5.4.18
翌朝。
といっても、家を出たのは昼過ぎ。
二日酔いのソフィアが、なかなか起きなかった。
まぁおかげで、オレもよく眠た。
ストームの屋敷は、静かでぐっすり眠れる。
食事を簡単に済ませてから、ストームの家を出た。
朝から4人で軍の本部へと向かった。
予定していた夕方ではないが、事前に通告していたわけでもない。
近くの池を通りかかると、ルカが、水面に浮かんでいた。
「ルカー。今日も、おでかけしてくるね」
遠目に、未希が手を振りながら声をかける。
伝わったのかどうかは知らないが、ルカは首をひねって、オレ達に一瞥をくれた。
本部まで、遠くはない。
歩いて、10分くらいか。
いや、遠いか。
遠いか近いかの感覚は、現実世界とは尺度が違う。
以前は、出入りの制限も緩かったが、近頃は厳しい。
入り口の衛兵に、要件と名前。あるなら身分も告げる必要がある。
オレ独りじゃ、たぶん入れてもらえないだろう。
本部と言っても、建物全体は巨大だが、木造とレンガ造りを繋ぎ合わせたような建物だ。
最初に見たときよりも、巨大化している。
2階建ての部分もあれば、3階建ての箇所もある。
増築が繰り返されているので、施設全体は、文字通りの迷路だ。
カタチばかりの案内標識はある。
しかし、旗も無ければ、象徴になるような造形物やモニュメントもない。
宗教も国籍も明示しない、軍隊の本部だった。
まぁ、しいて言うなら、西側諸国連合か。
オレ達は、奥の殺風景な部屋に通された。
テーブルと椅子。奥には木枠の窓。
見知らぬ女性に、ここで待っていろと告げられる。
部屋に入ってから、誰ともなく尋ねた。
「アーネストって、偉いのか」
未希は、我関せずな表情で、窓の外を眺めていた。
最初に反応したのはソフィア。
「カウント24では、将校の側近……じゃなかったかしら?」
次にストーム。
「大事な局面での中隊、小隊の指揮を任されるんだから、偉いっていうより、信頼されてるんじゃないかな」
信頼ね……
「ソウジとは、いちどゆっくり酒でも呑みたいって、言ってたわよ」
お断りだ。
冗談じゃない。
「ソフィア」
「なに?」
「とくに、打合せもしてこなかったが、アーネストには、どう話を持っていくつもりだ」
「普通に、ヘラジカ貸してくれでいいんじゃない?」
「探索する範囲も広がってるんだから、1頭か2頭じゃたりないよ。せめてあと3頭。そのくらい借りたい」
「まぁ、何頭かはともかく……余計な仕事を押しつけられても、断る方向でいいんだよな」
「総司に任せるよ」
嫌だ。
オレ達はそのまま、長時間、待たされた。
途中で未希と、ストームが部屋を出て、果物屋からリンゴを買いに出て戻る。
それでもアーネストは、現れなかった。
昼をとうに過ぎた頃。
ようやくアーネストが姿を現した。
横には、もうひとり。
負けず劣らずの仏頂面の男。
整った栗色の髪を覆う、黒いフェルト帽を被っていた。
いったい、この世界のどこで仕立てたのか。
折り目のついた、スラっとした灰色のクラシカルなスーツ。
ネクタイは締めていないが、男のカラダにピッタリとフィットしている。
男は、まずオレに右手を差し出した。
左手をポケットに入れたまま。
「ウォルター・ウッズだ。よろしく」
悪役専門の俳優のような、図太い声。
歳は50代だろうか。
アーネストと似たような軍人……ではないな。
声は悪役だが、見た目はそうでもない。
外交官か、あるいは、訓練されたボディーガード。
もしくは、警察官のたぐいか。
「どうした?」
「ああ、すまん。オレの名は、総司だ」
オレも、右手を差し出し、握手を交わす。
そのあとから順に、ソフィア、ストーム、未希とも握手を交わす。
アーネストは、部屋のドアを閉めた。
そして、振り向きながら言った。
「座ってくれ」
ああ……
これは、ダレがどうみても、次の仕事の話。
ウォルターは、長い脚を組んで投げ出しながら、テーブルから大きく椅子を離して、腰を下ろした。
オレは座る前に言った。
「待て……アーネスト。仕事を引き受けるつもりはないぞ」
「ウォルターと君は、気が合うと思うぞ」
そんなの、関係ない……
アーネストは、無表情のまま、唇だけ歪ませて鼻で笑った。
視線をストーム向けてから、話を続けた。
「君達に依頼するのは、極秘任務だ」
ストームが食いつきそうな単語。
断わる断らない以前に、ストームが釣られる。
「総司。話だけでも、聞こう」
ストームの目の色が、変わっていた。
「おまえなぁ……」
こうなってしまうと。
オレに選択肢はない。
ストームが尋ねた。
「どんな任務?」
「ウォルターの護衛だ」
「え、地図? じゃないよね?」
「違う。もっと重要な任務だ」
アーネストは、ひとつ咳払いをした。
それから、いちど部屋のドアを開けて、部屋の外を確認した。
それが済むと、またドアを閉める。
アーネストが言った。
「ウォルターを76日以内に、ルミナス・コアまで連れて行ってほしい」
部屋の中が静かになった。
聞こえた音といえば、ウォルターが脚を組みなおす音。
おい、アーネスト。
いまなんつった?




