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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.4.13 - GORG


 噴水おじさんの話は宙を舞っていた。


 フラフラと飛び回るホコリのようだった。

 気の向くまま、フラフラと。

 辻褄が合わないまま語る、爺さんの話。


 表情は、いつもと変わらない。

 動揺や悲観が乗っているようにも見えない。

 いつものように屋台に座り、ニコニコとしたままだ。


 視線は、オレを見たり、ストームを見たり。

 ときおり、噴水の中央に佇む、知恵の石像を眺めたり。


 爺さんの言葉は、自分が経験したことというより、新聞か小説で読んだこと。

 それをオレ達に、話して聞かせているような。

 そんな雰囲気だった。



 もしかして、この爺さん。

 詐欺師かペテン師。


 その可能性だってある。

 あるいは、ただのボケ老人で、ここで妄想を語っているだけかもしれない。


「なぁ爺さん」

「うん? なんだい?」


「創造神は、いつ、ここに現れるんだ?」


「いつ逢えるのか。本当に逢えるのかもわからないよ。

 だた、ここで待っていれば逢えると、そう言われた」


「言われたのは、いつで、誰にだ?」

「誰だったかなぁ……実はそれも、よく覚えてない……でもね」


 爺さんが、視線を向けたのはストーム。


「お嬢さんに、似ていたかもしれないなぁ」


「ん……わたし?」

「ああ。顔も声も、覚えていない。でも聡明な人だった。その感覚だけは覚えているよ」


「ここで逢えるって? そう言ってたの?」


「ああ。そうだ。

 大罪人となって、全てを知ったあのとき。

 誰もが私を蔑み、恫喝し、石を投げてきた。

 そんなとき、彼女は現れた。

 そして私に、やさしい言葉をかけてくれた。

 声も顔も、どんな言葉だったのかも忘れてしまったけどね。

 覚えているのは、創造神に逢えと。

 ここで待っていれば逢える。

 そんな言葉、だったと思う」



「それを信じたのか?」



「みんながみんな、私を呪う中で、彼女だけが私に手を差し伸べた。

 私にとっては、あの時、あの言葉は救いであり、生きるための光だった」


 ストームが質問した。

「他に覚えていることはない?」


「忘れてしまったよ。

 覚えているのは、知恵の噴水広場。そこで待っていてと。

 いつか、創造神に逢わせるからと」


 言い終わると爺さんは、左腕を上げて、袖を捲った。


「それとね、これ」


 腕に文字。

 入れ墨か?


 文字は「GORG」と読める。


「それは?」

「忘れないように、ここに書いておいたんだけどね」


「ゴーグ? 単語か? どこの言葉だ?」


「ゴーズオンリグレッド」

( Goes On ReGred )


「意味は?」

「ここに刻んだ理由と共に……忘れてしまった」


 トン、と、ストームが手のひらで。

 オレの肩を強く叩いた。

 痛くは無いが、なにごとかと、視線をストームに向けた。


 オレがストームに言葉をかける前に、ストームが爺さんに言った。


「ねぇ、おじさん」

 ストームの声が、震えていた。


「うん? なんだい、お嬢さん。また相談事かい?」


「できるかも」

「うん?」


「おじさんを、創造神に逢わせてあげることが」

「へ?」


「おじさん……」

「うん?」


「ずっと、待たせて……ゴメンね」

「え? どうしてお嬢さんが、あやまるの?」

「その女性はヒドイ……自分のことばっかり……」


 なにを言ってるんだ。

 ストームは?


「でもね、今すぐは無理。宿題にさせて」

「宿題? 勉強でもするの?」


「うん。それでね。相談事」

「なんだろう? 教えてあげられることなら、教えてあげるよ?」


「創造神に逢えたら、教えて」

「なにを?」


「ルミナス・コアの壊し方」


 間が空いた。


 会話が終わってしまったのかと思うような、長い時間。

 聞えてくるのは、チョロチョロと流れる水の音。


 知恵の石像の足元から零れ落ちる、水の音。

 その音を運ぶ、何度目かの風が吹き抜ける音。


「わかった。約束しよう」


 ニコニコとした表情を浮かべたまま。

 噴水おじさんは、そう言った。


 ストームは、腰のポーチを開けた。

 取り出したのは、1枚の青いハンカチ。


「おじさん、ちょっといい?」

「うん」

「これ、おじさんにあげる」


 ストームはそのハンカチを、噴水おじさんの右腕に巻き付けた。

 GORGの文字を横切るように。

 そしてそれを、緩く結んだ。


「これは、わたしとの約束。忘れちゃダメだよ」


「うん。ありがとう。お嬢さん。

 あれ、なんだか前にもこんなことが……」



「じゃあまた。明日ね。おじさん」

「う、うん。またね。お嬢さん」



 ストームがオレの腕を掴む。

 そして言った。


「今日は帰ろう、総司」

「あ、ああ……」


 オレとストームは、噴水広場を離れた。

 そのまま、家へと向かう。


「おい、ストーム、どういうことだ? あの文字はなんだ? 知っているのか?」


「知ってる……」

「なんだ?」


「あれは、私が書いた、論文のタイトル」

「え?」


「 Project Goes On ReGred 」

「……それはどういう、なぜそれが過去から?」



「考えられることは、いくつかあるけど……

 たぶんあれは……

 わたしから、わたしへの伝言。

 わたしが、わたしに課した課題。

 わたしは、会うんだ。

 未来で。この世界の過去で。噴水おじさんに、もういちど。

 そして、わたしに出題した。

 創造神を噴水広場に連れてくる課題、試練を。

 だとしたらそれは、今のわたしたちが、前に進む扉のカギ」



「あんなボケ老人の言葉を、信じるのか?」


「あれは、ボケたんじゃないよ」

「だったらなんだ?」


「あれは後遺症。

 噴水おじさんは、記憶を圧縮しすぎただけ。

 もう、パンクしてるんだよ。

 カウント1から、24まで。

 想像もつかないほどの、記憶の圧縮。

 噴水おじさんは、過去を話さないんじゃない。

 話せないんだ。

 覚えてないから。

 覚えられるわけがないから」



 考えが追いつかない。

 なにをどうするんだ。

 ストームには、なにか考えがあるのか。


「なにをするんだ? どうするんだ、これから?」

「創造神がなんなのか、知らないけど。噴水おじさんに逢わせる」

「どうやって?」


「宿題。帰って考える。総司も手伝って」



 宿題。

 それはオレの辞書にない言葉。


 手伝えって、言われても。

 なにができるんだ。


 なにも理解できていないのに。



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