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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.5.12


 また月が昇る。


 未希と、ストームは、再ログインした。

 髪が少し短くなり、健康そうな顔つきに戻っている。


 未希はリュウタに、ジャーキーを食べさせている。

 固いジャーキーを、リュウタはバキバキと音をたてて、せんべいでも食べているかのように、噛み砕いていた。

 口の周りと、未希の手を、よだれまみれにしている。

 間違えて、未希の手を噛まないかと、オレは心配した。


「おにいちゃん、そろそろヒゲそったら?」


 まぁたしかにな。


 ヒゲを剃らないと、ログアウトしていないことがバレる。

 というか、たぶんウォルターには、すでにバレているだろう。

 だからもう、どうでもよくなっていた。



 朝食は、温めたワインでふやかした乾パン。

 食べ終わってから、旅の準備を始めた。


 出発前に、ストームが言った。

「みんな、ちょっと集まって」


 ヘラジカの飼育員も含めた、20人全員を集めた。


「みきさん、魔法お願いしていい?」

「うん。なんの?」


「ナイトビジョン」


「え、ここで?」

「ん」


「わかった。全員?」

「うん、全員」


 なにをする気だ?


 未希が、ナイトビジョンの魔法をかける。

 かけ終わると、飼育員から、どよめきがあがった。


 ウォルターと、その部下すらも驚いていた。

 その反応で、ウォルターが接続している年代の予測がつく。

 まだ、無いんだろう。ウォルターの時代には。



「ミラー、ハンス。見て」


 ストームが、指を向ける。

 その先には、海に浸食されたような入り江。

 さらにその先の景色も、はっきりと望むことができた。


 月明かりに照らされて、うっすらと青白く光る大地。

 ぼんやりと浮かび上がる海は、巨大な宇宙船のようだった。


 山、枯れ木が密集した森、平原。

 全てが青白い輪郭を描き、そのあちこちから、青い光が小さくきらめいている。


 その大地は、夜光虫が舞い踊る、海のようだった。


 ミラーが言葉を放った。

「すげぇ……なんだこの眺めは……」


 他に、感想を漏らすものはいなかった。

 言葉にならない。


 全員が、暗視の視力を得た。

 断崖の上から望む青白く広がる大地は、儚げで、恐ろしげで、あまりにも美しかった。


「ハンス、ここから見える景色で、東の方角と合っている山はどれ?」

「え……あ、ああ、そうだね。今の時間なら、月と同じ方角にある山……あれかな」


 ハンスが、右手の人差し指を、遠くの、こぶりの山に向ける。

 頂上は平べったく、プリンのような形をしている。


「標高はどのくらい?」

「ここから測量しよう。正確なほうがいいよね?」

「うん」

「フィリス、手伝ってくれる」

「わかったわ」


 ハンスが、六分儀を抱え、フィリスがサポートにつく。


 ハートリーが口を開いた。

「それにしても、すげぇ眺めだな」


 ミラーが続く。

「だから言ったろ……ここは、眺めがいいんだって」


 ソフィアもその横から続いた。

「写真撮って帰りたいわね。だれか持ってないの?」

「あるわけねぇし、なんにもうつりゃしねぇだろ……」

「ああ、ごめん。ミラーの時代は、カラー写真もスマホもないわね」

「なんの話してんだよ、おめぇ……」


 未希が言った。

「噴水おじさんがいたらなぁ……絵を描いてくれるかも」

「え、あのおじさん、絵が上手なの?」

「うん、画家さんだって」

「なんで連れてこなかったのよ」

「誘ったんだけど、もう年だから無理だって」


「おい、ソフィア」

「なによ」

「ワインを開けよう」

「あら、いいわね。わたしも丁度、そう思ってたところよ」


 ソフィアとミラーの漫才に、ストームが苦情を入れた。

「もう、すぐ吞みたがる。すぐに出発するからね! ハンスまだ?」


「まだ、始めたばかりだよ……」


 数分後。


「海抜は、およそ650メートル、あのあたりの平地からだと600メートル前後だね」

「ん。完璧」

「で、どうするの?」


「今後の行先は、あの山のふもとにしよう。湖か川があれば、そこを目指す」


 ミラーが言った。

「なるど。次の見晴らし台ってわけか」


「そういう感じ。あの山まで何キロくらい?」

「30キロ……から40キロってところだな」

「あの山まで、迷わずに行ける?」


 先にハンスが答える。

「座標とりながら行けば、問題ないと思うよ」


 ミラーが続く。

「山が、俺を呼ぶ。問題ねぇ」


「ん。おっけ。みきさんも、ルカから受け取るあの山の感覚。覚えておいて」

「うん。もう覚えた」


「よし、それじゃ出発しよう。ミラー、行ける?」

「おぅ、任せとけ。あの山まで、連れてってやるよ」


 ミラーが、右手の親指を立てながら、歩き始めた。

 その後ろを、未希とソフィアが続き、ハンス、フィリス、ウォルターが後を追う。


「ウォルターと、ソフィア、それとハートリーは、南側を警戒してね」

「オケイ」

「了解」

「……」


 ウォルターは、人差し指と中指を伸ばして、ぷぃっと、敬礼のサインをストームに送る。


 荷駄隊の群れが歩き出し、最後にハートリー。

 オレとストームは、さらにその後ろ。

 最後尾を行く。


 横を歩くストームを見下ろしながら、思わず声を掛けた。


「おまえ、スゴイな」

「ん?」


「なんで、こんなことができるんだ?」

「こんなことって?」


 オレは、前方を行く、荷駄隊を指さした。


「これだよ」

「んん?」


 自覚、ないのか。


 これも金持ちの成せる業か。

 それとも、ストームが、最初から持っていた能力なのか。


 その判断を疑う者、異を唱える者。反論するもの。

 ひとりもいない。


 ミラーや、ウォルターから見たら、ストームは小娘だ。

 ハンスからしたって、教師と生徒くらいの差がある。


 なのに、全員が納得して、同じ目標を共有した。

 命令に従うのではなく、そうしたいという気持ちで、前へと進む。


 それを促しているのは、ストームだ。



 オレには、真似できない。




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