5.5.03 - 歓喜の旅立ち
予定通り。
オレ達は、夕方前にエレメント・コアに到着した。
明日に備えて、今日はそのまま、野営する。
ミラーも、ソフィアも、酒の量は控えた。
20人もいるので、賑やかではあるが、いつもより口数は少ない。
誰も彼もが、少なからず不安を感じている。
それでいいと思う。
カラ元気を見せたところで、余計不安に感じるだけだ。
このほうが、真剣みがあっていい。
だからオレは、安心して寝た。
翌朝。
これが、ほんとうに最後の夜明けだ。
ルミナス・コアまで70日。
帰りの旅も入れたら、早くとも100日を超えるだろう。
それだけの期間、夜の世界に留まることになる。
最初にストームがゲートを開き、ヘラジカに引かれる荷車の群れと共に、ルミナス・ノードへ渡った。
1度では転送しきれなかったので、ソフィアが残りの荷車を先導した。
最後に、ミラーがゲートを開き、残ったプレイヤー全員。
それと、リュウタとルカが、未希に付き添ってゲートを抜けた。
ルカもリュウタに慣れたらしく、2匹揃って、未希に纏わりついていた。
ゲートを抜けると、青空だったソラが、暗黒に染まった。
頭上にあるのは、月明かりと、星の光だけ。
ルミナス側のコア周辺は、要塞に様変わりしてた。
高いブロック塀に覆われている。
石造りの家が何軒も立ち並び、松明が煌々と燃え上がっている。
外壁の端々には矢倉が建ち、その上から数人のプレイヤーが、拠点の外に目を向けていた。
文字通りの、城塞になりかけていた。
「打合せしにいくから、ミラーとウォルターと、あとソウジも来て」
ストームに連れられて、大きな石造りの建物の中へ。
外見に反して、入り口も通路も狭い。
通路はほぼ真っ暗で、ふたり並んで通ることができない。
通路を進み、机と椅子と書棚が並んだ、事務室のような部屋へ。
部屋の中も暗い。
灯りは、必要最低限のロウソクが数本。
手の届かない高さのところに、通気口にしかならないような窓穴がある。
薄暗い拷問部屋のような、中世の石部屋。
部屋にいる男の名はたしか……
「私は、この基地を任されているアーロンだ。話は聞いている。よろしく」
アーロンと、ウォルターが握手を交わした。
そんな名前だったか。
打合せは、数分で終わった。
400キロ地点の中継地の場所を確保したら、ヘラジカの群れと荷車は、いちど戻る。
そして、ふたたび食糧を抱えて、中継地にまた食糧を運ぶ。
戻るのはヘラジカの群れだけで、ルミナス・コアを捜索するチームは、中継地を拠点に、さらに奥への探索を進める。
要は、オレ達の、帰りの食糧調達に関する打合せだ。
話はそれだけ。
終わると、建物を出た。
今回の旅立ちは、少しだけ豪勢だった。
チェロだけでなく、バイオリンが2本。
クラリネットを持っている女性もいる。
さらに、楽器を持っていない男性が中心に立っている。
フィリスは、その5人と入念な打ち合わせを済ませていた。
どうやら、この規模。
20人、20頭の荷駄隊がルミナス・ノードを渡るのは、これが初めてらしい。
ストームが、フィリスに声を掛けた。
「準備はいい?」
「いいわよ。始めるわ」
フィリスが答えると、楽器を持っていない男性に、目で合図を送る。
男が、手を開いた両腕を奏者達に向けて掲げ、そして振り降ろす。
最初に、チェロが演奏を始めた。
聞いたことのある曲。
正月に流れる曲だ。
ゆったりとしたチェロの演奏。
指揮者の男が、バイオリンに合図を送り、バイオリンの音が重なる。
「さぁ、出発よ! みんなに伝えなきゃ」
次のフレーズのタイミングで、フィリスが歩きながらフルートに息を吹き込む。
背後では、クラリネットの女性が、フィリスと同じ旋律を鳴らす。
オレ達は歩き始めた。
ちょっと気恥ずかしい。
やめてくれと思ったが、ミラーも含めた、その他の連中は誇らしそうだ。
「未希。なんて曲だっけこれ」
「ええ、知らないのおにいちゃん? 学校でも教わるでしょ?」
オレが、音楽の授業なんて受けると思うのか。
「歓喜の歌。ベートーヴェン第9番第4楽章。
”ベートーヴェンのだいく”っていえば聞いたことあるでしょ?」
「ああ、弁当屋の大工か」
知らない。
「なにその、おじいちゃんみたいなオヤジギャグ……」
ミラーや、何人かの荷駄要員が唄い始めた。
歌詞の意味どころか、何語なのかも分からない。
それでも、伝わるものはある。
オレ達の安全を祈願しようとしている。
そんなところだろう。
10分くらい演奏していたと思う。
演奏は、キリのよさそうなところで終わった。
その頃にはもう、オレ達は、基地を離れ、真っ暗な野道を歩いていた。
進路は南。
その遥か闇の先から、微かなバイオリンの音が聞こえる。
なんの曲なのかも定かではないが、やけに陽気なリズムに聞こえた。
それが終わってから、真打の歌声。
オレ達の出発を、ルミナス・ノードに告げる、高らかな唸り声。
離れた場所から立ち昇る、リュウタの遠吠え。
おまえの仲間。おまえ以外のオオカミなんて、どこにもいやしないだろうに。
ああ、違うか。
リュウタの仲間は、オレ達か。
その遠吠えは、どの楽器よりも美しく、力強く、そして鋭利に夜空を切り裂いた。
ひとしきり鳴き終えると、リュウタは闇にまぎれ、姿を隠した。
最後は、真っ暗な夜空から、ピュウピュウとルカの鳴き声がしていた。
長い夜道の旅が、いま始まった。




