5.5.08 - お月様
エレメント・コアを旅立って、7日目。
ハンスは、日に何度も、海岸線の変化を分析していた。
海水をなめて、味を確かめてから吐き出すこともあった。
夜なので、海を見渡しても、水面は真っ黒。
それでも、ハンスは、わずかな潮流の変化を感じ取っているようだ。
「このまま、南東に進めば、入江になってる可能性は高い」
ハンスは、そう言うが、確証はなにもない。
「未希、ルカはどうだ? なにか見つけられないか?」
「うーん……よくわかんない。でも、南東から吹いてくる風は、ちょっとだけ冷たい。それが海なのか、陸地なのか。ルカにも分からないみたい」
要領を得にくい未希の言葉だったが、それを聞いたハンスが、はっきりと答えた。
「陸地だと考えて良いだろう。おそらく、その冷たい風が生まれるあたりで、陸地が大きく湾曲していると考えていい」
ストームがハンスに尋ねた。
「どうして、そう思うの?」
「ルミナス・ノードの海は、基本的に暖かい。冷たい空気が生まれるのは、より中心に近い陸地だ。それがこの世界特有のルール。この世界は、ルミナス・コアに近い陸地ほど、気温が下がるからね」
言いながら、ハンスは海辺に歩み寄る。
指先を海水で濡らして、またペロリと舐め、そして吐き出した。
「塩味もね、薄まっている。近くに川がある証拠でもあるんだけど、淡水が多くなっているのは、海がこの先で終わる。そういうメッセージでもある。この先で海が閉じている可能性は高い」
「あとどのくらいかな?」
「それはまだ、分からないけど、そんなに遠くはないだろう。あと2日か、3日か。そのくらいの距離だと思うよ。なによりあの地形だ」
南東に目を向けると、この先は断崖絶壁。
もう、海沿いを歩くのは難しいだろう。
ストームも、その断崖を見つめた。
「ここからどうする? 崖沿いは歩けないよね?」
ミラーが答えた。
「歩くのは崖の上だな。見晴らしもいいだろうから、南東に入り江があるかもしれねぇってんなら、崖の上のほうが見つけやすいだろう」
「そうだね。ハンスもそれでいい?」
「もちろん。岸壁の下を歩くのは、危険すぎるよ。って言っても、ここからじゃ、崖の上がどうなっているのかも、わからないけどね」
ミラーが、海ではなく、反対側の森の方に視線を向けた。
「とりあえず、いったん内陸に入って、上っていけそうな坂道を探すか」
それを聞いたストームが、だれともなく聞いた。
「食糧はまだ大丈夫だよね」
それにはソフィアが答えた。
「大丈夫よ。穀物も予定よりも多く残ってるわ。でも水が少ないから、水を補給したいわね」
次は、未希が口を出した。
「あ、それなら、近くに池があるよ。西の方角」
「そこは近い?」
「うーん……リュウタの足で10分くらい。リュウタが、いま池でなんか食べてる」
さすがオオカミ。素早い。
「俺達の足で、1時間くらいか」
「んん。じゃあ月が沈む前に、そこを目指そう。今夜はその池で野営」
オレ達は、進路を西に変えた。
ミラーの予告通り。たぶん1時間くらい。
西へ歩くと、月明かりを反射する池が見えた。
うっすらと、葉のついた森に囲まれた、そこそこ大きな池だった。
サッカーコートの3倍くらいはあるだろう。
魚の跳ねる音もする。
南西に伸びている小川もある。おそらく海につながっている。
これなら、今夜の晩飯は、池の魚。
そう思ったが、ハンスがそれに反対した。
いずれ、この池も、知恵のエレメントの拠点になる可能性が高いからだという理由。
ルカの食事は、この池で足りるようだ。
水草は生えていないが、魚が生息する程度の食物連鎖が発生している。
とにかく、水の補給ができるのはありがたい。
オレ達の野営で、1トンか、それ以上の水が消費されるが、池の水はその何千倍もありそうだ。
海水が混じっているのか、少し塩辛いが、濾過すれば問題ないだろう。
湯を沸かすための燃料も、池の周囲に大量にある。
「2~3匹ならいいかな」
池を観察すると、魚も、思ったより多く生息しているようだった。
ハンスの許可を得て、ハートリーが魚を捕まえに池に向かう。
オレ達が、野営の準備を整えている間に、ハートリーが、魚を3匹、その辺で拾った枝で作った銛で捕らえた。
デカい。
ボラのように見えるが、サイズは錦鯉よりも遥かにデカい。
おかずのひと品として、全員に行き渡る、充分な量だった。
その夜。
オレは、ログアウトの順番だった。
寝たフリをする前に、剣の手入れをしておく。
最近、まったく、剣を剣として使っていない。
焚火の灯りを頼りに、薄く油を塗っていく。
いつの間にか、横にストームと未希が座っていた。
「おにいちゃん、それって、神様が使ってた剣なの?」
ストームとふたりで、剣を見つめる目を輝かせている。
「どうだかな」
そういや、アーネストも、この剣のことを知っていたようだった。
たしか、アーネストの元上官? だったか。
こじ付けるとしたら、オレのメモリアのバイスタンダーと言われるかつての英雄が、アーネストの上官。
で、その上官が、噴水爺さんと共に、ルミナス・コアに到達した3人のうちの独り。ということか?
だとすると、神様はなんだ?
アーネストは、どこまで経緯を知っていたのだろうか?
そして、さらに、それ以前は?
バイスタンダーよりも前に、使っていたプレイヤーは?
そいつがたぶん、この剣が、イルドフェイト(運命に委ねる)と呼ばれていた頃の使用者なのだろう。
もしかして、そいつが、カウント11で、創造神を倒し神になった男なのか?
全ての情報を鵜呑みにするなら、そういう流れになる。
つい、口から言葉が漏れた。
「この剣はいったい、なんなんだ」
ストームが答えた。
「なんにも斬れないのに、イメージさえできれば、なんでも斬れる剣?
たとえ神様であっても、それを消滅させるほどの剣……?」
やっぱゲームか。
まるでおとぎ話だ。
「なぁ、ストーム」
「ん……?」
「神様の棲み処……ルミナス・コアって、なんだ?」
ストームは、いちど首を回して、周囲を確認した。
近くいるのは、オレと未希。それとストームだけだ。
ストームは、小声で答えた。
現実世界のファミレスで聞こえるのと、同じくらい小さな声。
「日記に書いてあったことを、そのまま伝えるよ?」
「ああ」
「わたしもまだ、信じられないから、現地確認が必要だよ?」
「なんだよ。もったいぶるのか」
「みきさんも、この話は、絶対にナイショだよ」
「うん」
「ルミナス・コアはね……間欠泉のことじゃない」
「じゃあ、なんだ」
「間欠泉は、コアに渡るための装置らしい。
ルミナス・コアの実態はね、今は見えないけど……
ルミナス・ノードで、最も光り輝いているもの。
また明日、東の空から昇って来る、あれのこと、らしい……」
それって、もしかして……
オレが、口ごもっている横で、未希が言った。
「……お月様?」
「ん……日記には、そう書かれてる……と思う」




