5.4.12 - 創造の神
ストームと2人で噴水広場へ。
陽の高さは、まだ昼前だ。
屋台は、今日もそこにあった。
オレ達は、屋台に近づく。
なにも陳列されていない屋台。
噴水おじさんが、座っているだけの屋台。
「ハロ」
先に声を掛けたのは、爺さんだった。
今日もニコニコと、屈託のない笑顔。
上品な白い顎髭を蓄え、どっしりとした体格。
貫禄はあるが、この爺さんが大罪人だなんて、にわかには信じられない。
ストームが英語で話しかけた。
「こんにちわ。おじさん」
「やぁ、お嬢さん。どうしたの? またなにか、相談事?」
ドイツ人の噴水おじさんも、英語で答えた。
流暢で、聞きやすく、優しそうな声音と発音。
「うん。教えてほしいことがある」
「なんだろう。教えられることなら、教えるよ」
ストームは、直接関係の無い話を始めた。
話題はルミナス・ノードだが、内容は世間話。
常夜の世界の旅の話。
渡り鳥のルカを飼いならした仲間のこと。
夜空に見える、星座の話。
海を渡るには、どうしたらいいかという質問。
未来や、過去の話はしない。
そのまましばらく、ふたりの会話を眺めていた。
オレに心理学は分からない。
知っているのは、追い詰めること。
締め上げること。
逃げ道を奪うこと。
そして、すべてを、疑うこと。
だが、こんな爺さんに、オレの小手先の言葉が通用するとは思えない。
しばらく、世間話を続けたストームが、核心へと話題を変えた。
「ルミナス・コアって、どんな形してるの?」
「……それは教えられないよ」
「どうして?」
「不公平だからだ」
不公平。
本当にそうだと、思っているのか?
この爺さんが、公平だと感じることはなんだ?
あぁ……ここにルシアがいたらなぁ。
あいつなら、簡単に爺さんの心を掴んで、言葉を引き出すのかもしれない。
オレにはそれはできない。
爺さんの弱みを探して、逃げ道を封じて、締め上げる方が早い。
この爺さんが大切にしているものはなんだ?
オレ達に、残しておきたいと望む言葉は?
忘れたくない記憶は?
「お嬢さんはまだ、若いんだ。そんなに急がなくてもいいよ」
「んん……でも、先があるかどうかなんて、分からないよ。次のログアウトで死んじゃうかもしれないし」
「ッハッハ。そんなことはないよ、お嬢さん。君の未来と過去は、豊かで輝いている」
「そうなの?」
「うん。きっと、ね」
未来……?
「なぁ、爺さん」
「うん? 君は確か……ソウジ……だったかな」
「ああ……そうだ。総司だ」
「なんだい?」
「爺さんは、自分の未来を知っているのか?」
「知らないよ。知りたくもない」
「あんたは有名人だ。ずっとここにいて、誰かが断りもなく、爺さんの未来を口にすることもあるんじゃないのか?」
「そうだね。たまに現れるね。未来の情報と引き換えに、過去を教えろという輩が、たまにだけどね」
「なら、知ってるのか。自分の未来を?」
「私はね、ヒトから聞いた未来は信じないよ。
それがウソなのか、ホントなのか。
その時がきて、自分の目で見て、体験しないと分からないだろう?」
「あぁ。そうだな。それはオレも同意する」
オレはこの爺さんに、名乗った記憶が無い。
未希かストームから、オレの名前を聞いたのだろうか。
それとも、名乗ったことを、オレが忘れてしまったのか。
「なぁ、爺さん……
この世界、ニフィル・ロードってなんだ。
オレはまだ、この世界が良い世界だとか、楽しい世界だとは思えない。爺さんにとって、この世界は、どういう場所だ?」
「ッ……フフフ」
「おかしいか?」
「ソウジは、変わったことを言うね。
そうだね。この世界が、いい世界かどうか。
それは私からは何も言えないよ。
でもね、私はね、ある人をずっと待っているんだよ。ここで、再び逢えるのをね」
「ある人? 誰を?」
「もう何度も会った気がする。次に逢うのは、何度目かな。いつかなぁ」
「それは、どんな人だ?」
「創造神さ」
おいおい……
オレに、そんな他愛もない話。
まぁいい。
なにかズレている。
爺さんが言っていることは、正確じゃない。
間違いとそうじゃないもの。
忘れていることと、覚えていること。
それが、繋がっていない。
ボケ老人と会話しているような感覚だ。
しかし、全てが間違っているとも思えない。
この爺さんが話しているのは、記憶の断片。
それが、繋がっていないだけ。
答え合わせは後でいい。
今は、この爺さんから、記憶のカケラを引き出そう。
「どんなヤツだ? それは?」
「女性だよ。美しい人だ。今はまだ若い。でも彼女は神になる」
今は、まだ……?
