3.4.01 - 達郎
眼を開けると、アパートの部屋だった。
黄ばんだエアコン、ホコリまみれの吊り電灯。
ニフィル・ロードのボロ小屋と大して変わらない。
敷きっぱなしの布団などは、おやしろのベッド以下だ。
ログアウト前の疲労や空腹感が消え、ログイン前の状態に戻されている。
まゆが言っていた。
ニフィル・ロードに持っていくのは、意識と記憶だけ。
現実世界の肉体は、ログイン前となにも変わっていない。
時計を見ると、時刻は20時8分。
ログイン中に経過したのは、きっちり38分。
これが記憶の圧縮なのだろう。
カタセ村で過ごした数日間の記憶が薄れている。
ログイン前の須藤明美の香水の匂いや、病院での記憶に入れ替わっていた。
冷蔵庫まで歩き、ログインデバイスを放り込む。
それから、チノパンのポケットからタバコを取り出して火を点けた。
煙を吐き出す。
現実世界に戻ってきたという実感。
スマホを見ると着信履歴がついていた。
公衆電話からだ。
だれだろうか。
なんだか、煙いので、窓を開けた。
ニフィル・ロードでの63時間の禁煙で、タバコが少し嫌になっているのだろうか。
前にも感じたが、このまま禁煙するのも悪くない。
考えながら、また煙を吐く。
吸い終わって、窓を閉め、布団に寝転がる。
未希の顔が天井に浮かぶ。
明日は、何をするんだったか。
そのまましばらく、天井を眺めて、ぼーっとする。
ガスコスや、クラゲ、酒場のマスターの顔が浮かんでくる。
ついさっきログアウトしたのに、もう、だいぶ前のことだ。
なんだか、どうでも良くなってきた。
まだ夜の9時前だというのに、やたら眠い。
……
翌日。
朝4時に目が覚めたが、また寝る。
次に気がついたのは、スマホのコール音。
公衆電話からだ。
時計は8時35分。
通話を押す。
「あ、おにいちゃん?」
「ああ、未希か。病院からか」
「うん。あのね」
「どうした?」
「実はね。知ってるの。須藤明美さんでしょ?」
「え……? なぜ?」
「おにいちゃんから、聞いた。えへへへ」
「いつだ?」
「おにいちゃんが、助けに来てくれたとき。
でもね、病院で伝えても、『オレ』が混乱するだろうから~って。
翌朝、電話で伝えろって、おにいちゃんに言われたんだよ」
「オレが言ったのか?」
「そう」
納得だが……
病院で伝えられていたら、オレがどう動いていたか。
想像がつかない。
やはり、未希は、未来のオレに救われたのか。
「あ、でも連絡先だけ教えて」
「わかった、スマホに送っておく」
「でね、おにいちゃんから、おにいちゃんに伝言」
「なんだ?」
「うんとね『つま先を鍛えて誘い出して突っ込め』だって」
「どこにだ」
「わかんない」
どこにだ?
「未希」
「ん?」
「どこに助けにいけばいい」
「ニフィル・ロードのこと?」
「へんな名前の世界だな」
「おにいちゃんはね、みきのおうちまで来てくれたんだよ」
「おうち?」
「そ。みきは、あっちでは、絶賛ひとり暮らし中」
「……は?」
「キッチンも、お風呂もあるし、お庭もあるよ」
「……そうか……わかった。今日、時間作ってそっちに行くから。詳しい話を聞かせてくれ」
「わかった。まゆさんも呼んでね」
「ああ」
電話を切る。
……わけがわからねぇ……めんどくせぇ。
未希のスマホに、須藤明美の連絡先を送る。
そのあと、まゆにもメッセージを送る。
『須藤明美の件は未希に伝えた。3人で話したい。時間作っといてくれ』
すぐに、まゆから返信。
『わかった。今日は学校来てるから。行くとしたら15時以降で』
しばらくぼーっとしていると、またメッセージ。
母親からだ。
『未希ちゃん退院します。いろいろありがとう』
スマホを放り投げる。
今日は、夜に達郎と待ち合わせている日だ。
仕事もなく、15時まで暇だ。
また寝るか。
午前10時半。
また電話が鳴る。
発信者は「長田岡」
誰だ。
通話を押す。
「あ、総司さんですか」
「そうだが」
「どうも、ヨシヒロです。お久しぶりです」
ヨシヒロの声を聞いて、思い出した。
達郎のとこのナンバーツーの男だ。
「どうした」
「タツさんと連絡がとれなくて。拉致られたっぽいんですけど、総司さん何か知りませんか?」
「今夜、会う約束はしているが、誰に拉致られた?」
「いま、追ってるんですけど、ちょっとややこしくて」
「どこかで会えるか?」
「いいんすか。あざす。そしたら朝日田のファミレスとかでいいですか?」
「わかった。1時間後でいいか」
「はい。お願いします!」
通話を切った。
「相談したい」と言っていた達郎が何かに巻き込まれている。
今回は、いろいろ動いてもらっている。
やれる範囲で手を貸してやろう。
布団から立ち上がり、台所で顔を洗った。
ニフィル・ロードのマントよりはマシだが、少し臭かった。
思えば、4日くらい風呂に入っていない。
これは、日本社会では、人としてあまり良くない。
待ち合わせにはまだ時間がある。
サウナか銭湯にでも寄っていこう。
オレはアパートを出た。
外はどんよりと曇っていた。




