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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
36/432

3.3.09


 翌朝。

 クラゲの家で、ふやかしたパンを食べてから、酒場に案内してもらう。


 案内された「酒場」の見た目は、入り口が他より大きいだけの、平屋の民家だった。


 ドアは開いている。

 ドアの前の周囲には、丸太を半分に切ったベンチとテーブルのセットが4つ。

 朝だが、建物全体から、壁や床にこびり付いたようなパンとアルコールの匂いが漂う。

 夜は、さぞ賑わうのだろう。


 クラゲがドアの前に立ち、建物の中に声を掛ける。

「マスター! いるかい?」

「おう、ちょっとまってろ」

 ガスコスよりも1段低く、図太い男の声だった。


 しばらくすると、ずんぐりとした大男が、エプロンを付けてのっそりと出てきた。

 まるで、エプロンを付けたクマだ。

「なんだクラゲかよ。だれだそいつは」


「へへ……聞いて驚け、なんと……わたしびと様だ!」


 しばらく沈黙した。

 大男のマスターは表情も変えずに、得意げな顔をするクラゲを、苛立たしそうに眺めている。


「おい、ソウジっ」

 空気を察したクラゲが、左手を広げて、パンパンパンと、手のひらを叩く。

「ああ、デバイスか」

 オレは左手を開いて3回、叩く。

 手のひらが、ぼやっと光り、デバイスが出現した。


 マスターの顔が、すこし緩んだ気がする。

「ほう……で、なんの用だ?」


「おやしろまで案内してやってくれ」


「おまえが行けばいいだろ」

「仕事あんだよ……」

「おれだってそうだ」

「わたしびと様だぞ? 恩売っといて損はないぞ?」


 大男がしばらく考えてから「はぁ」と、溜息をつく。

 その後に振り向いて家の方を向いた。

「おい! ヒミコぉ!」

「はーい」

 家の中から、黄色い女性の声。

 暗い部屋の奥からサンダルを擦る音。


 小走りで駆けてきたのは、暗めのブロンド色をした三つ編みの少女だった。

 歳は、13か14くらいだろうか。

 胸元まで伸びた三つ編みの先に、赤いリボンを結んでいる。

 白いチュニックの上に裏返した毛皮のベストを羽織り、赤と青の格子模様のスカートを穿いていた。


「よう、ヒミコちゃん。久しぶり。あっはは」

 クラゲがデレデレとしている。


「クラゲさんいらっしゃい。どうしたの。こんな朝早く」

「いや~、あっはははは、ヒミコちゃん元気かな~なんて」

「え~毎日元気ですよ、クラゲさんは、いつお店に来てくれるんですかぁ」


 大男の店主は、何も言わずに店の奥に戻っていく。

 クラゲとヒミコの会話は、そのまま数分続いた。

 しばらくして、ようやくヒミコがオレを見て、話題を変えた。


「えっと……こちらの人は?」

「おお、聞いて驚け、なんと……わたしびと様だ!」


「ええ~うそ~~すっご~い!」

 ヒミコは、口を押えて、営業スマイルを作ったようだが。


「……で、なにする人?」


 いいかげん、オレは二人の会話に割って入った。

「もういい。ヒミコだったか。おやしろまで案内してほしい。場所はわかるか?」

「おやしろ……? ああ、あの石でできた、お化け屋敷みたいなところ?」

「多分それだ。分かるか?」

「うんわかるよ。ちょっとまってて、お父さ~ん」


 ……お父さん?


