5.4.01
アッシュバレルの宿屋でログアウトした。
戻った場所は、オレの部屋。
未希とストームは、先に戻っていた。
ふたりとも、どこか神妙な顔つきをしている。
最初に口を開いたのは、未希。
「ソフィアに話しちゃったね」
「ん……でも、手伝ってくれるって言ってたし」
いい結果だったと思うが、そうでもないようだ。
ソフィアに頼っていいのかどうか。
もやもやと、葛藤している最中なのだろう。
頭からソフィアを信用していないオレとは違う。
「いいよね? 総司」
「なにがだ」
「引き続き、ルミナス・コアを目指す件」
「ああ……そうか。そうだな。そういう話だった」
いつの間にか。
オレに、選択肢が無くなっていた。
今思えば、最初からか。
未希がルミナス・コアを目指すと決めた時点で、最初からオレに拒否権など存在していない。
行くなと忠告したところで、未希とストームは、ルミナス・コアを目指すだろう。
だったらオレは、いちばん近いところから、ふたりを見守る。
ふたりが安全なら、オレも乱されずに済む。
「次のログインなんだけど、いつにする?」
「みきは中間テストあるから、ログインして勉強したいなぁ」
「あ……わたしもだ。でもわたしは、試験勉強しなくてもほぼ満点」
「いいなぁ、まゆさん」
「しばらくはルミナス・コアの攻略は中断して、テスト勉強だね。1週間くらいでいい?」
ストームの言う1週間とは、ニフィル・ロードでの時間のことだろう。
100倍に時間が圧縮される世界に持ち込む、テスト勉強。
それが常態化している。
オレがとやかく言うことでもない。
そもそも、未希は、地元でも上位の進学校に通っている。
そこに通うことができたのも、100倍チートの受験勉強をしたからだ。
「3人で時間を合わせるのは、次の週末にしよう。それまで、各自で120分ログインして、ニフィル・ロードで8日くらい進める。それでいい?」
「うん、120分ね。まゆさん、噴水広場に戻るよね?」
「そのつもり。ソフィアも誘って、一緒に戻ろう」
「おっけー」
オレは、何をしようか。
また暇になるのか。
未希とストームは、そのあとすぐに帰った。
することがなくなった。
いまさらだが、オレには、なにもない。
誰かに何かやれと言われない限り、なにもしない。することがない。
スマホを眺めたが、メッセージも来ていない。
友達もいない。作ろうと思わない。
趣味もない。楽しいと思わない。
なにもせずにぼーっとしている。
それでいい。
だが、腹が減った。
陽が落ちてから、アパートを出た。
部屋を出てカギを閉める。
階段を降りて、大通りに出た。
ふと、グレーのクルマが視界に入る。
反対側の歩道。向かいのマンションの生垣の手前。
片側のタイヤを歩道に乗り上げて、停車しているクルマ。
色はグレー。
どこにでもある、小型のファミリーカー。
なぜ気になったか。
今朝も、昨日も、似たような場所に停車していたからだ。
車内に人影は無い。
何度か見たが、誰かが乗っていた記憶もない。
24時間を超える、路上駐車。
気にしすぎだと思う。
オレは、スマホを抜いて、録画のボタンを押した。
大通りを横断しながら、電話をするそぶりで、クルマに近づいた。
クルマに視線は向けない。
ただ、大通りを横断し、ナンバーと車内が撮影できる角度で、通り過ぎただけ。
念のためだ。
オレは、近所の中華料理屋に入り、チャーハンと餃子を注文。
何十年も営業を続けてきたのであろう、小汚い店。
皺だらけの老夫婦が、ほそぼそと経営している。
この近所で、オレの顔を覚えているであろう、数少ない存在だ。
カドの天井に据え付けられているテレビ。
そこで流れているニュース番組を眺めながら、料理を待った。
明日の天気。
スポーツの話題。
収賄とインサイダー疑惑の特集。
金額は、数十億円。
警察署から裁判所に連行される男の姿が映っていた。
あの男、知っている。
名前は、小路義隆。
どこかの組織が嵌めた男。
高級バーで、オレから書類を受け取った男。
そうか。捕まったのか。
まさかその要因に、オレも関わっているのだろうか。
「はい。おまちどぉ」
婆さんの声。
先に餃子が届いた。
「婆さん、ビールも1本」
「はいよ」
婆さんが厨房に戻っていく。
見た目のわりに、達者な婆さんだ。
この店の餃子。
独特の匂いで思い出した。
少し生焼けで、オレの苦手な味付けだった。
次は、注文しないと決めていたのに。
だから、ビールで流し込む。




