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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
39/363

3.3.12 - イノシシ


 アロハの指示した方角は、小川のさらにずっと先だ。

 歩いていると、夕べ泊まったクラゲの家の前を通りかかる。


 そこにクラゲがいた。

「よう、ソウジ。どこいくんだ?」


「ワタシダの木を探しに森へ行く」

「ソウジ独りでか? アロハの頼みか?」

「そうだ。持ってたりしないか?」

「うちには無いよ……しっかし、婆さんも無茶いうぜ」


 クラゲが考え事をしている。 


「よし、ちょっとまってろ。丁度、午前の仕事も終わったところだ」

 クラゲが、家の中へと入っていった。


 しばらくすると、クラゲが手斧を腰に差して戻ってきた。

「おれも行こう」

「いいのか」

「おう。おれはこう見えて木こりの端くれだ。森は詳しい。それと仕事のついでだ」

「助かる。ワタシダの木の場所は知ってるのか?」

「もちろん。このあたりじゃ有名な木だ。だが少し問題があってな」

「問題?」

「まぁ、行こう。心配すんな。おれに任せろ」


 心配だ。

 だが、オレ独りで行くよりはマシだろう。

 クラゲと2人で森へ向かう。


 前を歩くクラゲが、話し始めた。

「ワタシダの木はな、100年前に、わたしびと様がどっかから苗を拾ってきて植えたらしい。そのおかげで、今は、森に普通に群生してるんだとよ」


 竹刀の材料にでもしていたのだろうか。


「いい匂いのする木でな。

 葉や枝は薬に。枝だけでも櫛だの籠だのを作るのに使える。しかも高級品だ。枝だけ持ち帰っても、いい収入になる」


「問題ってのは何だ?」


「あのあたりはな……」


「……?」


 クラゲがタメを作って、言葉を続けた。

「出るんだよ……」


 なにがだ……?


「まぁ、昼間だしどーってことねぇ。だから心配すんな。っははは」


 陽が真上に差し掛かる。

 気になるので話を続けた。


「クラゲ。なにが出るんだ」


「3~4年前かなぁ……

 ある日、夫婦が子供を2人残して失踪してな。

 何日かして、旦那の遺体だけ見つかったんだが、クマに半分喰われてた。嫁さんは、そのまま行方不明になっちまったんだよ」


「それが、これから行く場所か?」

「まぁな。その近くだ。問題はここからだ。嫁さんの幽霊が出るんだよ」


「行方不明なのにか?」

「まぁ、行方不明になったのは何年も前だ。もう死んでんだろ。化けて出てきてもおかしくねぇ」


 オレには霊感は無い。

 いままで、数々の肝試しをやらされたが、見たことは一度もない。

 殺人現場の監視を、明け方までやらされたこともある。

 その時、恐ろしかったのは、幽霊よりも、警察やヤクザのほうだった。


 だから、そんな話は正直、どうでもいい。


 黙り込んでしまったクラゲと2人で、その後も歩き続けた。

 陽が下がり始め、午後になったころ、オレ達は森に入った。


「あの辺りだ」

 クラゲが指を差した。


「ワタシダの木か?」

「いや、クマの土饅頭があった場所だ。半分喰われた男の死体があった」


 もうそれはいい……


「クマがでたら頼むぜ? ソウジ?」

「勝てるわけないだろうが」

「それもそうだな。逃げよう」


 そこからも、さらに森の中を歩く。


「あれだ。ワタシダの木だ」


 クラゲが居なかったら辿り着けなかっただろう。

 オレ達はようやく、目的の場所についた。


 その木は、大きいもので5~6メートル。小さいものは2~3メートルほどの低木だった。

 緑の樹皮に黒い斑点、アロハが言っていた特徴とも合致する。

 それが、何十本も群生していた。


「あんまり根本から斬るなよ。葉が付いた枝だけを切り落とせ」


 クラゲを手本に、オレも腰の斧を抜いて枝を切る。

 何本くらい切ればいいかと尋ねると、「5~6本でいいだろう」と言った。


 それならすぐ終わりそうだ。

 枝に集中していると、横でクラゲが静かに声をあげた。


「おわっ……やべっ……」


 見ると、クラゲの前方5~6メートル。

 クマかと思ったが違った。


 イノシシだった。

 体長は1メートルよりだいぶ大きい。

 巨大なイノシシだ。

 今にもクラゲに突進しようとしているようだ。


 クラゲが、イノシシと向かい合ったまま、ジリジリと後ろへ下がっていく。

「ソウジ、木に登れ」


 簡単に言うが、木登りなんて、オレにはできない。


 クラゲは、距離を取ろうと慎重に後ずさっていく。

 そして、近くの木に走り出した。

 イノシシはそれに驚いたのか、クラゲめがけて突進した。


 クラゲは、寸でのところで木にしがみつき、器用に登っていった。

 イノシシはしばらく木の下をぐるぐると回っていたが、オレと眼が合い動きを止めた。


 クマに比べたら、恐怖心は無かった。

 突進をまともに喰らっても、せいぜい骨折程度だろう。


 オレは腰を低く落とした。

 目線は、イノシシの高さより少し高く。

 そして、手斧は正面。水平に構え、両手で衝撃に備える。


 イノシシは、オレの動向を伺っていた。

 そしてオレは「ハッ!」と、大声を上げる。

 驚いたイノシシが、オレに向かって突進を始めた。

 クラゲとのやり取りで、イノシシの動きは見ていたが、その巨体に似合わず速かった。

 すぐ手前まで接近するのも一瞬だ。


 だがオレは、斧を構えているだけ。

 投げる必要もない。

 振る必要もない。

 野球でいったら、スイングではなくバントだ。

 オレは突進してくるイノシシの顔面に、斧の切っ先を合わせた。

 イノシシは直前で少しジャンプしたが、腰を落とすオレとのブレ幅は少ない。


 斧の切っ先は、イノシシの眼の上あたりに直撃した。

 刺さることは無かったが、頭蓋骨が砕ける感触が、手に伝わった。

 オレは、そのまま、突進の衝撃で斧ごと弾き飛ばされた。

 斧を抑えていた右手首に鈍痛が走る。


 イノシシは、それでも走り続けようとしたようだが、いくらも進めずに崩れ落ちた。



 辺りが静かになり、風が森を抜けていく音が、気持ちよく流れていた。




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