「爺さんが倒した、神様のことか?」
「……違うよ。わたしが倒した神様は、男だ」
「どんな?」
「彼はね、ある女性と結婚して、この世界に最初の革命をもたらした夫婦だった」
「夫婦?」
「ああ。そうだ。
カウント11で、神を倒した世界初の大罪人であり、2番目の神だ。そして彼の妻は、シェイプシフトを使って、カウント6で最初の革命と、正義をもたらした女性だった。そして私は……」
それから、間が空いた。
爺さんの話が、終わったかと思うほど。
オレは、話の続きを待った。
視線を爺さんに向けたまま。
ひとことも喋らずに。
そして、爺さんは、また口を開いた。
「私はその神を、カウント17で消滅させた。
神になったその夫の時代を、私は終わらせてしまったんだ」
「爺さんはそれを、後悔しているのか?」
「そうだ。私は後悔している。
私は、破壊をもたらして、そして私も神になった。
それから過去に戻り、私が倒した神の経緯を知った。
全てを知った私の心には、後悔しか残らなかった」
「爺さんは、なにを破壊したんだ?」
「カウント11で神になった夫は、そのあとすぐに死んでしまった。
残された妻は、その命が尽きるまで、夫である神を守り続けた。
カウント16まで、125年間だ。
でも私は……その神を倒し、消滅させてしまった。
妻の思いも、夫の面影も、ニフィル・ロードの崩壊と共に、すべて消滅した」
「神になる……って、どういうことだ?」
「神とは、大罪人そのもの」
「大罪人が、神?」
「ルミナス・コアを破壊するとね……
次の神は、破壊した者の姿に変わる」
その話で、思い出したのは、今の神。
ストームにそっくりだという話。
爺さんは、話を続けた。
「彼の妻はね、125年間、主神の再生を続けた。
亡き夫の姿を、ルミナス・コアに保ち続けた。
そして私は……ただ……自分の好奇心のためだけに……
その愛の墓標を破壊した。
だから私は、本当の意味で大罪人なんだ」
プレイヤーを模した神……か。
100年を超えても姿を保ち続ける神の姿。
それが、オレや未希になったときを想像した。
もっと単純に、神の姿が、未希の父親か母親だったらと想像した。
未希はその神に、なにを願うだろう?
それを破壊した第三者をどう思うだろう?
「創造神を待つ理由も、そこにあるのか?」
「それは分からない。
時間が経ち過ぎて、理由を忘れてしまった。
覚えているのは、私の贖罪と、創造神に逢いたいと願う気持ちだけ」
「創造神は、どこにいるんだ?」
「……カウント1だ」
カウント……1?
「それは……もう死んでるだろう?」
「ああ。彼女は、1375年に死んだ」
「ならどうして……」
「彼女はね、未来から来たんだよ。彼女自身が、そう言っていた」
「未来? いつの未来だ?」
「うんと、遠い未来だよ」
「その神は、未来からログインして、過去で死んだっていうのか」
「そうだよ。彼女は開発者だからね。
未来からきて、過去でログアウトして、エスコートデバイスをその時代の人間に配ったと言っていた。
ニフィル・ロードは、そこから始まった」
「配ってどうした? なぜ死んだんだ?」
「天然痘で死んだらしいという噂を、その後のカウントで聞いたよ。
そりゃそうだよね。
未来からきて、大昔の空気を吸ったら、すぐに死んでしまう。
そんな気がする。
時を超えた創造の神も、現実世界では、ただの人間だったんだね」
話は、複雑だった。
しかも、辻褄が合っていない。
あとで、整理する。
爺さんは、言葉を続けた。
「とにかく、私は……
創造神が再び現れるのを待っているんだ。
この噴水広場でね。
また逢えると言われたからね。
いまはそれを信じている」
また逢える?
それを信じる?
言われた?
誰に?
言われた未来を信じない爺さんが、信じる未来?
それを信じた理由は、なんだ?




