5.2.12
オレ達の足は、完全に止まった。
ストームは、考えを整理すると言ったまま静かになった。
未希は、リュウタを抱きかかえたまま、灰色の首元に顔を埋めている。
ときおり、遠くから、オオカミの遠吠えが聞える。
その距離は遠いままだ。
ミラーとミケルは、周囲に目を配り、警戒した。
オレは未希のところまで歩み寄り、近くに腰を下ろした。
「おにいちゃん……」
「うん?」
「オオカミの群れが、リュウジさんたちに追いつきそう」
群れが向かっているのは、セルヒオ達のところ。
オオカミの数は分からないが、あいつらは5人。
ミラーが言った。
「助けに行ける距離じゃねぇな。遠吠えの感じでも10キロはある」
ストームが顔をあげた。
「潜伏してるエルハム達がオオカミに偽装している理由ってさ、自分達が襲われないためかな?」
ソフィアが苛立たしそうに言った。
「なによそれ。オオカミのフリして、オオカミの縄張りを隠れ家にしてるってこと?」
もしそれが出来るのだとしたら。
何カ月も見つけられなかった理由にもなる。
縄張りに踏み込んで、オオカミの遠吠えが聞こえたら、大抵のプレイヤーはそこから立ち去る。
まさか、そこに潜んでいるなんて、考えるはずもない。
「おい、ミラー。エルハムってどんな魔法を使うんだ?」
「俺もよく知らねぇが、ストームの嬢ちゃんみたいな万能型だって聞いてるぜ」
「おまえは同じことができるか? ストーム?」
「んん。みきさんみたいに、友達になるのは無理だけど……
オオカミの知識が深ければ、偽装くらいならできるかも」
リュウタに抱きついていた、未希も顔を上げた。
「リュウタとはね、違うオオカミみたいだよ。
カラダが小さいみたいで、匂いもなんか違う。
リュウタのほうが綺麗好きかな。
あとね、灰色オオカミよりも、縄張りが狭いかも」
「種類の違うオオカミか」
「もしかしてさ、イベリアオオカミかな?」
ミケルが言った。
「それは、どんなオオカミだ」
「灰色オオカミより一回り小さくて、縄張りも小さい……って、狭くしたのは人間なんだけどね。
いつのまにか、農場の隣に縄張りがあったりするから、家畜を襲うし、近寄る人間を威嚇してくるんだよ。
だから、イベリアオオカミに詳しいスペイン人は少なくないよ。農場の経営者なら、マーキングの匂いでも分かっちゃうかも」
誰ともなく、顔を上げて質問した。
「エルハムは、アメリカ人だが、他の2人はスペイン人だよな」
ソフィアも、それに続いた。
「そのふたりも攻撃魔法職だけど、3人で知識も、技術も、持っていたと考えていいかもしれないわね」
ミラーが珍しくため息をついた。
「ってことはだ。
車輪の跡は、討伐隊をオオカミの縄張りに誘い込むための罠。
自分たちは、オオカミに偽装して、縄張りそのものを隠れ蓑にしていた。
最悪な筋書きだが、繋がるっちゃ、繋がるな」
最悪だ。言葉もない。
行方不明の討伐隊も、同じ仕掛けで全滅したのだろうか。
「あ……終わった、みたい」
「え?」
未希が、俯いていた。
「あのね、プレイヤーの動きは、遠すぎてわかんないけど、オオカミの動きは分かる。駆け回る振動がおさまったから、たぶん終わった」
終わったとはつまり。
セルヒオ達が全滅したか、逃げたか。
簡単にやられる連中じゃないとは思うが。
リュウジもいよいよ、年貢の納め時か。
「これからどうする。ストーム」
「んん。みきさんに聞きたいことが2つ」
「なぁに?」
「リュウタは、この先に進んでも大丈夫?」
「森の先からオオカミのおしっこの匂いがするから、途中から縄張りに入ると思う。リュウタだけじゃなく、みきたちが入っても襲ってくるんじゃないかな」
「みきさん、エルハムまでの距離はわかる?」
「この森を抜けた丘の上だと思う。たぶん2キロか、2キロはない」
ミラーが、頭を掻きむしった。
「かーっ、まいったな。
3人中、2人ログアウトしてるとしても、俺達が入ったら、オオカミが襲ってくる。
その前に襲うにしたって、あいつらは銃を持ってるんだよな。丘を駆け上がるなんて、いい的だぜ」
ストームが言った。
「大丈夫。手はある。エルハムとスペイン人を、罠で嵌め返す」
「あん? どうやって?」
「わたしの論文……ハッキングを試すいい機会」
オレを含め、ストーム以外の全員が声を揃えた。
「はぁ?」
ストームに集まった視線だけが、語っていた。
(なに言ってんだコイツ)




