5.2.13 - オーバーフイット
オレ達は、雑木林の端まで戻った。
ストームの提案だ。
ストームは、作戦の説明をしたが、よく分からなかった。
とりあえず。
ログアウトしている2人がログインするのを待つ。
オオカミの縄張りに踏み込む必要もない。
銃撃をかいくぐって丘を駆け上がるなんてバカなことも、しなくていい。
作戦が成功すれば、エルハムら3人は、自分たちの意思で丘を降りてくることになるらしい。
そして最後に、力強く言い放った。
「エルハム達が、何カ月もこの場所に潜んでいたんだとしたら、間違いなく、魔法が暴走してる」
「どういうことだよ」
「エルハム達は、同じ魔法を何度も使ったはず。
それはつまり、オーバーフィッティング。
あの丘はバグってる。
丘のプレイヤーがオオカミの仲間であること。それが自然なことだと、その土地が認識している」
「……わかるか、ミラー?」
「わかんね」
「みきにも、わかんないよ」
「私は分かるわよ。これでも大卒の微粒子学者なんだからね」
「ただの酒飲み姉ちゃんじゃなかったのか」
「なによミラー。頭からキノコ生やしたいのかしら?」
「いや……すまねぇ。悪かった」
ミケルは早々に会話から外れ、離れた場所でバットの素振りをしていた。
どいつもこいつも、バカばっかりだ。
「で、ストームは、魔法の書き換えでもするのか?」
ソフィアが反論した。
「魔法の上書きって、ものすごく難しいのよ。元の術者よりも、その分野を理解してないと、上書きなんてできないわ」
「……うん。上書きはしない。元の状態に戻すだけ」
「戻す? どういうことよ?」
さっぱり分からない。
「とにかく、先に、確認したいことがある」
「なんだ?」
「オオカミの偽装魔法が掛かっているのが、土地なのかプレイヤーなのかを知りたい」
「……なにをさせられるんだ」
「隠れて、丘に近づいてほしい」
嫌だよ、そんなの。
話を聞いていた全員が、そう思ったはずだ。
「僕がやろうか?」
素振りをしていたミケルが言った。
一応、話を聞いていたようだ。
「僕は外野手だからね。肩も強いし、足も速いよ」
外野手も肩も、関係ないと思う。
でも、ミケルの志願を否定する者は誰もいない。
念のため、帰り道で迷わないように、ミラーも距離を置いてついていくことになった。
ミラーとミケルが、雑木林の奥へと入って行った。
姿が見えなくなって十数分後。
未希の背筋が伸びた。
傍らで伏せていたリュウタも、頭を起こした。
「あっ! 増えた。2足歩行のオオカミが1匹! あ、もう1匹増えた。丘よりもだいぶ手前かもね」
まさか、ミラーとミケルが、オオカミに変身したのか。
なんだろう。妙な笑いが込み上げてくる。
「やった。これで、魔法はプレイヤーじゃなくて、土地に掛けられていることが確定した。
それでさ、新しく増えた2匹に、遠くの群れは反応してる?」
「うーん、わかんない。それよりもいまは、ご飯に夢中」
「えぇ……ご飯て……もしかして」
「やめなさい。それを深く考えるのは」
未希とストームの会話の続きを、ソフィアが制した。
「気にならないってことは、土地にいるプレイヤーを、離れた場所の同じ群れだと認識させてるのかな。まぁでも、それはどうでもいいや」
「じゃあ、どうするのよ?」
「その土地に、オオカミの何たるかを再設定するだけ。しばらく考え事するから。みんなは休んでていいよ」
ストームが、少し離れた場所へと歩き、落ちていた枝を掴んで、地面になにかを書き出した。
「あ、増えたオオカミが人間に戻った。おもしろーい」
未希が楽しそうだ。
しばらくすると、森の奥に、ふたりの姿が見えた。
ミラーも、ミケルも、自分がオオカミになったという認識は無かったようだ。
当人たちは、身を屈めて丘に近づき、戻ってきただけ。
地面に文字を書きまくっているストームが言った。
「つまり、オオカミだと勘違いするのは、オオカミだけってことだね。掛けられている魔法の構造も、だいたい理解できたよ」
結局、そのまま陽が沈み始めた。
やがて辺りが暗くなる頃、未希とリュウタが、消えていた2匹のオオカミの気配を感じ取った。
時計がないから、正確には分からないが、消えていた時間は、およそ6時間。
これで間違いない。
オオカミは、ログインもログアウトもしない。
丘に潜んでいる3匹のオオカミは、プレイヤーだ。
今夜は、ここで野宿することになりそうだが、敵が近いとなると、焚火を点けるわけにもいかない。
オレ達は、夕暮れに染まる雑木林の端に身を隠したまま、ストームの結論を待った。
そして陽が完全に沈んだ頃。
暗くなった地面を、大量の文字で埋め尽くしたストームが、腰を上げた。
「場所を変えたい」
最初に放った言葉はそれだけ。
丘までの距離を保ったまま、オレ達は右方向に、暗い雑木林を回り込んだ。
明かり無しで夜道を歩くのは久しぶりだ。
エレメント・ノードには、星も月もあるので、夜でも少しは見える。
「この辺でいいよ」
立ち止まった場所は、丘とオオカミの群れとの対角線上。
「みきさんにも、魔法を唱えてほしい」
「うん? どんな?」
未希も言われるがままに、魔法を唱えた。
『みんなの目が、夜でもよく見えますように』
まさかの……ナイトビジョン……
ミラーが、驚いて目を擦った。
「なんだよこれ……すげぇな」
ミラーの時代にはまだ、ナイトビジョンは存在しない。
オレ達は、互いの顔を見返した。
「これなら、夜でもキャッチボールできるね」
「ん……そんなことに使っちゃダメ」
少し青っぽいが、よく見える。
暗がりの樹木や地面も、はっきり見えている。
これなら、有利に戦える。
そしてオレ達は、茂みに身を隠した。
ミラーの腹が鳴った。
「腹減ったなぁ、ちくしょう」
1日分の食糧を持参しているが、まだ、晩飯を食べていない。
「みきさん」
「うん?」
「リュウタに触っても平気?」
「うん。大丈夫だよ」
「あと、リュウタに吠えないようにお願いして」
「わかった」
「それじゃあ、始める」
未希の横で伏せているリュウタの背中に、右手を置く。
リュウタが、クビを捻って、ストームの顔を見上げた。
そしてストームは、目を閉じた。




