5.2.15
雑木林を離れ、夜道を歩いた。
未希の魔法のおかげで、月明かりでも地面がよく見える。
遠くの景色は黒いままだが、何百メートルか先まで見渡せる。
あちこちで鳴く腹の虫。
夕食の時間はとうに過ぎている。
先頭を行くのは、リュウタと未希。
エルハムはミラーが背負っているが、気を失っていた。
オレとミケルは、雑木林で集めた枯れ枝を抱えて、その後ろを歩いた。
疲れ果てた顔をして後を追うストームが言った。
「いま、何時ぐらいだろうね」
眠そうだ。
ソフィアが、ストームの背中を支えながら、ログインデバイスを出した。
「夜の10時くらいかしらね」
先頭を歩く未希が、顔を向けた。
「こんな時間に、こんな場所を歩くの初めて」
周囲には、なにもない。
建物は無論、人の姿も皆無。
この世界で夜道を歩くのは、自殺行為だ。
暗闇になにが潜んでいるかも分からない。
平原だからまだいいが、方角を見失いやすい。
朝を迎えたとしても、戻ることも難しくなる。
しかし、オレ達にはリュウタがいた。
オオカミにとって、昼は昼寝の時間だが、夜は仕事の時間。
昼間よりも、感覚が研ぎ澄まされているだろう。
リュウタと未希の案内で、昼間渡った川岸まで戻った。
オレ達は、手早く焚火を設営した。
焚火の炎が、たまらなく眩しい。
ナイトビジョンのせいだろう。
太陽のように輝いていて、見続けることができない。
解除できないのかと、未希とストームに尋ねたが、ムリだと言われた。
ソフィアが、目をそむけながら、時間をかけて簡単なスープを温めた。
エルハムは縛り上げられたまま、いまだに気を失っている。
リュウタが、そのエルハムの真横でくつろいでいた。
血の匂いに惹かれるのだろうか。
珍しくよだれを垂らしている。
未希に「食べちゃだめだよ」としつこく言い聞かされている。
物足りない夕食を済ませた後は、見張りの順番を決めた。
そして、朝が来るのを待った。
翌朝。
夜明けは、青白く輝き、やけに眩しかった。
それでも、やがて魔法が解けたのか。
陽が昇る途中で、いつもの朝陽に戻っていた。
朝食の前に、エルハムに対する軽い尋問が始まった。
担当は、ミラー。
「さて、エルハムさんよ。状況は理解できてるか?」
(ンー、ムーッ)
エルハムは、布を噛ませられている。
あれでは喋れない。
ミラーは、エルハムの右手を掴んで、エルハムの頬を叩いた。
ログインデバイスは出現しない。
エルハムのデバイスも、左手にあったのだろう。
しかし、その左手は、すでに斬り落とされている。
「俺は、やさしいからな。今のうちに、喋れることは喋っとけよ」
だから、それじゃ喋れないだろう。
「ソウジも、これからルミナス・ノードへ行くんだったら、気をつけなさいよ?」
「え?」
「この世界にも拷問はあるからね。いちばん恐ろしいのは、オオカミでもクマでもなく人間。プレイヤーよ」
「そうか。そうだな」
「人道法もジュネーブ条約もないわ。あるのは口を割らせる手段だけ」
エルハムはもう、自分の意思でログアウトすることができない。
舌を噛んで自殺することもできない。
その状態で、痛みだけが繰り返されるのだろう。
エルハムにできることは、衰弱死するまで拷問に耐えるか、とっとと口を割って、退場させてもらうことだけ。
いずれにしても、待っているのは退場。つまり死だ。
「最悪だな……この世界は」
「注意しなきゃならないのは、魔法ね。
発動に必要なのは意思と意識だけだからね。
結局、エルハムって、どういう魔法使いなのかしら?」
「動物に化けるんだよな。あまり、リュウタを近寄らせないほうがいいか」
午前中のうちに野営地を片付け、ヘラジカの待つ川岸のキャンプ地へと戻ることにした。
エルハムは、ミラーとミケルが交代で背負う。
キャンプ地には、昼過ぎに戻った。
見張りで残されていた2人と、川辺で呑気に水草を食んでいるヘラジカが2頭。
焚火の傍では、セルヒオとリュウジが、横になっていた。
ふたりとも、ケガをしている。
セルヒオは死んだように眠っていた。
「生きてたか、リュウジ」
左足の太ももの裏と頭に、血が滲んだ包帯を巻いていた。
「よぅソウジ。おめぇもな。で、あれはなんだ?」
リュウジが、ミラーが背負うエルハムにアゴを向けた。
「捜索対象だった男の、エルハムだ」
「そうか。捕まえたのか。やったじゃねぇか」
「セルヒオはどうした。生きてるのか?」
「ログアウト中だ」
「なるほど。おまえはログアウトしなくていいのか、リュウジ」
「ん~、まぁ、気が向いたら、そのうちな」
「他の4人はどうした」
「さぁな。突然オオカミの群れに襲われてよぉ。俺はセルヒオを担いで逃げたが、他の連中がどうなったかは知らねぇよ」
「そうか」
ある意味。
オレ達が見殺しにしたと言えなくもないな。
共に車輪を追いかけて行ったとしても、リュウタがいれば回避できたかもしれない。
14名のうち、生存者は10名。行方不明4名。
結局、今回も少なくない被害が出た。
まぁそれでも、エルハムを捕らえることができたんだ。
任務は、とりあえず成功。
今後の被害も、無くなるだろう。
夕方前に、セルヒオが目を覚ました。
再ログインなので、セルヒオは、ケガも疲労も、全て回復した。
詳しいことは話さないまま、エルハムを捕らえたことだけを伝えた。
セルヒオは渋い顔を作ったが、任務の成功を聞いて胸を撫でおろした。
しかし部下4人は、行方不明のままだ。
今日はもう遅い。
帰還するのは明日。
セルヒオの部下2人とミケルは、薪木を集めに行った。
未希と、ストームは夕食の準備。
ソフィアはヘラジカの世話。
そしてセルヒオとミラーは、エルハムの尋問。
口は封じられたままだが、右手に枝を手渡されている。
酔っ払いのセルヒオに、ハイランダーのミラー。
それとヤクザのリュウジも、足を引きずりながら、尋問に参加した。
口を割られるよりも、割らないでくれたほうが楽しめる。
そう言わんばかりの3人が、縛られてズタボロのエルハムを囲んだ。
せめて、焚火から離れたところでやってくれと、3人に頼んだ。
未希や、ストームには見せたくない。
3人はエルハムを引きずって、暗い川岸の方へと向かった。
口元を布で縛られたエルハムの呻き声が聞こえてくる。
やはり、この世界は狂っている。
未希や、ストームが、あんな目に遭わされたらと考えた。
オレ達が、別のエレメントの連中に捕まったらどうなるんだ。
そんなことになったら、オレはどうなってしまうんだ。
捕まるわけにはいかない。
そもそも、ルミナス・ノードなんかに、行くべきじゃない。
ログインデバイスなんて、
次のログアウトで叩き壊してしまった方がいい。




