5.5.10
月が沈み始めた頃。
斜面を登りきると、そこは海を見下ろす断崖の上だった。
崖の上は、充分な広さのある平地だが、木はまったく生えていなかった。
もしかしたら、何か月か前まで草が生えていたのかもしれないが、今は細い枯れ葉が、乾いた地面に数枚張り付いているだけだ。
その光景を見て、ハートリーが言った。
「物見の拠点を建てるには、ちょうどいい場所だ」
ミラーも、その言葉に続いた。
「おぅ。陽が差せば、眺めはよさそうだ」
「ほとんど見えねぇがな」
「いや、ここはいい眺めだ。間違いねぇ。風でわかる」
ミラーもルカと同じように、風で地形が分かるのか。
実際、いい風が吹いている。
高台にいることだけは、オレでもなんとなく分かる。
ずっと斜面を登ってきたので、火照ったカラダにも心地よい。
しかし、周囲は真っ暗だ。
これも、夜景と言うのだろうか。
眼前に広がるのは美しさではなく、底の見えない吸い込まれそうな暗闇だけ。
遥か南東に目を向けると、薄暗くなりかけた月明かりが、その先にある陸地を、うっすらと照らしていた。
おぼろげだが、入江となっている地形の姿を、確認することができる。
陸地はそのまま、おそらく東へと続いているのだろうが、真っ暗でよくわからない。
まぁそれでも、ストームの予言通りだ。
まだ確定とは言い切れないが、オレ達は船で海を渡ることなく、ルミナス・コアへと、さらに近づくことができるだろう。
ハンスはその場で、六分儀を取り出して、測量を行った。
「現在地は、知恵のエレメントコアから、南に142キロ。東に82キロ。角度は51度。進んだ距離は164キロ。思っていたよりも、東に進んでいたね」
ストームがハンスに尋ねる。
「それって誤差、どのくらい?」
「プラスマイナス、2キロってとこかな。月が昇ったら、もういちど測ってみるよ」
「8日で、164キロなら、1日平均20.5キロ。予定通りだね」
食糧も、予定より残っている。
1日あたり20キロ進むという条件も満たしている。
ここまでの旅は順調のようだ。
ハンスが尋ねた。
「ここからどうする? ミス・ストーム」
「今日はここで野営して。みんなで話し合おう」
その日は、崖の上で野営。
月が沈むと、崖の下は、奈落の底だった。
暗幕から、波の打ち付ける音が聞こえてくるので、眼下が海なのは分かるが、まったく見えない。
焚火の設営は2ヶ所。
食事の準備は、未希とソフィア。それとフィリスに任せる。
他は、ストームを中心に、今後の進行ルートを話し合った。
話し合うのは、ハンス、ミラー。
ウォルターも参加した。
なぜか、オレも呼ばれている。
オレがなんの役にたつんだろう。
ウォルターが言った。
「旅は、順調と考えていいのか?」
ミラーが答えた。
「海岸沿いは、歩きやすかったからなぁ。距離が稼げた。食糧も節約できた。ここから先は、多少難しくなるだろうが、今のところは順調だ」
ストームがミラーの顔を見た。
「ねぇ、ミラー。入り江まであとどのくらいの距離かな」
「10キロもねぇだろう。明日中に入江まで届く」
「このまま、崖の上を歩く?」
「進みながらでいいが、下れる斜面をみつけたら、下ったほうがいい。いつでもどこでも、下れるわけじゃねぇからな」
ハンスが、ミラーの意見に賛同した。
「それは、私も賛成だな。下れる場所がない崖で行き止まると、戻らなきゃならないからね」
「入り江が見えなくなっても大丈夫?」
また、ミラーが答える。
「人間の感覚だけじゃ、ズレちまうが、ミキの嬢ちゃんとルカがいるんだ。大丈夫だろ」
「ん。じゃあ明日は、南西方向に進んでいったん崖を下る。平地に戻ってから入り江を目指そう」
「おぅ。それがいい」
「で、次の問題なんだけど……」
「なんだ?」
「ここから先、他のエレメントのプレイヤーとの遭遇率も、上がるよね?」
「その問題かぁ……偵察隊は、どこまで進んでるんだった?」
その問いに、ハンスが答える。
「偵察隊が進んだのは、南に真っ直ぐ、300キロって言ってたね。もう8日前の情報だけどね」
ストームが、質問を返す。
「東は?」
「最深部にいるのは、私達だよ」
「他のエレメントがいるのは、南、南東、北東だよね。それ全部敵って考えていいよね?」
「そうだねぇ。出会ったら戦闘になることを前提に考えたほうがいいね」
ウォルターが口を挟んだ。
「……そろそろ、君達にだけは、話しておこうか」
焚火を囲んでいた全員が、ウォルターの顔を見た。
「ん……なに?」
「私が、ルミナス・コアに向かう目的だ」
「神様に会うんでしょ」
「そんなわけないだろ」
そうだ。そんなわけない。
オレがウォルターに質問した。
「目的はなんだ?」
「その前に、いまから話すことは、ほかの連中には話すな」
うん……?
