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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
38/425

3.3.11


 おやしろから、20分ほどかけて、酒場まで戻る。

 ヒミコが外でテーブルを拭いていた。


 オレに気が付いたヒミコが振り向く。

「あ、ソウジだ。もう来たの? まだお店やってないよ」


「ちょっといいか、このコインは使えるか?」


 オレは、おやしろで見つけた銀貨を、ヒミコに見せた。

「え……なにこれ? 銀貨? ウソ……」


 大男のマスターが、箒を持って店から出てきた。

「なにやってんだ。遅れてんだから急げ」

「やだー! お父さん見て! ソウジお金持ちだったー!」


 マスターは表情を変えず、オレの銀貨をちらっと見る。

「テメェ……金持ってるだけじゃ、娘はやれねぇぞ」

「えー、いいじゃん、ソウジ優しそうだし、強そうだよ?」

「コイツはダメだ。匂いでわかる。ダメな雰囲気しか伝わってこねぇ」

「でも、マントも立派だよー」


 立派……? この悪臭を漂わせるマントが?


 この一連の流れが、全て営業トークなのは分かっている。

 オレは適当に答える。

「こんな臭いマントがそんなにいいのか?」


「まぁ……たしかに良いマントだ。

 留め具は真鍮。泥ハネ対策もよく工夫されてる。

 生地の質感も良い。雨をよく弾くだろ?」


「このマントがか?」


「わかってねぇみてぇだな。

 マントは旅人の宝、命だ。雨風を跳ね返し、寒さをしのぐ。

 旅人にとってマントは家だ。

 つまり、おまえのマントは、いい家。そして、マントが臭いのは、いい旅人の証明だ」


 このマントは、それほど良いものだったのか。

 なるほど、匂いも一流だ。


「それより、この銀貨は、使えるのか?」

 オレは話を戻す。


「もちろん使える。だからこの店で使え。この村で銀貨が使えるのはこの店と、あと鍛冶屋くらいだ」

「考えておくよ。あとこれもだ。何かわかるなら教えてほしい」


 オレは、腰に差していた地図を取り出し、マスターに見せた。


「……地図か?」


 地図を数秒眺めてから、言葉を続けた。

「残念だが、この村からあんまり出たことがねぇ。知りたいなら夜だ。夜になったらカネ持ってこの店に来い」


「ならまた後で来る。邪魔したな」


「まて。いいか、銀貨を見せびらかすんじゃねぇぞ。誰が見てるかわからねぇ。どっかのアホに盗られる前に、この店で使え。いいな」


「わかったよ」


 地図を戻し、店を離れる。

 次はガスコスの様子を見に、シラスの家へ向かった。


 コインが使えることはわかった。

 元の持ち主には悪いが、使わせてもらおう。

 それにしても、銀貨であの反応だ。

 金貨には、どれだけの価値があるのか。


 酒場から、シラスの家まで遠くはない。歩いて数分だ。

 近づくと、最初に聞こえたのは、男の悲鳴、というより絶叫だった。

 ガスコスだろう。

 拷問でもやっているのかと思うほどの様相だが、通行人は、特に気にしていないようだ。


 家の前に突き立てられている棒と、それに巻きつけられている血の付いた包帯。

 これが通行人向けのサインなのだろうか。


 オレはふと、あるものを思い出した。

 床屋の店先で、くるくる回るサインポール。

 なるほど。確かにここは床屋だ。


 オレはサインポールの近くに腰をおろし、ガスコスの絶叫が収まるのを待った。

 陽はまだ低く、風は少し冷たい。


 酒場からここまで、村の中はとにかく臭い。

 そこらじゅうが便所かと思えるほどの悪臭。

 しかし風が吹くたびに、その匂いが少し和らぐ。

 まぁその悪臭も、ガスコスの悲鳴が止む頃には慣れた。


 オレは、裏に回って、戸を叩く。

 しばらく待つと、戸が開き、シラスが顔を出した。


 シラスの顔は、ますます疲れの色が濃くなっていた。

 眼の周りに深い影が滲んでいる。

「ガスコスはどうだ?」

「気を失った」


 この床屋を名乗る男が、どんな治療をしているのか、オレにはわからない。


「入っても?」

「いいぞ。少し落ち着いたところだ」


 中は酒盛りでもやっていたのかと思うほどの、酒の匂いで満ちていた。

 テーブルの上で、青白い顔のうつ伏せのガスコスが、死んだように眠っている。

 そのカラダを、30代の女性が湿った布巾で拭いていた。


 シラスが喋り始めた。

「傷口から膿をかき出している。鍋の火傷はおまえの知恵か? 他に選択肢が無かったんだろうが……おかげで、内側の肉はほとんど壊死だ」


 聞いたところで、オレにはわからない。

 それでも少し、床屋という職業を見直そうかと思う。


「話がしたい。少しいいか?」


 それを聞いたシラスが、指を振って、来いと合図した。

 そのまま、奥の部屋へと歩いていく。

 オレもその後をついていく。


 部屋は、だれかの寝室のようだ。

 藁のベッドや、机がある。


 オレは、コイン袋から金貨を取り出した。


「ガスコスの治療代だが、これで足りるか」


 表面は、花の形の意匠に縁取られ、中央には男性の顔が彫られている。

 その金貨を、シラスに見せる。


 シラスは顔色を変えることもなく、金貨を摘まんで、顔に近づける。

「初めて見たが……本物か?」

「さぁな? オレも知りたい」


 シラスが、オレの手に金貨を戻した。

「本物だったら、ガスコスの治療100回分だ。多すぎるし、ツリも払えん」

「ツリは良い。今後のツケだと思って受け取ってくれ」


「受け取ったとしても、そんなもんこの家には置いておけん。最悪、家族皆殺しだ」


 金貨の価値は、それほどか。


「ソウジは、わたしびと様だったか?」

「……ああ。そうらしいな」


「なら、おやしろで預かっておいてくれ。支払いはガスコスの治療が終わった後でいい」

「わかった、ならそうしよう」


 話が終わり、部屋を出て台所に戻る。

 ガスコスは、小さな寝息をたてていた。


「あんたが、わたしびとだってのは、ほんとか」

 フードを被った婆さんに、声を掛けられた。


 名前は確か……アロハだったか。

 フードの下から、呪うような眼光でオレを睨みつけている。


「そうらしいが、それがどうした」


 しばらくオレを睨みつけてから、視線を外す。

「……ふん……まぁいい」

 婆さんは、よろよろと歩くと、籠の中から1本の葉のついた枝を取りオレに見せた。


「そこで寝てるバカたれを助けたいんじゃろ。そしたら、これと同じ枝葉を取ってこい。足りとらん」


「これは?」

「ワタシダの木の枝葉じゃ。枝も葉も必要じゃぞ。もちろん急ぎじゃ」

「どんな木だ? どこにいけばいい?」


「……ッふん。

 緑色の樹皮についた黒い模様が目印じゃ。その木から枝ごと何本か切り落としてこい」


 それから、アロハは、群生地の方角と場所の特徴を教えた。


 他にやることもない。

 ガスコスの治療に必要だと言うのなら、手伝おう。



 オレはシラスの家を出た。

 アロハのいう方角へ、ワタシダの木とやらを探しに行く。


 建物を離れ、小川の方へと歩き始めた。

 しばらく歩くと、背後からガスコスの絶叫が聞こえ始めた。


 ガスコスには、とんだ災難だな。


 なんだか、タバコが吸いたい。

 次、酒場に行ったら聞いてみよう。



 タバコはあるかと。




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