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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
シェイプシフトデバイス
359/363

5.2.17


 リュウジは、ログアウトしなかった。 


 感染症にでも、かかっているのだろうか。

 時間が経つほど、苦悶の表情が濃くなっていく。


 だとしても、再ログインすれば全て治る。


「リュウジ。ログアウトしろ」

「……」


 リュウジはログアウトしようとしない。

 焚火でカラダを温めながら、痛みを堪えている。


 だから尋ねた。

 なぜログアウトしないのかと。


「実は俺よぉ……まだ1度もログアウトしてねぇんだよ」

「1度も? どういう意味だ。それは、いつから?」

「いつからもなにもねぇ。最初からだよ。ログインしたのも1回だ」


「まさか、ログインデバイスを落としたのか?」

「いんや、あるぜ」


 リュウジは、右手を叩き、右手からログインデバイスを出した。

『 ELAPSED 112:27 』


「どうだ。すげぇだろ」

「すげぇ……」


 112時間だと?

 ログアウト直後に気絶した未希は、46時間だった。

 リュウジはその2.5倍くらい。

 こいつのログイン時間は、ぶっ飛んでいた。

 つまり、470日近く、この世界だけで暮らしているということ。


「いや、すげぇけどよ……おまえ、頭、大丈夫か?」

「あぁ? 俺が、あんぽんたんだって言いてぇのか」

「オレの妹もそうだったが、長時間ログインすると、頭がパンクするぞ」

「おぅそれか、そうらしいな。知らねぇけどよ」

「なんでだよ。なんか事情があるのか?」

「まぁ……おめぇには、話してもいいか」


 他の連中は、みんな眠っていた。

 ストームは、エルハムと筆談をしているように見える。

 まぁあれはいいだろう。ほっとこう。


 リュウタの姿は、あいかわらず見えない。

 その辺を散歩でもしてるのか、あるいは、狩りにでも行ってるのか。


 リュウジが、ポーチからバナナタバコを出し、焚火で火を点けた。

 オレにも1本差し出したが、要らないと断わった。


 甘ったるい、バナナ風味の煙を吐き出しながら、話し始めた。


「シャバでよ、ちょっと、やりすぎちまってな。

 俺んとこの周りはよぉ、サツだらけなんだよ。

 だッははは」


「端折りすぎて、ぜんぜん分からねぇよ」


「うーむ。俺なぁ、嫁さんとガキがいたんだ……」


 過去形か。いたのか。


「まぁ、そのくだりはいいや。俺も言いたくねぇ。

 とにかく、俺達の世界で言うとこの、ケジメってやつだ。

 相手の事務所に乗り込んでよぉ。

 来なくていいつったのに、ロンもついて来やがった。

 ふたりでチャカぶっぱなして、ドスも振り回して、何人切り刻んだかも覚えてねぇが、とにかく、手当たり次第に暴れまくったぜ」



「……どこの任侠映画だよ。よく生きてたな」

 この世界でも、暴れまわるリュウジの姿を何度も見た。

 リュウジが語る光景も、容易に目に浮かぶ。


「終わった頃に外を見たら、サツだらけでな。

 っはは。あれは壮観だったぜ。

 ただ、そんときな。

 床の血だまりに、ログインデバイスがふたつ転がってたんだ。

 俺にはなんだか分からなかったが、ロンの野郎が知っててよぉ。

 んで、この世界に入り込んだってわけよ」


「じゃあ、おまえがログインした場所は……」

「俺とロンで皆殺しにした、相手の組事務所だ。ガッハハハ」


 笑えねぇ。

 ロンはといえば、2ヶ月くらい前に、死んで退場している。


「この世界に逃れて、もう1年以上経っちまった。

 112時間てこたぁ、4泊5日くれぇかな?

 まだいるよなぁ。ロンは先にパクられちまったのかなぁ」


「ログアウトしたら、おまえもパクられるのか」

「まぁ、そうなるだろうな」


 やっぱり笑えねぇ。



「まぁしかし、この傷はちょっとやべぇ」

 リュウジは、血で固まって、黒々とした頭の包帯に触れた。

「何日も持たねぇし、たぶん基地まで歩けねぇ」


「オレが負ぶってやるよ。心配すんな」

「そうかぁ?」

「ああ、この世界の数少ない日本人だ。そのぐらいさせろ」


「でもなぁ……おめぇの世話にもなりたかねぇし。

 ロンが退場しちまった日から、ずっと考えてたんだ。

 舎弟のロンがパクられたまま、俺だけ逃げるってのも、なんだか、みっともねぇしよ」


「カッコつけんなよリュウジ。だったらオレがログアウトして見てきてやる。何年何月だ」


「いいんだよ。ソウジ。ありがとな。

 こればっかりは、俺のケジメだ。

 だからよぉ、いちかばちか、ログアウトしてみるぜ。

 4日も経ってるんだろ?

 もしかしたら、もう引き揚げてるかもしれねぇしな。

 まぁでも……自首するわ」



 なに言ってんだ、この男は。

 他人のことなんて、どうだっていいだろ。


「おい、ソウジ。これどうやってログアウトすんだ?」

 リュウジが、ログインデバイスを出したままの右手を持ち上げた。


「はぁ?」

「やったことねぇから、分かんねぇよ。教えてくれ」

「ったく……ここに触れ。そうだ。そんでその文字に触れればいい」


「おう、サンキュー」

 リュウジが、文字に触れた。

「え、おい、リュウジっ、今は押すなよ」

「ああ?」


 呆けたツラのまま、リュウジが虹色に輝いた。


 吸いかけのバナナタバコが地面に転がった。

 リュウジはチカラを失い、人形のように眠りについてしまった。

 こんなむさくるしい人形、だれも欲しがらない。


 まぁいいか。

 6時間たてば戻るんだろ。

 それで、リュウジのケガも治る。


 そう思っていた。




 翌朝。


 6時間が過ぎても、リュウジは目覚めなかった。



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