「ソフィアや未希、フィリスにもか?」
「そうだ。まぁ、ミキは構わないが、知らないほうがいい」
ああ。なんだ。オレと同じか。
ウォルターも、ソフィアをどこかで、信用していない。
フィリスも同列。
「それで。目的はなんだ」
「私が政治家だというのは、ウソじゃない。ルミナス・コアに向かうのは、会合をするためだ」
「誰と?」
「勇敢と信頼。そのふたつのエレメントとの同盟の調印だ。日程は、カウント24における600日目」
ほぼ全員が、口をそろえた。
「……同盟?」
何秒か、時間を置いて、ミラーが呟く。
「……やべぇ、なんかゾクゾクしてきたな」
「少しは、この任務の重要性が理解できたか?」
「おぅ。ハートリーには伝えておいてもいいだろう?」
「ダメだ」
「なんでだよ」
「ハートリーは、別れて帰還する荷駄隊のガイドをする予定なのだろう? 余計な情報を、持ち帰らせないでくれ。ハートリー自身のためだ」
「……そうか。まぁ、わかった。なら言わねぇ」
「調印が済めば、いずれ全員が知ることとなる。だが、終わるまでは、この話は最小限にとどめておいてくれ」
ストーム言った。
「ん、それでわたし達は、どこに注意を向けたらいいの?」
ウォルターの口元が、僅かに歪む。
「話が早くて助かる。
勇敢と信頼。そして、私達、知恵のエレメント。
この3つの勢力は、現在のところ、互いに中立だ。
遭遇してみないと分からないが、話せば分かる連中と考えて、計画を立てていいだろう」
「こんな暗い世界で、どうやって中立だって見分けるの? 先手必勝じゃない?」
「っフフ。
ストームは、まだ若いのに、やけに場慣れしているな。
まぁ、その通りだ。先に見つけたら奇襲をかけて皆殺し。それが、私達の安全を担保する、もっとも確実な手段だ」
ウォルターが、ごそごそと、自分のポーチを漁る。
そして、1枚のスカーフを取り出した。
表面には、花を模した銀色の刺繍。
月明かりに照らせば、キラキラと光るだろう。
縫い込まれた花の形は、ダイヤモンドリリー。
日本名は彼岸花。
ルミナス・ノードの目印として、よく見かけるスカーフだった。
ケルンと呼ばれる、石積みの道標にも、挟まれている。
ウォルターは、そのスカーフを見せながら、ストームに尋ねた。
「君も、持たされているよな? このスカーフ」
「んん。持ってる。識別用だからって、アーロンに渡された」
「ルミナス・ノードの偵察に出ている小隊は、みんなこのスカーフを持っているはずだ。そしてこれは、知恵だけではない」
「え……」
「この事実も、最高機密だ。言うなよ?」
固唾を飲み込む音。
ウォルターは、少し間を開けて、話を続けた。
「これは、知恵、勇敢、信頼。この3つの勢力で、共通の約束事になっているはずだ。これを掲げて、相手も同じように掲げれば、話の通じる相手だと考えていい」
味方の識別用にと、持たされている、銀刺繍のスカーフ。
それがまさか、すでに3勢力共通の識別票になっていた?
些細な約束事に聞こえるが、たしかに、これは、最高機密だ。
正義のエレメントにバレたら、その時点で破綻する。
ストームがオレの心を代弁した。
「そんなの、バレたら、その時点で終わりだよね?」
「その通りだ。だから、会談が終わるまでだ。それが済んだら、この銀刺繍のスカーフも、用済みだ」
ミラーがぼやく。
「だめだ……政治の話には、俺ぁもうついていけねぇ」
そうだな。オレもだ。
話がデかすぎる。
「方角は分かるの? 他の勢力の?」
「どの勢力も、慎重でな。私達の知恵も含めて、その情報は勢力間で共有されていない」
「そうなんだね」
「それでも、ひとつだけ、分かっている方角がある」
「どこ?」
「正義だ。方角は南西」
正義エレメントは、今の段階で、唯一の敵ということになる。
見つけたら、真っ先に殺す。
見つけられたら、殺される。
その場で、殺されるならまだいい。
未希やストームが、捕虜になるようなことだけは、なにがなんでも避けなくてはならない相手。
それが正義のエレメント。
「敵が湧きだしてくるのは、知恵エレメントの南だ」




