5.4.22 - 噴水の向こう側
未希を背負ったまま。
眩しくて、目を閉じた。
やがて、目蓋にのしかかっていた閃光が、勢いを無くしていく。
オレは目を開けた。
薄暗い部屋にいた。
周囲に並べられているのは本棚。
壁が見えないほどに、敷き詰められている。
書斎、図書館。そんな立派なものじゃない。
所せましと、本が並べられた、狭い古本屋のような部屋。
カビ臭さと、田舎のタンスの匂いが充満している。
思わず、声が出る。
「ここは?」
「私の記憶の回廊だよ」
噴水爺さんの声。
オレもストームも、まだ、噴水爺さんの手に触れたままだ。
ストームの口から、言葉が漏れた。
「え……なんで? どうして?」
「魔法、だよ」
「うそ……どうやって……?」
バカなオレには、ことの奇妙さが理解できないが、ストームは、混乱しているようだ。
「もう、手は離していいよ。椅子も、お茶もないけど、適当に座ってて」
オレ達は、爺さんから手を離した。
爺さんの顔には、ニコニコとした表情が戻っている。
それでも、なんだか……
離したら、ここに置いて行かれそうな気がした。
「えっとね、たしか……ここらへんに……」
爺さんは、書棚に歩み寄り、上から順に本の背表紙を眺めてく。
「ねぇ、おじさん。
どうして、わたし達が、おじさんの回廊に入れたの?」
背を向けたままの爺さんが、本を探しながら言った。
「魔法は、なんでもできてしまう。解釈とイメージさえできればね」
なんでもできる。
爺さんは、その言葉を、動揺もなく誇るでもなく。
工具の説明をするような口調で言った。
「だからって、こんな……システム違反みたいなこと……」
「っフフ。システム違反か。面白いこというね」
「こんなのチートだよ。BANされちゃわない?」
「うん? BANってなんだい?」
ゲーム用語も、通じるものと通じないものがあるのか。
「なぁ、爺さん。未希をログアウトさせたのも爺さんか?」
「あれは違うよ。フロイラインの魔法だね。あの子すごいね。あんな魔法、初めてみたよ」
「おじさん、創造神に逢えたの?」
棚から本を1冊抜き取りながら、振り返った。
「うん、会えたよ。だから約束を守るね。というか、創造神に言われたよ」
「ん? なんて?」
「創造神がね、彼女は私の上司だから、教えてあげなさいって」
「えっ?」
「創造神はね、君のことを、上司だと言っていた」
「は?」
「まぁそれはいいね。いずれ分かるだろうし、なにより、私も詳しく知っているわけじゃない」
「え……わかんないよ」
オレはひとまず、未希を床に降ろした。
ログアウト状態の未希は、死んだように眠っている。
「はい、これ。お嬢さんにあげる」
爺さんが、ストームに1冊の本を手渡した。
分厚くはない。
それでも、固そうな茶色い革のカバーに守られ、留め具もついている。
ストームは、本に手を伸ばしながら尋ねた。
「これは?」
「私の日記だ」
表紙に視線を落とす。
『 World Count 17 』
クセのある英文。
「日記って……貰っていいの? 大切なものなんじゃ……」
「私はね、この日記を読んでも、なにも思い出せないんだ。
日記を書いた記憶すら無くしてしまった。
私がここに記した記録は、知らない誰かの記録になってしまった」
「だからって、どうして、わたしに?」
「創造神が言っていたんだ。
この世界の日記に記したことは、いずれ忘れてしまう。
でも、それを読むのは別の人物で、その人物が、私の日記を、永遠の記録にしてくれるだろうと」
「それがわたし?」
「そうらしいよ。
遥か先の未来で、もういちど創造神と邂逅したとき。
そのきっかけを作った者が、私の自分勝手でしかなかった罪を、意味のあるものに変えてくれる」
「意味……?」
「私はいずれ、魂が切り離され無になる。もう、長くも無いだろう」
「そんな……」
「でもね、お嬢さんがね、私の魂と罪を切り離してくれるらしいんだ」
「わたしが……?」
「この日記をお嬢さんにゆだねれば、私の罪、大罪が、意味のあるものとして、この世界に受け継がれる。
お嬢さんには、これが必要なんだろう?
先のことは、私にも分からない。
でも、お嬢さんは、この世界での正しいこと、意味のあることのために使ってくれる。
そして、この日記と共に、私の罪も浄化される。
……って、創造神が、言っていたんだけどね」
「創造神って……ダレ? なの?」
「創造新は、人間ではない。神だよ」
「神……って」
「さぁ、これを受け取っておくれ。お嬢さん……いや、ストーム?」
爺さんが、ストームの名を読んだ。
忘れていたんじゃなかったのか。
名を呼ばれたストームが、ノロノロと、本に手を伸ばしていく。
震えるでもなく、戸惑うでもなく。
子供が、父親から、些細なクリスマスプレゼントをもらうかのように。
ストームが、本を掴み、爺さんが指を離す。
すると、ストームの手が沈む。
ストームの力が無いのかもしれないが、本も重そうだ。
「ねぇおじさん」
「なんだい、お嬢さん。まだなにか相談事?」
「……ほかの日記も見たい」
「フフッ、ッハハハ」
爺さんがニコニコ顔をくしゃくしゃにして、笑った。
「創造神が予言した通りだね」
「えっ?」
「そう言われたとしても、他の日記は見せるなと言われた」
「えぇ……神様に?」
「そうだよ。ッハハハハ」
「お嬢さんなら、分かるだろう。
この先、なにを始めて、なにを生み出して、何を成し遂げるのか。
それはもう、決まっていること。
過去も、未来も、なにも変わらない。
変えることができない……いや、できなかった。
お嬢さんも同じだ。
過去から未来につながる、ただひとつのレールの上を歩くだけ。
人生ってのは、それだけのことだよ」
「うん……そう、だね」
「でもね、つまらないなんて思わないでくれ。
それはお嬢さんにしか、歩くことができないレールなんだからね。
だれも見たことない景色が、お嬢さんの未来で待っている。
生きるというのは、その景色を見て、感じて、体験して、最後は誰かに託して……
そして死ぬことだ」
「……うん」
そのあと爺さんは、未希とオレに視線を向けた。
「どんな光景か、楽しみだろう?」
どうだろうな。
未来も過去も、真っ暗だ。
オレだけじゃなく、たぶん、未希も。
でもまぁ……
オレじゃなく、未希の未来なら。
少しはマシな風景になってほしいと思う。
その未来にオレは必要なのかどうか。
それはどうでもいいし、見届けることができるかどうかもわからないが。
「そうだな。楽しみだ」




