表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
41/413

3.3.14


「おまたせー」

 サンダル履きのヒミコが、木のジョッキをドン、と降ろす。 


 黒ずんだジョッキに注がれたストロングエールの見た目は、こげ茶色をした泥水だった。

 漂う香りは、開店前のパン屋。しかも作り途中のパンだ。

 口に含むと、かなり甘ったるく、後味は青汁のように苦い。

 食感はドロドロ。

 最初のひとクチは、吐き出しそうになったが堪えた。

 アルコールは強く喉が熱くなる。そして、腹に溜まる。

 このエールだけで、晩飯になりそうなほど、飲みごたえのある酒だった。


「うんめぇ~~」

 ジョッキをあおったクラゲが、ひしゃげた渋い顔を作っていた。


「イノシシはまだとーぶん出せないって」

「おう! いくらでも待ってるぜ! ヒ・ミ・コちゃん」

「わたしは待ってないわよ。ク・ラ・ゲさん」

 掛け合いが終わると、ヒミコは手をひらひらと振りながら、立ち去って行った。


「そうだ、クラゲ、これを見てくれ」

 オレは今日の目的の1つを思い出し、腰の地図を抜いて、クラゲの前に広げた。


「なんだ? 地図か? どれ」


 クラゲは、ジョッキをあおりながら、地図を眺める。

 汚さないか心配したが、案の定、少し口から垂らし、地図を汚した。


「わかるのは、この村の位置だけだな。あとはわかんね」

「どこだ」


「この川とこの森の形。

 たぶん灯巫子川あかりみこがわだろ? 

