5.5.05 - 海
月が昇り、旅を再開した。
フィリスが、出発のフルートを夜空に奏でたが、どこからも返答は無かった。
1日あたりの行軍目標は、30キロ。
これは、あくまで目標だ。
歩く時間は、5時間から6時間。
3時間歩いて休息を挟み、また3時間歩く。
「最低でも、20キロは進みたい」
ストームはそう言うが。
道があるわけでもなく、平坦な場所も少ない。
そもそも、何キロ進んだかも、ハンスの測量だのみだ。
どこかに距離計が付いているわけでもないし、GPSも存在しない。
オレ達は、ルカの眺望を受け取った未希の助言で、比較的歩きやすい平地を選んで、南へ向かう旅を続けた。
しばらく真南に進んでいたが、途中から南東に進路を変更。
最初の休憩地は、大きな川岸。
流れは緩やかだが、広い川だった。
最近まで、渡る手段が存在しなかった。
いまでは、知恵エレメント軍の渡し船が運行を始めていて、渡し場には、小舟が3艘。それと数人の常駐プレイヤーが配置されている。
もちろん、渡航は、軍に厳重に管理されている。
今思えば、軍の承認と支援無しで、ルミナス・コアを目指すなんてのは、およそムリな話だったと思う。
とはいえ。
偵察隊や、地図製作の小規模なチームを渡す程度の船しか浮かべていない。
20頭のヘラジカと、10台の荷車を渡すのには、何往復もする必要があった。
よって、この日の行程は、全員が対岸に渡ったところで終了した。
次の日は、川を離れ、さらに南東へ。
ルミナス・ノードの旅が始まって3日目。
この日。
オレ達は、ルミナスノードの海に辿り着いた。
夜の海だ。
そして、見渡す限りの、どこまで続いているのかも分からない、夜の砂浜。
この世界の海は荒れていると聞いていたが、沖に出なければそうでもないらしい。
現実世界の砂浜と同じように、穏やかなさざ波が、砂浜を湿らせていた。
未希とリュウタが駆け出していったので、オレも波打ち際まで追いかけた。
魔物が出てきて、足をでも掴まれて引きずりこまれるんじゃないかと。
そんな心配がよぎったからだ。
だが、杞憂だった。
普通に海だった。
海風が、波の音と共に、旅疲れの節々に染みていく。
そして塩臭い。
ルミナス・ノードの海も、塩気のある水。
現実世界の海水と同じ液体のようだ。
沖を見渡すと、遥か対岸に、おぼろげな山脈の影がある。
星が不自然に途切れているので、たぶんそうだろう。
その影は揺れ動かないので、波ではないと思う。
オレ達が目指しているルミナス・コアは、南東にあるとされている。
この海を渡れば、コアに最短距離で近づくことができる。
だが、海を渡る考えは、だれの頭にもない。
そのまま砂浜に沿って、南東に進むと、フライパンの蓋のようなものが落ちていた。
現実世界の海岸では見たことの無い大きさの、貝殻だった。
これが、この海を渡ることのできない理由。
たまたま落ちてた、貝殻ですら、この大きさ。
魚はどうなってしまうんだろうな。
たしかに、こんな生物がウヨウヨと生息する海なんて、渡りたくない。
さらに進むと、魚も打ち上げられていた。
最初は、クイーンベッドの掛け布団が捨てられているのかと思った。
そんなわけもなく、近づいてみると明らかに違う。
これはたぶん……ヒラメ……か?
だいぶ腐っているので、食べられそうにはない。
ミラーや、ウォルターが「フラウンダー」と発音している。
それを、未希が「ヒラメ」だとオレに翻訳した。
見た目はヒラメだが、とんでもなくデカく、そして不気味だった。
海の底に潜むバケモノから剝がされた、皮膚かウロコのように見えた。
ハートリーが悔しそうに言った。
「ダメだなこりゃ。これじゃ喰えねぇ」
ミラーも、横から眺めている。
「おまえは川魚専門だろ」
「じゃあ食ってみろよミラー」
「いや、俺はいい。魚は嫌いだ」
「ソフィアの魔法で、ダメになったとこだけ除去できねぇか」
「私も海の魚は知らないわよ」
「だいだい同じだろ。同じ魚なんだから」
「どちらにしろ、食べたくないから、拾わないでよね」
食べるつもりだったのか。
このスコットランド人は。
その日のキャンプは、海岸から数百メートル離れた場所。
その時、初めて知った。
ヘラジカの世話役で同行した3人の魔術師は、海辺の食糧調達に長けた術師だった。
何人かの男を引き連れて砂浜へ行き、戻ってくると、数匹の大きな魚を抱えていた。
「ルミナス・ノードじゃ、魚とキノコが、俺達の食糧だ」
魚は、ハートリーが捌き、それを焼いて食べた。
シロギスのような魚だが、どれも1メートルくらいある。
20人の食糧としては充分な量で、残った切り身や内臓は、オオカミのリュウタが旨そうに食べていた。
味は、まぁ、なんというか。
魚を食べているという味覚も、自覚もある。
スーパーで売っている、いちばん安い白身魚。
それを焼いて塩を振っただけのような、歯ごたえも風味もない、雑な味わいだった。
旅はここから、海岸線沿いに、南へ向かうことになる。




