5.5.06 - フェル
旅すがら。
ストームは、噴水爺さんのことを、オレに話した。
噴水爺さんの名前は、フェリックス・ローゼンタールという。
周囲からは、フェルと呼ばれていたらしい。
ドイツ人実業家の父と、フランス南部出身の母親の元で、1949年に生まれた。
裕福な家庭で育った、4人兄弟の末っ子らしい。
職業は、近代画家。
どんな絵を描くのか、まったく分からないし、オレに言わせれば、そんなんで、食っていけるかと。
不思議でならない職業だ。
ただ、1949年生まれだとしたら、オレ達の時代でも、80歳に届いていない。
もしかしたら、まだ現実世界のどこかで生きているかもしれない。
だから、現実世界のフェルがどこで何をしているのか。
数年以内に、それ探してみると、ストームは付け加えた。
噴水おじさんのフェルが、ニフィルロードに初めてログインしたのは、カウント17。
つまり、その初参加で、フェルは主神を倒し、史上2人目の大罪人となってしまったことになる。
その後、シェイプシフトデバイスを手に入れたフェルは、カウント1にログインし、カウント17までの歴史を、追いかけていくことになる。
ストームが譲り受けた日記に書かれているのは、カウント17における出来事だけ。
それ以外のことは書かれていないらしい。
フェルが、実際にカウント17にログインしたのは、フェルが21歳のとき。つまり、1970年頃。
オレや、ストームどころか、両親もまだ、生まれていない年代だ。
ストームは先に、フェルがログインしたカウント17の時代背景について、オレに説明した。
カウント17のリリースの推定は、西暦1775年。
ログインしているプレイヤーの7~8割が、18世紀後半の人間だったらしい。
18世紀のヨーロッパは、激動の時代だ。
ドイツでは、1778年にバイエルン継承戦争。
隣の国、フランスでは、1789年にフランス革命。
革命の立役者である、ナポレオンが生きていた時代ということになる。
そこら中で戦争があり、日常的に、国家が主導する殺し合いが発生していた時代。
カウント17のプレイヤーは、そんな時代からログインしている連中だった。
そして、そのプレイヤーの多くは、貴族や大商家といった、いわゆる富裕層だったらしい。
オレ達の歴史の教科書や、図書館の辞典に名を連ねるような偉人も、多く参加していたことだろう。
そして、噴水おじさんのフェル。
彼も、まばゆい女性と出会っていた。
フェル自信も、彼女をひとめ見て、恋に落ちかけたほどの女性らしい。
彼女の名は、マリア・カロリーナ。
女帝と言われた、マリア・テレジアの10番名の子女。
オレは、カロリーナのことは全く知らない。
聞いたことも無い。
それでも、姉の名前は聞いたことがある。
誰でも知っている。
マリア・カロリーナは、マリー・アントワネットの妹である。
アントワネットも含め、マリア・テレジアの子女の多くは、非業の死を遂げている。
その中でもカロリーナは、イタリア南部を統治していた、フェルディナンド王に嫁ぐことで、比較的、長い人生を謳歌した。
噴水おじさんのフェルは、カロリーナに、自身の肖像画を描いてほしいと懇願された。
フェルは、ふたつ返事でその頼みを聞き入れ、エレメント・ノードで、彼女の肖像画を描いたらしい。
日記には、その肖像画の下絵が描かれているらしく、ストームには、それが、はっきりと見えているようだ。
「で、それが、ルミナス・コアにも関係があるのか」
「フェルおじさんはね、肖像画を気に入られて、次の肖像画も書いてほしいと、依頼されたんだって」
「次の肖像画?」
「当時のお貴族様の好奇心、というか我儘なんだろうけど。噴水おじさんのフェルは、カロリーナの要請で、神様の肖像画を描きに行くことになった」
「ああ……なるほどな。お貴族様なら、依頼しそうだ」
「んん。それでカロリーナから、将校と、十数人の私兵を貸し与えられて、ルミナス・ノードの探検が始まった」
「なるほど……爺さん独りで出かけたわけじゃないんだな」
「それでも、最終的にコアに辿り着いたのは、フェルを含むたったの3人。食糧も荷物も、大部分を失って、もう戻ることも叶うかどうかわからない。
それでもフェル達がルミナス・コアを目指したのは、フェルおじさん自身が、神様の姿を見たいと願ったから……って日記に書いてある」
「その時代でも、壮絶な旅だったってことか。肖像画は描けたのか?」
「描けてない……その続きは明日、話す」
おい……
もったいぶりやがって。
ストームが背中を向けて、荷駄隊の連中に言葉を放った。
「今日はここまで! 野営の準備始めよう!」
「へーい」
荷駄隊の連中からの返答。
月はすでに、沈みかけていた。




