5.2.17
リュウジは、ログアウトしなかった。
感染症にでも、かかっているのだろうか。
時間が経つほど、苦悶の表情が濃くなっていく。
だとしても、再ログインすれば全て治る。
「リュウジ。ログアウトしろ」
「……」
リュウジはログアウトしようとしない。
焚火でカラダを温めながら、痛みを堪えている。
だから尋ねた。
なぜログアウトしないのかと。
「実は俺よぉ……まだ1度もログアウトしてねぇんだよ」
「1度も? どういう意味だ。それは、いつから?」
「いつからもなにもねぇ。最初からだよ。ログインしたのも1回だ」
「まさか、ログインデバイスを落としたのか?」
「いんや、あるぜ」
リュウジは、右手を叩き、右手からログインデバイスを出した。
『 ELAPSED 112:27 』
「どうだ。すげぇだろ」
「すげぇ……」
112時間だと?
ログアウト直後に気絶した未希は、46時間だった。
リュウジはその2.5倍くらい。
こいつのログイン時間は、ぶっ飛んでいた。
つまり、470日近く、この世界だけで暮らしているということ。
「いや、すげぇけどよ……おまえ、頭、大丈夫か?」
「あぁ? 俺が、あんぽんたんだって言いてぇのか」
「オレの妹もそうだったが、長時間ログインすると、頭がパンクするぞ」
「おぅそれか、そうらしいな。知らねぇけどよ」
「なんでだよ。なんか事情があるのか?」
「まぁ……おめぇには、話してもいいか」
他の連中は、みんな眠っていた。
ストームは、エルハムと筆談をしているように見える。
まぁあれはいいだろう。ほっとこう。
リュウタの姿は、あいかわらず見えない。
その辺を散歩でもしてるのか、あるいは、狩りにでも行ってるのか。
リュウジが、ポーチからバナナタバコを出し、焚火で火を点けた。
オレにも1本差し出したが、要らないと断わった。
甘ったるい、バナナ風味の煙を吐き出しながら、話し始めた。
「シャバでよ、ちょっと、やりすぎちまってな。
俺んとこの周りはよぉ、サツだらけなんだよ。
だッははは」
「端折りすぎて、ぜんぜん分からねぇよ」
「うーむ。俺なぁ、嫁さんとガキがいたんだ……」
過去形か。いたのか。
「まぁ、そのくだりはいいや。俺も言いたくねぇ。
とにかく、俺達の世界で言うとこの、ケジメってやつだ。
相手の事務所に乗り込んでよぉ。
来なくていいつったのに、ロンもついて来やがった。
ふたりでチャカぶっぱなして、ドスも振り回して、何人切り刻んだかも覚えてねぇが、とにかく、手当たり次第に暴れまくったぜ」
「……どこの任侠映画だよ。よく生きてたな」
この世界でも、暴れまわるリュウジの姿を何度も見た。
リュウジが語る光景も、容易に目に浮かぶ。
「終わった頃に外を見たら、サツだらけでな。
っはは。あれは壮観だったぜ。
ただ、そんときな。
床の血だまりに、ログインデバイスがふたつ転がってたんだ。
俺にはなんだか分からなかったが、ロンの野郎が知っててよぉ。
んで、この世界に入り込んだってわけよ」
「じゃあ、おまえがログインした場所は……」
「俺とロンで皆殺しにした、相手の組事務所だ。ガッハハハ」
笑えねぇ。
ロンはといえば、2ヶ月くらい前に、死んで退場している。
「この世界に逃れて、もう1年以上経っちまった。
112時間てこたぁ、4泊5日くれぇかな?
まだいるよなぁ。ロンは先にパクられちまったのかなぁ」
「ログアウトしたら、おまえもパクられるのか」
「まぁ、そうなるだろうな」
やっぱり笑えねぇ。
「まぁしかし、この傷はちょっとやべぇ」
リュウジは、血で固まって、黒々とした頭の包帯に触れた。
「何日も持たねぇし、たぶん基地まで歩けねぇ」
「オレが負ぶってやるよ。心配すんな」
「そうかぁ?」
「ああ、この世界の数少ない日本人だ。そのぐらいさせろ」
「でもなぁ……おめぇの世話にもなりたかねぇし。
ロンが退場しちまった日から、ずっと考えてたんだ。
舎弟のロンがパクられたまま、俺だけ逃げるってのも、なんだか、みっともねぇしよ」
「カッコつけんなよリュウジ。だったらオレがログアウトして見てきてやる。何年何月だ」
「いいんだよ。ソウジ。ありがとな。
こればっかりは、俺のケジメだ。
だからよぉ、いちかばちか、ログアウトしてみるぜ。
4日も経ってるんだろ?
もしかしたら、もう引き揚げてるかもしれねぇしな。
まぁでも……自首するわ」
なに言ってんだ、この男は。
他人のことなんて、どうだっていいだろ。
「おい、ソウジ。これどうやってログアウトすんだ?」
リュウジが、ログインデバイスを出したままの右手を持ち上げた。
「はぁ?」
「やったことねぇから、分かんねぇよ。教えてくれ」
「ったく……ここに触れ。そうだ。そんでその文字に触れればいい」
「おう、サンキュー」
リュウジが、文字に触れた。
「え、おい、リュウジっ、今は押すなよ」
「ああ?」
呆けたツラのまま、リュウジが虹色に輝いた。
吸いかけのバナナタバコが地面に転がった。
リュウジはチカラを失い、人形のように眠りについてしまった。
こんなむさくるしい人形、だれも欲しがらない。
まぁいいか。
6時間たてば戻るんだろ。
それで、リュウジのケガも治る。
そう思っていた。
翌朝。
6時間が過ぎても、リュウジは目覚めなかった。