「おう! いいぞ! いってこい!」


 店の中から聞こえたのは、あの大男の声だった。

 似ても似つかない。


 クラゲは何やら不満そうだ。

「おい、ソウジ。ヒミコちゃんに変なことすんなよ」

「え~ソウジって言うんですか。ちょっとカッコいいかも…」


「もういい行くぞ。クラゲ。またあとでな。いろいろと助かった。ありがとう」

「お……おう……」


 不服そうなクラゲを残し、ヒミコと共に、その場を離れた。


「で、ソウジはなにする人?」

 先を行くヒミコが、顔だけコチラに向けた。

 少し考えたが、答えは単純だった。

「人探しだ」


「ふーん、だれ? 恋人?」

「妹だ」


「ふーん……あ、ガスコスを半殺しにした人? なんか夕べお客さんが言ってた」

「違うが、ガスコスと2人で昨日この村にきた」

「そうなんだ。外の人って珍しいから、けっこう噂になってたよ」


「ヒミコは、マスターの娘か?」

「そうだよ。娘兼、看板娘。恋人は……まだ募集してない。お父さんがみんな追っ払っちゃう」

「だろうな……」


「ソウジも、お店に来てね。お昼からやってるから」

 思えば、オレはこの世界のカネを持ってないな……


「行けたら顔だすよ。おやしろまで、あとどのくらいだ」

「うーん、もう少し? あそこに森が見えるでしょ。あの手前くらいかな」


 ヒミコが指さす森を見る。

 まだ1キロはありそうだった。

 バスやタクシーが走る社会の素晴らしさを思い知らされる。


 それからずっと、ヒミコは喋り続けた。

 さすが、居酒屋の看板娘というべきか。

 現実世界のキャバ嬢になっても、ヒミコは人気がでそうだ。


 そして、ヒミコの話を聞き流しながら、ようやく辿り着いた。


 おやしろだ。


 周囲は木板の塀に囲まれていた。

 中央にポーチがあるが、門扉はついていない。

 ポーチの向こう、庭を挟んで20メートルほど先に、灰色の四角い石造りの建物が見える。


 ポーチを抜けようとしたら、柔らかいなにかに阻まれ、跳ね返された。

 塀に触れようと手を伸ばしてみても、それに手が届く前に、ふわりと阻まれる。

 ウォーターベッドのような感触だ。


「じゃ、わたしは戻るね。お店に遊びに来てね。ぜったいだよ?」

 ヒミコは来た道を戻っていった。


 オレは、左手を叩いてデバイスを取り出す。

 周囲になにも変化は無い。

 デバイスを出したまま、ポーチに近づく。

 すると跳ね返されることなく、ポーチを通り抜けた。


 不思議な仕組みだが、オレもそろそろ、この世界の異常現象に慣れた。

 デバイスを消して、石造りの建物に近づく。


 大きさは、クルマ2台が停められそうな程度だ。小さくはないが、大きくもない。

 四角い、石レンガ造りの建物。

 巨大なゴマ豆腐のようだった。

 中央に、鉄枠でドアノブの付いた木製の扉がついている。


 ドアに近づき、ドアノブを回す。

 カギは掛かっていなかった。

 そりゃそうだ。デバイスが無ければ入れない敷地。

 カギを掛ける必要は無いだろう。


 ドアを開けて、中をのぞく。

 そこは作業場のような部屋だったが、窓が無いので、中は暗い。

 ドアを閉めたら、何も見えなくなりそうだ。

 部屋の中央に柱があり、その周囲に机が並べられている。

 眼を凝らすと、奥には梯子が見える。


 なにか灯りはないのかと見渡すが見当たらない。

 そうだと思い出し、オレはまたデバイスを取り出した。

 デバイスはそれ自体が仄かに光る。


 すると……

 部屋の中が明るくなった。


 見ると、天井と壁のつなぎ目のところで、小さな石のようなものが光っている。

 それが、あちこちに張り付き、部屋の中を照らしていた。


 仕組みはまったくわからない。

 だが、理解する必要も無いし、いちいち驚いていられない。

 ここはそういう世界なのだと割り切る。


 この家は、ログインデバイスを持つ者のみが扱える家。

 その者の帰りを待っていただけだ。



 オレは、家の中に足を踏み入れた。




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