5.4.23
「さて、広場に戻ろうか」
爺さんが言った。
もう、ここに来ることも無いのだろうか。
ここは、記憶の回廊。
記憶の回廊は、プレイヤーとメモリアの住民の記憶によって生まれる。
この部屋を生み出すことができるのは、噴水爺さんだけだ。
「フロイラインを忘れないでね」
ニコニコとした爺さんが、床で丸まっている未希を見ながら言った。
冗談のつもりで言ったのだろうか。
今は、ちっとも笑えない。
オレは未希を背負った。
「ストーム、手を貸してくれ」
「ん……」
名残惜しそうなストームが、部屋を取り囲む本棚を見渡している。
部屋に納められた膨大な資料と、爺さんの日記。
これらは全て、爺さんの記憶が生み出したもの。
なんだか少し、もったいない。
オレも、そう感じていた。
この部屋で、爺さんの日記を、日が暮れるまで読みふけってみたい。
たぶん、ストームも、似たようなことを考えているんだろう。
よそ見をするストームの手を借りて、未希を背負う。
それを眺めていた爺さんが言った。
「私の手に触れておくれ」
言いながら、右手を出した。
左手にはログインデバイスを出現させている。
オレとストームが、左手で、その手に触れる。
ストームは、右手で、爺さんの日記を抱えている。
「ふたりとも、目を閉じてね」
光につつまれ、オレ達は噴水広場に戻った。
目を開けると、すぐ横に噴水爺さんの屋台。
見上げると良く晴れ渡り、風もここちよい。
背後からは、チョロチョロと水の流れる音。
爺さんから手を離す。
ストームは、貰った爺さんの日記を、両手で支え、視線を落としていた。
「終わったら、返すね。おじさん」
「それは難しいんじゃないかな……」
「えっ……どうして?」
「もう、ここにいる必要が、なくなったからね」
「……いなくなっちゃうの?」
「そうだよ。毎日、退屈で退屈で……もう何年もここに座っていたからね。飽きたよ」
「ッフフ。ねぇ、おじさんも一緒に行かない? ルミナス・コアまで」
「私にはもう、ムリだよ。そんな勇気も、体力もない」
「そうかな」
「お嬢さんはね、私ではなく、私の罪を連れていくんだ。私はここに置いてっておくれ」
「んん……そうだった」
「それと……ソウジ」
「うん? オレか?」
「君は、珍しい剣を持っているね」
「うん……? 知ってるのか、この剣を?」
「よく覚えてないから確証も無いんだけど、同じものだと思う。
もし同じなら、日記にも剣のことが書いてあるはずだ。
あとで読んで、確認してみるといいよ」
「そうか……」
「それじゃあね。私はまた、記憶の回廊に戻るよ」
「ん……」
爺さんが、左手からログインデバイスを出した。
なんだか。
噴水爺さんは、もうここには現れない。
そんな気がする。
ストームが、爺さんを呼び止めたのも、同じように感じたからかもしれない。
「おじさん、また逢える?」
「そうだね。それが、定められていることなら、きっと会えるよ」
「ん……じゃあ、また」
「うん。またね。ストーム。ソウジ。それと、ミキ……」
爺さんは、虹色に輝き、噴水広場から消えた。
屋台は、放置したままだ。
だから、また夕方。もしくは明日の朝。
爺さんはここに座っているんだろう。
いつものように、この場所にいて、知恵の石像を眺めている。
それが、このエレメントの日常。風物詩なんだからな。
「総司」
ストームがオレを呼んだ。
「なんだ」
「みきさんのこと、お願いしていい? 安全な場所まで運んであげて」
「ああ、わかった。おまえは、ログアウトするのか」
「うん。日記も気になるけど、あとでいい。みきさんが心配」
「そうか。頼むな。ストーム」
「ん。まかせろ」
ストームは日記を右手で抱え、左手からログインデバイスを出した。
そして虹色に輝き、ストームも噴水広場から消えた。
また水の音だけになった噴水広場が、妙に物寂しく感じる。
オレは、ログアウト状態の未希を背負ったまま、ストームの家へと歩き出した。
空を見上げると、太陽の位置は、まだ昼前だった。




