3.3.10 - おやしろ
オレは、「おやしろ」の建物の中に入る。
人が入るのは、おそらく50年ぶりだろう。
最初に感じたのは、重厚な重苦しさだった。
密閉されていたからだろうか、カビ臭さや、埃臭さが無い。
最初に気になったのは、正面の壁に整然と並んでいる木の刀身だ。
近づいてみると、見た目は竹刀だった。
手に取ってみると、ずっしりと重い。
長い年月で、ところどころ紐がほつれ、今にも分解しそうだった。
驚いたのはその材質である。
見た目は竹刀だが、使われている素材が、竹では無かった。
枝をまとめて紐で結んだもの。
棒をくり抜いて重ねて結び、竹刀に見立てたもの。
様々な工夫が施された、竹刀のような木剣が並んでいた。
部屋を見渡すと、左の壁には棚が並び、ノコギリ、平刀といった工具が乱雑に置かれていた。
どうやらこの部屋は、竹刀を作る工房のようだ。
そして右側の壁。
そこにあったのは、複数のマント、それに和装の袴と着物が数着。
いずれも個別に、専用のハンガースタンドに掛けられている。
近づくと、かすかに獣脂の匂いがしたが、気になるほどではない。
どれも、年月を経た色味ではあるが、傷みは見当たらない。
50年を経ても、着られる状態でそこに並んでいる。
マントに触れてみようとしたが、無意識に手が止まる。
なんだろうか、衣装そのものが触れるなと拒んでいるのだ。
オレは何にも手を触れず、次は左奥の梯子に手をかけた。
梯子の先に戸板が付いている。
梯子を上り、戸板に手を触れる。
跳ね上げ式だろうかと、戸板を叩く。
開かない。ビクともしない。
力を込めてドスンと叩く。
何度目かで、ようやく、戸板が跳ね上がった。
その先は真っ暗だった。
登りきると、奥の壁からうっすらと光が滲んでいる。
目を閉じ、呼吸を数える。
しばらくしてから目を開ける。
床と壁が認識できるようになった。
奥のカドには、ベッドが見える。
光はベッド横から布越しに滲み漏れていた。
床に注意し、ベッドに近づく。
カーテンをめくると、太い木格子にはめ込まれた、厚く歪んだガラス窓。
向こう側は見えないが、光だけが鈍く滲んでいる。
デバイスを取り出してみたが、これ以上は明るくならなかった。
この部屋の明かりは、この窓だけのようだ。
窓脇の紐でカーテンを固定してから、部屋を眺める。
ベッドの脇に、引き出しのある机と椅子。
その奥は、衣装棚だろうか。
袴や、着物が、畳まれた状態で積まれていた。
近づいて触れてみたが、それらの衣類はボロボロで、穴だらけだった。
そして、最も目についたもの。
縦掛けの武器ラック、そこには、鞘に収まった1本の刀が縦に固定されていた。
柄頭から剣先まで、ほんのわずかな反りがある。
見た目の長さは1メートルも無いだろう。
仕事の都合で、何度か見たことがある。
これは日本刀。
打刀だ。
オレは、武器ラックに近づき、それを手に取る。
左手で鞘を掴み、右手で柄を引く。
しかし刀は、すんなりとは抜けず、ジャリジャリと砂を擦るような音がした。
抜くとその刀身はどす黒い灰褐色に覆われていた。
黒錆びだろうか。錆びた鉄とカビ臭さが混じる匂い。
50年ぶりに鞘から引き抜かれたそれは、
刀ではなく、死んだ金属だった。
鞘に戻そうとしたが、途中で引っかかり、鞘に収まらない。
しかたなく、刀身と鞘とで離れてしまった刀を、そのまま武器ラックに戻した。
まるで墓を暴いたかのような気分だ。
刀たちが「なんてことをしてくれたんだ」と、オレを睨んでいるようにすら感じる。
無視して、机に近づく。
机の上には羽ペンと地図。右隅にはランタンが置かれていた。
机の引き出しを開ける。
中にはコインが入っていた。
金貨が2枚と銀貨が8枚。
それと、コインの横に革の小袋が1つ。
コインを拾いあげると、埃にまみれていた。
息を吹き付け、服で拭う。
すると色を取り戻し、コインの中央に誰かの顔が浮き出ていた。
革の小袋は、持ち上げると少しだが油臭い。
中には、錆び錆びの鉄のコインが十数枚入っていた。
この小袋はベルトに付けられそうだ。
オレは、金貨と銀貨を1枚ずつ拾い、錆びた鉄のコインと一緒に小袋にいれる。
あとで村に戻り、このコインが使えるか試そう。
引き出しを閉じて、次はベッドを調べる。
それは、木枠に収まった普通のベッドだった。
いいか? これは「普通のベッド」だ。
オレがこの世界で使ったベッドは、藁敷きか、草地か、固い板の床だ。
だがこのベッドには、マットレスがあり、枕もあり、掛け布団が掛かっている。
いずれも、くすんだ色をしているが、手を触れてみると柔らかく弾力性がある。
ベッドに腰を降ろしてみる。
ふわっと、尻が包み込まれるような感触。
柔らかすぎるが、完璧なベッドだ。
ホコリ臭いが、今までよりも遙かにマシな寝床になりそうだ。
正直、アパートの万年床よりも良い。
次からここで寝よう。
そのあとオレは、机の地図を取り、丸めてベルトに挟む。
それからコインの小袋もベルトに括り付けた。
跳ね板に戻り、梯子を降りて工房へ。
工房は、デバイスを閉じても明るいままだった。
だが、この工房にあるものは、オレには無用なものばかりだ。
まずは、コインが使えるかどうか、それを確認しよう。
それと地図だ。
オレが見ただけじゃ、どこがどれかも分からない。
わかりそうなヤツを探して聞く。
オレは出口に向かう。
出入口の扉まで戻り、外にでると、背後の工房の明かりが消えた。
オレは扉を閉めて、正面のポーチに向かう。
この建物の、仕組みも原理もどうでもいい。
知りたいのは、この世界で生きる術だ。
おやしろで手に入れた地図と、コイン。
まずはその2つをベルトにぶら下げ、村へと向かった。
太陽の角度は、まだまだ、朝だった。




