5.4.24 - 出発
夕方。
未希がログインした。
いつもと変わらないようにも見えるが、ときどきぼーっとしている。
まぁ、それはいつものこと。
いつもより、少し回数が多く、ぼーっとしている時間が3割くらい長い。
まばたきも忘れがちの視点は、空中を彷徨っている。
まぁ、それも、いつもの未希か。
なにがあったか、聞いた方がいいのかもしれない。
そう思ったが、オレは、未希から語り出すのを待っていた。
夜になる前にソフィアが戻り、未希と共にキッチンへと消えた。
夕食の準備が終わった頃に、再ログインしたストームが戻った。
ストームは、すでに業務モードだった。
「明日は、旅の準備をするからね。総司も運搬手伝ってね」
「……ああ。わかったよ」
なにがあったのか。
それを訪ねる機会は、無くなっていた。
2日後。
ストームカレンダー343日目。
東の空に、赤みが差し始めた頃の早朝。
出発の朝を迎えた。
めんどうだから、詳しい話は聞いていない。
だから、噴水広場に集まった人数を見て、オレは少し身震いした。
ヘラジカだけで20頭。
けん引する荷車は10台。
それと、知らないプレイヤーが大勢いる。
顔見知りは、6人。
未希、ストーム、ソフィア。
地形学者のハンスと、短距離通信要員のフィリス。
そして、護衛対象のウォルター。
ウォルターには、中年のオッサンを2人従えていた。
直属の部下らしい。
いったい、何者なんだ、ウォルターは。
その他は、荷駄隊の護衛と、ヘラジカの世話係。
その人員が10名。うち、女性が3人いて、3人とも魔法が使えるらしい。
魔法使いは貴重なので、破格の人選だと思う。
それでも、戦闘に特化した魔法使いではないらしい。
だから戦闘は避けろと、見送りにきたアーネストの忠告を受けた。
ああ、それから。
ミラーと、ハートリーが、アッシュバレルで合流する予定になっている。
旅のメンバーは、オレを含めて、総勢20名。
そして、この部隊のリーダーが前に立ち、出発前の訓示を始めた。
「えっと……」
リーダーは、ストームだ。
背中に矢筒を背負い、真っ黒なローブの上から、マントを羽織っている。
それっぽく見える。
左腰には、噴水おじさんから譲り受けた日記が、革紐で括り付けられていた。
にしても、この人数。
おまけに、半数以上が知らない人。
いくらなんでも経験不足だと思っていた。
「みんな、よろしくね。安全マージン最大の、ノーデスでお願いね」
ゲームの世界に引きずりこまれていく。
ところどころ単語が分からない。
「おぅ」
「嬢ちゃんよろしくな」
「荷物の運搬と護衛はまかせて」
そんな声が、運搬要員の連中から聞えた。
隊長の指示に従おうという空気ではなく、隊長を守ってやろうという空気。
雰囲気はともかく、チームの心は掴めた。
……かもしれない。
いよいよ、ストームも、20人規模の部隊長に出世だ。
現実世界の、あのストームを知るオレとしては、にわかには信じられない。
「それじゃ、アッシュバレルへ!」
オレ達は、出発した。
先頭は、オレと未希とストーム。
少し後ろにウォルター。
ソフィアとハンス。それとフィリスは、最後尾についた。
中間は、荷駄隊の護衛が固めている。
未希は右の腰に、バックソードを吊っている。
左利きというわけでもないのに。
その剣は、カイルから譲り受けた、両刃の剣。
未希が自分で「ブルーム・シード」と名付けている。
錆びてなかったので、ひとまず安心した。
背中には、父親が保管していたマントを羽織り、頭にはムスカリの髪飾り。
未希も立派に、ファンタジー世界の冒険者の姿だった。
噴水爺さんの件からの2日間。
未希は、どことなくふさぎ込んでいたが、今はそうでもない。
あいかわらず、切り替えが早い。
未希は、蓋をするのが得意なんだろう。
脳裏をよぎらないように、胸の上のあたりで抑え込んでいる。
なにかの拍子に、溜め込んだゴミが吹きだしたとき。
その瞬間を想像すると、心配で不安だ。
だからやめている。
それを今、考えるのは。
歩き始めると、どこか遠くから。
オレの心を見透かしたような、ルカの鳴き声が聞こえた。
そうだよな。
おまえも、そう思うよな。
ふと、噴水の反対側に視線を向けると、爺さんの屋台はまだそこにあった。
爺さんの姿は、そこには無い。
時間が早すぎるだけだろう。




