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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.4.03 - 緊急避難


 11月5日、金曜日。


 現実世界の日本は、急に肌寒くなった。

 とくに、深夜から、明け方にかけては寒い。

 長袖を着ていないと、耐えられない。



 オレは、仕事中だった。

 雑居ビルの屋上のフェンスによりかかり、眼下にある駐車場を見張っている。


 クルマなのか、ヒトか。

 とにかく誰かが、駐車場に訪れたら、連絡を入れる。

 それが今夜の仕事だった。


 寒い。

 もうかれこれ、4時間以上ここにいる。

 眠くならないように、通りすぎていくクルマを数えている。

 4時間で、たったの、14台。

 いずれも、駐車場には入らなかった。


 目立つのは、明るい光を放つ自動販売機だけ。

 しかし、買っていく通行人はひとりもいない。


 クルマもヒトも、なかなか訪れない場所。

 オレはなぜ、ここにいるのか。

 ここにいる必要があるのか。


 それを自問自答していた。



 スマホが震えた。


 歪んで見える画面の時計は、4時18分。

 雇用主からのメッセージを受信していた。


『おつかれさん、あがっていいぞ』


 ああ……

 なにもないまま、仕事が終わった。


 オレはなぜ、ここにいたのか。

 ここにいる必要があったのか。


 いや、あった。

 必要があったから、オレはここにいた。

 ただひたすら、暇と寒さに耐えただけの時間。

 その果てに、オレは報酬が貰える。


 それでいい。


 帰ろう。


 ビルを出て、自販機に立ち寄った。

 屋上から、何時間も眺めていた自販機だ。

 理由はない。買う必要もない。

 ずっとこの自販機を見ていた。

 ただそれだけのことで、缶コーヒーを買った。



 あたたかい。というか、熱い。

 持っていられないので、ズボンのポケットにねじ込む。


 ふと、遠くの雑居ビルの屋上に視線を向ける。

 オレがずっと立っていた場所。

 いまはもう、誰もいない。




 大通りに出る。


 ようやく通りかかったタクシーに合図を出す。

 後部座席に滑り込み、ドアが閉まる。


 運転手に、目的地を告げた。

 カビ臭く、生ぬるい車内。

 オレは眠らないように、目蓋を降ろした。



 11月と12月は嫌いじゃない。


 未希の誕生日が11月の末。

 そして、12月はクリスマス。


 もう何年も前だが、何度か、未希にプレゼントをした。

 些細なプレゼントばかりだが、未希は喜んでいたらしい。


 未希の反応を直接みたわけじゃない。

 直接渡したことがない。

 いつも母親越しに渡していた。



 今年は6月ごろから、未希によく会うようになった。

 それまで、一度も顔を合わせなかった2年間が嘘のようだ。


 1度くらい、直接、プレゼントを渡してみようか。


 なんてな……

 想像するだけにしておこう。

 今年は、ストームにでも預けるか。




 タクシーが到着した。

 乗っていたのは十数分。


 アパートの前で降りて、コンクリート製の階段を昇る。


 部屋のドアのカギを開け、中に入り、カギを閉める。

 そのまま、灯りも点けずに奥へと進み、ソファーに寝ころんだ。


 ポケットからゴツゴツとした感触。

 すっかりぬるくなった缶コーヒーが入っていた。

 抜き取ろうと、缶に触れたとき。


 鈍い金属音がドアの方から響いた。

 繰り返し何度も、ドアノブを叩いていた。


 外からカギを叩き壊そうとしているようだ。

 外の様子は分からないが、ヒソヒソと話し声。

 足音もいくつか聞こえる。

 3人か4人、それ以上かもしれない。


 オレが帰宅するのを待ち、こんな早朝にインターフォンも鳴らさずに、カギを壊して侵入しようとしている。

 普通の訪問者じゃないのは明らかだった。


 雇用主へ連絡……間に合わない。


 ベランダから逃げるか。

 しかし、アパートの裏が安全だという保証は?


 なら、全員ぶちのめす。

 ダメだ。

 外にいるのがプロなら、しかけるのは勝てる勝負だけ。

 3人以上で、武器持参なのは確実。

 これは、最後の手段にしておこう。


 トイレか、クローゼットに隠れるか。

 アホらしい。すぐに見つかる。


 ふと、リュウジの話を思い出した。

 警察に囲まれて、ログインデバイスでニフィル・ロードに逃れたという話。


 そういや、リュウジのやつ。

 あれから、どこで、なにしてんだろうな。


 いやいや。

 そんなこと、言ってる場合じゃねぇよ。

 もうあと、数秒で、ドアが破壊される。


 オレはソファーの隙間に手を突っ込んだ。

 ログインデバイスを引っ張り出して、部屋の真ん中に立つ。


 ログインデバイスは、すぐに起動した。

 ワールドカウント24。


 『 Join Me 』


 手早く、その文字に触れる。

 虹の膜が現れて、オレの方へスライドを始めた。

 あとは吞み込まれるのを待つだけ。


 ふと、ドアの方を向く。

 破壊されたドアノブの隙間に、バールの先がねじ込まれている。

 ドアは、あと数秒で開くだろう。



 大丈夫だ、向こうから室内は見えていない。

 ログインするところを見られたくなかった。


 ギリギリセーフだ。

 虹の膜に包まれる。


 オレは、ニフィル・ロードにログインした。





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