 なら、この四角いのがこの村だ。

 だとするとこの地図……

 世界の中心が、このカタセ村だなぁ。

 誰が描いたんだ? こんな酔狂な地図」


 クラゲが示したカタセ村は、地図のほぼ中央だった。

 なるほど、だいぶこの地図が見えてきた。


 オレが初めてログインした草原、ガロム達が住む村、そしてカタセ村。

 それらが全て、地図に記されていた。

 その他にも、多くの挿絵や、注釈が書き込まれている。


 驚いたことに、オレがこの数日間で歩いたこの世界は、あまりにも小さかった。

 地図は広げると、玄関マットほどの大きさがある。

 だが、オレが歩いた川や村の範囲は、拳の大きさよりもさらに小さかった。


「おれも木こりだから感じるんだが、この地図は、森や林、川辺の印が多い」


「それがどうした」

「地図を作ったヤツは、変わった木でも探してたんじゃないのかな」


「誰に聞けば、詳しくわかる?」


「そうだなぁ……

 村のヤツから探しても無駄だな。

 マントを着てる客でも探すか。

 ソウジもそうだろ。

 マントなんて羽織ってるのは旅人だけだ」



 言われて店を見渡したが、マントを羽織るのはオレだけだった。


 クラゲが、最初の1杯を飲み干す。

「ヒミコちゃん、おかわり!」

「はーい」


 オレもジョッキをあおり、泥水のエールを喉に流す。

 慣れればこのエールも美味い。


 それからしばらく、クラゲとエールを飲み交わす。

 なにかツマミはないかと、ヒミコに尋ねる。


 すると、奥から、返り血で染まったエプロンのクマが出てきた。

 マスターの顔がついていなかったら、客は全員逃げ出しそうだ。


 手に重そうな革袋と、皿を持っている。


 まずは革袋をテーブルの上にドスンと落とした。

 革袋から、油の匂いが漂ってくる。


「イノシシ代だ。今日の代金は抜いてある。好きなだけ飲んでけ」


 それから、オレ達の前に皿を置いて、マスターは戻っていった。


 木皿の上には、こま切れにされたどす黒い茶褐色の塊が幾つも転がっていた。

 焦げたハーブの香ばしい匂いがする。


 口に運んでみると最初はハーブとエールのハーモニー。

 だが、噛めば噛むほどの獣臭と鉄の味。


 口の中に残り続けるのは、油を吸った、獣臭い中古タイヤの切れ端のようだった。

 その気になれば明日の朝までだって噛んでいられそうだ。


 クラゲはそれを「最高級のごちそうだ!」と言って食べている。

 聞くと、イノシシのモツ焼きだろうと言う。


「ソウジの取り分だ」

 といって、革袋の中に手を突っ込み、一掴みのコインをオレの前にばら撒いた。

 それは油臭い、鉄でできたコインだった。


 オレは、腰の革の小袋を取り出し、中の錆びた鉄コインをクラゲに見せた。

「これは使えるのか?」


「うん? 錆び錆びじゃねぇか。そんなコインは使えねーよ。鍛冶屋にでも持っていくんだな」


 クラゲがばら撒いたコインを拾ってみると、油臭いが、ツヤのある鉄のコインだった。

 この世界のカネは、鉄、銀、そして金。


 村で流通しているカネのほとんどは、この鉄のコインなのだろう。

 銀のコインは隠せと言われ、金のコインは見たことすらないという。


 オレは、カネの価値と使い方なら知っている。

 人を動かすのに最も単純で、後腐れのないもの。


 カネで動かせば、次もカネで動く。

 有ると知れば、カネ欲しさに勝手に情報を唄う。

 オレの知らないところで、オレのために動いてくれる。

 カネに呑みこまれるやつが敗者。

 操るやつが勝者。


 だから、この世界でもカネが必要だ。

 その方がやりやすい。


 その為に次は何をする?

 考えながら、エールを流し込む。



 夜はすっかり更けたようで、気がつくと客は、オレとクラゲだけだった。

「そろそろ帰るか。今日も泊まってくか?」


「いや、今夜は大丈夫だ」

「そうか。じゃ、また明日な」


 クラゲが席を立ち、革のコイン袋を抱えて、千鳥足で暗い夜道に向かっていった。


 強盗に襲われないかと思ったが、村人は村人同士でみんな顔見知りだ。

 オレみたいなよそ者でもないかぎり、その心配は不要なのかもしれない。


「まだいたのか。もう閉店だぞ」

 顔を向けると、大男の店主が立っていた。

 左手には、先端が布に巻かれた、こん棒のようなものを持っている。


「ヒミコは?」

「もう寝た。娘はやらんぞ」


「旅人がこの店に来るとしたらいつだ?」

「いつかなんて、しらねぇが……月に1度くらいは見かけるな。今月はおまえだ」


 オレは、革袋に入っていた銀貨を抜き取り、マスターに渡した。

「次に旅人が来たら教えてくれ。そいつの酒代も込みだ」


 マスターは、表情も変えずに銀貨を受け取った。


「いいだろう。伝えに行くのは、おやしろでいいのか?」

「ああ、たのむ」


「帰り道はこれをもってけ。おやしろまでの夜道は暗いぞ」

 マスターが、持っていたこん棒をオレに渡す。


 手斧があるが……

 殺さないように、これで殴れということか?


 オレがこん棒を揺すったり眺めたりしていると、マスターが言った。


「わりぃ。ちょっと貸せ」


 マスターがこん棒を奪い取ると、近くの蝋燭に、こん棒をかざす。

 こん棒の先に巻きついていた布が燃え上がる。


 ……ああ、これは松明か。


「これはオマケだ。返さなくていい」

「ありがとう。助かるよ」


 マスターも、見た目はクマだが、いい男だった。

 この村の住人は、みんなイイ奴だ。


 オレは、酒場を離れ、おやしろへと向かう。

 昼間でも20分かかる距離。

 夜道だとさらに遠く感じる。


 松明の炎が、煌々と夜道を照らしているが、灯りの先は、何も見えない。

 おやしろへの方角も、これで正しいのかと不安になる。

 朝の記憶を頼りに、慎重に道を進む。


 そして見えた。

 おやしろだ。


 なるほど……

 ヒミコが言っていた。

 たしかにお化け屋敷だ。


 おやしろの周囲に張られている目に見えない結界。

 それが、松明の灯りを受けて、うっすらと虹色に蠢いていた。

 それはまるで、ログインの時のあの膜。

 ログインゲートにそっくりだ。

 闇夜に浮かぶ虹の沼のようだった。


 オレは、デバイスを取り出す。

 『 ELAPSED 00:38 』

 ニフィル・ロードでの経過時間は、3800分。63時間。


 そのまま、おやしろのポーチを通過し、石の建物のドアを開ける。

 梯子を登り2階へ。


 部屋は真っ暗だった。

 デバイスの灯りで、奥のベッドがうっすらと見える。


 ここは、渡し人専用。

 プレイヤーしか入れない家。

 この世界で、最も安全な部屋と言えるだろう。


 ホコリ臭いベッドに転がり込む。


 疲れた。



 デバイスの『 CONNECT 』に触れる。

 そして、表示される『 Logout 』



 オレはログアウトした。



あとがき#2


 ~看板娘のヒミコ~


 いらっしゃいませー、

 1名様ですか~?


 え~、ちがいますよ~、わたしはまだ13歳ですよぉ~

 え? なに? ソウジ? だれ? なにする人?


 もしかして……掃除手伝ってくれる人!?


 やったー!


 え? ちがうの?

 でも、いつも変換間違えて、掃除になっててツライって、

 このあいだ来た、へんなお客さんが言ってたよ?


 なんのことだろうね。

 へんなお客さんだったなぁ。


 (続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