3.3.13
「お……おいソウジ、大丈夫か?」
クラゲが地表から3~4メートルの高さにしがみつき、こちらを見ている。
「ほかにイノシシやクマはいないか?」
オレに聞かれたクラゲが、木の上で、辺りを見回した。
オレは、鈍痛がする右手首を確認しながら立ち上がる。
折れてはいないようだ。捻挫だ。
「近くにはもう居ねぇな」
言うと、クラゲがずるずると、木を滑り降りてくる。
イノシシに近づく。
横倒しで、足を痙攣させている。
頭部がへこみ、血を流しているが、見た目の外傷はそこだけだ。
だが、頭蓋骨は確実に砕かれた。
まだ死んでいないようだが、もうまともに動くことはないだろう。
「メスだなぁ」
近づいてきていたクラゲが言う。
「ワタシダの枝葉を集めて戻ろう」
「そうだな」
オレは、騒動で散らばった枝葉を拾い集める。
枝葉は7~8本。充分だろう。
クラゲはというと、イノシシの近くに、太い枝を2本並べていた。
「何してる?」
「持って帰るんだよ、ソウジは枝葉集めてろ。おれが斬った枝もソウジにやるよ」
クラゲは、2本の太い枝に、短い枝を数本渡し、ツタで結わく。
見ると梯子のようなものができあがっていた。
「ソウジ、そっち頼む」
クラゲがイノシシの頭。オレは尻を抱え、梯子の上にイノシシを転がした。
それからクラゲは、イノシシをツタで縛り、梯子の上に固定した。
なるほど。
これは梯子ではなく、イノシシを運ぶ担架だ。
「ワタシダの枝葉は、間に挟んどけ」
イノシシの下に枝葉を挿し込む。
左右からワタシダの枝葉が生えた、イノシシ担架の出来上がりだった。
「さ、暗くなる前に戻るぞ。そっち持てソウジ」
ああ……やはりオレも……運ばされるんだな。
クラゲが前、オレが後ろで、イノシシ担架を持ち上げる。
太い枝がギギギと音をたてて軋む。
重い。100キロ以上はありそうだ。
捻挫した右手首に鈍痛が走る。
ふと……視界の端に、動く小さな生き物。
顔を向けると、遠くに小さなイノシシが3匹。こちらの様子を伺っていた。
あれはウリ坊。イノシシの子供だ。
クラゲもそれに気が付き、遠くのウリ坊を見る。
「しょうがねぇ。喰うか、喰われるかだ。今夜はおれ達が喰う」
「ああ。そうだな」
母親の幽霊が出るという森で、ウリ坊達から母親を奪い、オレ達はその場を離れた。
陽の角度は午後の中盤。
オレ達2人は、イノシシの担架を運び、森を出た。
重いので、しばらく歩いては小休止を挟む。
そのたびに、クラゲが言う。
「大物だ。村の連中もよろこぶぞ」
「そうか。よかったな」
どうでもいい……が、イノシシの肉は美味いのかも知れない。
今日も朝からパン1個しか食べていない。
その飢えだけが、このイノシシを持ち帰る意欲を駆り立てていた。
陽が傾き始めた頃、オレ達はようやく、シラスの床屋まで辿り着く。
担架に挿していたワタシダの枝葉を全て引き抜き、裏口の戸を叩く。
「遅いわ! どアホがッ!!!」
アロハ婆さんに怒鳴られる。
「じゃがまぁ……量は充分じゃ。ごくろうさん」
それだけ言うと、アロハ婆さんはドアをバタンと閉めた。
「よしっ、酒場へ行くぞソウジ!」
イノシシ担架を持ち上げ、酒場へと向かう。
通りすぎる村人達が、バカでかいイノシシを運ぶオレ達を見て、ぎょっとしている。
クラゲはまるで英雄の凱旋のように、顔を上げ、肩を揺らし、担架の先頭を歩いていた。
やがて酒場に着いて、担架を降ろす。
そして、クラゲが言った。
「ヒミコちゃ~ん! おみやげもってきたよ! あっははは」
駆け寄ってきたヒミコが、イノシシを見て目を丸くする。
「え~すっごーい! クラゲさんが捕まえたの?」
「おうよ! どうだいこの大きさ! あ~っははは!」
倒したのはオレで、クラゲは木にしがみついていただけだ。
奥から大男のマスターも出てきて、イノシシを眺める。
「……いいじゃねぇか。外傷もほとんどねぇな。すぐに血抜きだ。おーい! おっ母ぁ!」
すでに晩酌を初めていた客や、通りかかった村人も集まり、酒場の前は騒然としていた。
奥から、マスターの女房らしき女性が出てくると、マスターが指示を出している。
そして、縛っていたツタを包丁で切ると、マスターは100キロを越すイノシシを担ぎあげた。
その姿は、得物を担いだ、エプロンを付けたクマだった。
「よーしソウジ! 勝利の祝いだ。一杯やろうぜ!」
クラゲが丸太のベンチにオレを促す。
「ヒミコちゃ~ん、ストロングエール2杯ね」
「はーい!」
夕陽が、空を赤く染める。
今日もまた、村の1日が終わろうとしていた。
あちこちの家から煙が立ち昇り、豆と草が混じったシチューの匂いが漂い始める。
行き交う村人たちは、疲れ切った顔をしているが、どれも穏やかな表情で家路を急いでいた。
目まぐるしい1日だった。
「どうしたソウジ、夜はこれからだぞ」
クラゲがニカっと笑う。
「ところで、クラゲは今いくつだ?」
「おれか。えーっと……25か……あれ26だったかな? どっちでもいいだろ」
そうだな、どっちでもいい。
どっちでもいいが、この世界の住人は、逞しい。




