、オレと未希から、何メートルか離れた。


 顎を垂直に、ソラに掲げて、深く息を吸い込む。

 口を開けて、喉を震わせると、その口をゆっくりと狭めながら、雨が降る夜空に、遠吠えを吹き鳴らした。


 嵐の風に混ざり合うように、地を這いながら浮かび上がり、闇夜の彼方へ飛んで行く。


 リュウタの遠吠えは、アクセントの異なる嵐の風のようだった。

 これなら、ストーム達にも、はっきりと聞こえるだろう。


 あいつらなら、気付く。

 リュウタが、呼んでいる。 


 洞窟を見つけた。

 だから、ここに来いと。




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