5.5.07
旅は、海岸線沿いに、南の方へと続く。
波打ち際の様相が、砂浜から、歩行困難な岩場に変わろうとしていた。
ハンスが地形を予測し、未希がルカから得た風の流れをミラーに伝え、迂回のルートをミラーが指示した。
荷駄隊の進行方向は、3人に任せて、オレとストームは、最後尾を歩いていた。
ここなら、話も、聞かれにくい。
「フェルおじさんはね、神様の肖像画を描くことはできなかったみたい」
ストームは、昨日の続きを語り始めた。
「どうしてだ」
「日記には、その前に、世界が崩壊したって書いてある」
「なぜだ。神様が、弱かったのか」
「その理由は、フェルおじさんも分かってないみたい」
「じいさんは、神様を倒して世界を崩壊させたんだよな。少なくとも神様に会うことはできた。そうだよな?」
「ん。日記には、神様の姿も描かれててね。短髪の男の人。日本人ではなくヨーロッパ人だと思う。マントを羽織って、私達と同じ旅人みたいな恰好で絵描かれてる」
「フェル爺さんは、どうやって神様を倒したんだ?」
「なにもしてない。ただ、神様に会って、フェルおじさんが言葉をかけただけ。神様は腰に巻いていた自分の剣を抜いて、その剣を振ったんだって。そしたら、神様が消滅して、ルミナス・コアも崩壊した……らしい」
「なんだそれ。神様が、自殺でもしたのか」
「わからない」
「剣を振っただけで、世界の崩壊か」
もうそれ、神様じゃなくて、悪魔だな。
「でね、その剣なんだけど……」
「うん?」
「神様は消滅する前に、剣を床に放り投げたんだって」
「剣は消えなかったのか」
「んん。そうらしい」
「それを、爺さんが拾ったのか」
「拾ったのは別の人。
ルミナス・コアに辿り着いた、仲間のひとり。
フェルおじさんと共に、ルミナス・コアに入ったイギリス人」
言葉を放つストームの視線が、オレの腰に巻いてある剣に注がれていた。
「ねぇ、総司。その剣、ちょっと見せて。柄のところだけ」
「うん? ああ」
オレは、サンダーソニアを鞘から引き抜き、クロスガードをストームに見せた。
ストームは顔を近づけただけで、剣には触れず、逆さのチューリップの意匠を眺めた。
「これ、チューリップじゃないんだよね。なんだっけ」
「意匠の花の名前か。サンダーソニアだと聞いた」
「んん……そっくり」
「うん? なにと?」
「フェルおじさんの日記に書いてある挿絵。それとそっくり」
おいおい……
「まさか、神様が捨てた剣の意匠も、コレなのか?」
「うん。そう」
「チューリップの絵じゃないのか?」
「わざわざ、逆さに描くかな」
まてまて。
困惑気味のオレに、ストームが質問を重ねた。
「この剣って、なに? どこで手に入れたの?」
「メモリアの女王様から借りている剣だ。前の所有者も、プレイヤーだったと聞いている」
「どういう経緯? 他になにか聞いてる?」
あの国の女王だったリノンから聞いた、この剣の呪い。
それを、覚えている範囲で、ストームに話した。
「なんでも斬ることができるが、なにも斬れない剣でもあるらしい」
「ぜんぜん分かんない。どういうこと?」
「斬るイメージができれば、なんでも斬れる。
逆に、イメージできないと、なにも斬ることができない。
祝福と呪い、その両方を宿す剣……だったかな」
リノンから聞いた話だが、ところどころ忘れてる。
それでも、苦労して聞き出した話だ。
呪いと祝福に憑りつかれた剣だということは、いまでも覚えている。
「なんか、すごいね。伝説の剣? わたしも欲しい。そういうの」
「欲しいなら、ストームにやるよ。使ってみるか?」
サンダーソニアのグリップを、ストームに向けた。
ストームが、右手でグリップを掴み、剣はオレの手を離れた。
「なんか、斬ってみろ」
「え……なにを?」
「その辺に落ちてる、枝でもなんでもいいだろ」
オレは、地面に転がっていた、細い枝を1本、拾い上げた。
「斬ってみろ」
「ん……」
サンダーソニアは、恐ろしいほどよく斬れる。
というか、斬った感触が無い。
この剣で斬った……というより、斬る対象物が、触れる前に勝手に分離した。
そんな感じだ。
オレが拾った枝は、本当に些細な枝。
おそらく割り箸よりも脆いだろう。
乾燥した枯れ枝は、指を数本当てただけでも、簡単に折れそうに見える。
にもかかわらず……
ストームが振ったサンダーソニアは、ナマクラだった。
コンと音をたてただけ。
「斬れない……?」
枝は、斬れず、折れることもなかった。
「もっと、強く振ってみろ」
オレとストームは、その場で立ち止まった。
オレは枝を水平にして、両手で支えた。
ストームは、その枝に、真っ直ぐサンダーソニアを振り下ろす。
それでも枝は、斬れない。
タンと、短い音をあげただけ。
木くずすらも、零れてこない。
「チカラいれたのか?」
「ん……わたしが非力すぎ?」
「ちょっと貸してみろ」
枝と剣を交換した。
今度はストームが、枝を水平に構える。
オレは、数センチ上から、軽く剣を下ろしただけ。
チカラは入れていない。
枝は斬れた。
斬った感触は無い。
ストームの両腕にすら、僅かな衝撃も与えていない。
まるで、真綿がふたつに分かれたように、右と左とで、枝が寸断された。
「この剣は、いったいなんなんだ」
「ん……ファンタジー、としか……」
なにやら、ストームの目が輝いている。
「ストーム」
「ん?」
「この剣も研究してみてくれないか」
「うん。わたしには使えないみたいだけど、終わったら、また貸して」
「ああ。かまわないよ」
しばらく間を開けて、ストームが言葉を続けた。
「……で、その剣なんだけど、神様が持ってた剣?」
やめてくれよ……
この剣はただ借りただけ。
それなのに、面倒ごとに巻き込まれそうな予感。
この剣にまつわる、祝福と呪い。
そのバランスは、いったいどっちに傾いているんだ。




