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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
シェイプシフトデバイス
404/418

5.4.23



「さて、広場に戻ろうか」


 爺さんが言った。

 もう、ここに来ることも無いのだろうか。


 ここは、記憶の回廊。

 記憶の回廊は、プレイヤーとメモリアの住民の記憶によって生まれる。

 この部屋を生み出すことができるのは、噴水爺さんだけだ。


「フロイラインを忘れないでね」

 ニコニコとした爺さんが、床で丸まっている未希を見ながら言った。

 冗談のつもりで言ったのだろうか。


 今は、ちっとも笑えない。


 オレは未希を背負った。

「ストーム、手を貸してくれ」

「ん……」


 名残惜しそうなストームが、部屋を取り囲む本棚を見渡している。


 部屋に納められた膨大な資料と、爺さんの日記。

 これらは全て、爺さんの記憶が生み出したもの。


 なんだか少し、もったいない。

 オレも、そう感じていた。


 この部屋で、爺さんの日記を、日が暮れるまで読みふけってみたい。

 たぶん、ストームも、似たようなことを考えているんだろう。


 よそ見をするストームの手を借りて、未希を背負う。

 それを眺めていた爺さんが言った。


「私の手に触れておくれ」


 言いながら、右手を出した。

 左手にはログインデバイスを出現させている。


 オレとストームが、左手で、その手に触れる。

 ストームは、右手で、爺さんの日記を抱えている。


「ふたりとも、目を閉じてね」


 光につつまれ、オレ達は噴水広場に戻った。


 目を開けると、すぐ横に噴水爺さんの屋台。

 見上げると良く晴れ渡り、風もここちよい。

 背後からは、チョロチョロと水の流れる音。


 爺さんから手を離す。

 ストームは、貰った爺さんの日記を、両手で支え、視線を落としていた。

「終わったら、返すね。おじさん」


「それは難しいんじゃないかな……」

「えっ……どうして?」


「もう、ここにいる必要が、なくなったからね」

「……いなくなっちゃうの?」


「そうだよ。毎日、退屈で退屈で……もう何年もここに座っていたからね。飽きたよ」


「ッフフ。ねぇ、おじさんも一緒に行かない? ルミナス・コアまで」


「私にはもう、ムリだよ。そんな勇気も、体力もない」

「そうかな」


「お嬢さんはね、私ではなく、私の罪を連れていくんだ。私はここに置いてっておくれ」

「んん……そうだった」


「それと……ソウジ」

「うん? オレか?」


「君は、珍しい剣を持っているね」

「うん……? 知ってるのか、この剣を?」


「よく覚えてないから確証も無いんだけど、同じものだと思う。

 もし同じなら、日記にも剣のことが書いてあるはずだ。

 あとで読んで、確認してみるといいよ」


「そうか……」



「それじゃあね。私はまた、記憶の回廊に戻るよ」

「ん……」


 爺さんが、左手からログインデバイスを出した。


 なんだか。

 噴水爺さんは、もうここには現れない。

 そんな気がする。


 ストームが、爺さんを呼び止めたのも、同じように感じたからかもしれない。


「おじさん、また逢える?」

「そうだね。それが、定められていることなら、きっと会えるよ」


「ん……じゃあ、また」

「うん。またね。ストーム。ソウジ。それと、ミキ……」



 爺さんは、虹色に輝き、噴水広場から消えた。


 屋台は、放置したままだ。

 だから、また夕方。もしくは明日の朝。

 爺さんはここに座っているんだろう。

 いつものように、この場所にいて、知恵の石像を眺めている。

 それが、このエレメントの日常。風物詩なんだからな。



「総司」

 ストームがオレを呼んだ。


「なんだ」

「みきさんのこと、お願いしていい? 安全な場所まで運んであげて」


「ああ、わかった。おまえは、ログアウトするのか」

「うん。日記も気になるけど、あとでいい。みきさんが心配」


「そうか。頼むな。ストーム」

「ん。まかせろ」 


 ストームは日記を右手で抱え、左手からログインデバイスを出した。

 そして虹色に輝き、ストームも噴水広場から消えた。



 また水の音だけになった噴水広場が、妙に物寂しく感じる。

 オレは、ログアウト状態の未希を背負ったまま、ストームの家へと歩き出した。



 空を見上げると、太陽の位置は、まだ昼前だった。





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