5.2.11 - 罠か
オレと、ストームの考えは、推測だ。
確実な痕跡は、いま追いかけている車輪の跡。
たとえ、見え透いた罠だったとしても、辿り着いた先で、なにかしらの情報は得られるだろう。
だが、オレが考えているのはもっと単純なこと。
罠の可能性が高い場所へ、未希やストームを行かせたくない。
「セルヒオ」
オレは、セルヒオを呼び止めた。
「なんだ。どうした?」
オレは、リュウタが捉えたオオカミの気配について話した。
セルヒオは、真剣な顔で聞いていたが、話しが進むほど、退屈でめんどくさそうな表情が濃くなっていく。
半信半疑と言ったところだ。
ミラーと、ソフィアは、未希とリュウタの関係について知っているし、信頼してくれている。
リュウジも、この話を信じるだろう。
だが他の連中は、ミケルも含めて、微妙な反応だった。
動物が感じ取った違和感。
それを信じて行き先を変えるなんて、文明的な判断とは思えない。
「分かった。二手に分かれよう」
オレ達の進言は、目に見えない推測と、こじ付け。
足元に続いている車輪の痕跡は、明らかだ。
調べないわけにもいかないだろう。
それでも、本当に連中がそこに潜伏していて、しかもログアウトしているというのなら、簡単に捕縛できる可能性がある。
しかし、なぜログアウトしているのか。
なぜ、オオカミの偽装をしているのか。
分からないことも多い。
セルヒオは、オレ達とアッシュバレルとで、チームを分けた。
セルヒオ達は、リュウジを含む6人。
オレ達は6人と1匹。
別れる前に、セルヒオが言った。
「いいか。今日のところは調査だ。なにか見つけても、事は起こさず、いったん戻れ。俺達も。おまえ達もだ」
「ああ。分かった」
そこで別れた。
セルヒオ達は、車輪の跡を辿って北東へ。
オレ達は、オオカミの気配を追って、東北東へ。
急ぐ必要がある。
もし予想が正しくて、ログアウトしたのであれば、6時間で戻るということだ。
その前に、ヤツらの隠れ家に近づきたかった。
なのに、オレ達は、まもなく行く手を阻まれた。
オレ達がずっと辿ってきた川。
幅は、15メートルくらいだろうか。
リュウタが捉えたオオカミの気配は、川を渡った先にあるらしい。
ソフィアが、川面に視線を落としながら言った。
「どうするのよコレ」
「僕も、泳ぐの得意じゃないなぁ」
「わりぃが、俺も泳ぎは上手くねぇ」
「わたしも泳げないよ……」
「みきは、泳げるけど。おにいちゃんは?」
「いや……まず、泳ぐ以外の手段を考えよう」
上流から下流へと視線を流す。
「ねぇ、探せば歩いて渡れる場所もあるんじゃない?」
「んん。この先に隠れ家があるなら、渡れる場所もあるはず」
「ミラー。探せるか?」
「そうだなぁ……
肩まで浸かれば、ここでも渡れるかもしれねぇが、流されちまうからな。もう少し浅いところを探そう」
「近くにありそうか? なにを探したらいい?」
「まず、水面が静かなところは深い。
だからここじゃねぇ。
探すのは、川岸から真ん中まで、さざ波が立っている場所。
それと、川に向かう動物の足跡だ。
川の中にも獣道がある。
あとは小鳥が魚を狙ってるところ。
そこも歩けるくらい浅いだろう」
「なら、それを探しながら、移動しよう」
「上流と下流と、どっちにいくのよ?」
しばらく相談した結果、上流へ向かうことになった。
明確な理由は無い。多数決。運任せだ。
それらしき場所を見つけたのは昼過ぎ。
そのあたりだけ川幅が少し広い。
ミラーの注文通り、反対側の川岸まで波が立ち、川面が荒れている。
動物の足跡は見えなかったが、対岸まで、ところどころに岩が突き出ている。
クチバシの長い小鳥も、石ころの上で、羽を休めていた。
「先に、俺が渡ってみる」
ミラーが独りで、ざぶざぶと川の中に足を沈めた。
見た目は荒れているが、流れは強くなさそうだ。
いちばん深いところでも、膝まで浸からないまま、ミラーは対岸へと辿り着いた。
「大丈夫だ。渡れるぞぉ」
対岸のミラーが声を張り上げた。
「わたし達もいきましょう」
ソフィアを先頭に、川に踏み込む。
その後ろからミケル。そして、ストーム、未希と続く。
すぐ後をオレが追う。
「うわぁ、つめたい」
「転ぶなよ、未希」
「うん」
ちょうど真ん中あたりで、ストームが、ふらついている。
「おい、ミケル」
「うん? ああ、ごめん。はい、お手をどうぞ。お嬢さん」
「んん……」
ミケルが、後ろのストームに左手を伸ばした。
ストームが、その腕を両手で掴む。
「うわっ、つめたっ」
その横を、バシャバシャと飛沫をあげながら、オオカミのリュウタが駆け抜け、あっという間に対岸に渡った。
「リュウタすごーい」
少し手間取ったが、だれも転ぶことなく渡り切った。
濡れたのは、せいぜい膝の下まで。
そこで短い休息を取る。
そして、また歩き始めた。
川岸を離れ、遠くに見える丘陵へと向かった。
進む方角は、リュウタの感覚。
それを受け取った未希が示す方向へと進む。
ログアウトと思われる気配の消失を探知してから、どのくらいの時間が経過したのか。
おそらく、タイムリミットは夕方。
だから、オレ達は少し急いだ。
丘陵の手前で、こんどは雑木林が立ちふさがった。
深い森ではない。
樹木の間隔が広く、地面も明るい。
ところが、その雑木林に入ってすぐのこと。
「リュウタっ、ダメだよ。だめだめ。いまはダメー!」
未希がリュウタに駆け寄り、両腕を首根っこに回した。
リュウタは、前足をぐっと地面に踏み込み、身構えている。
鋭い目を、さらに細めながら、北の方を睨みつけていた。
同じ方向を眺めてみたが、とくに変わったことはない。
陽だまりの地面と、乱立している多様な樹木。
「どうした? 未希?」
「遠吠えしようとしたの」
ミラーも、リュウタに歩み寄った。
「なんだぁ、どうした? オオカミはホンモノだったのか?」
「ちょっとまって、感覚も繋ぐから」
未希が、リュウタを抱え込んだまま目を閉じた。
リュウタの体毛が歪む。
感覚も繋ぐ……
いままでの未希は、リュウタとの対話。
感覚を繋ぐことで、リュウタが受け取る五感を、未希も直接感じ取ることができる。
リュウタが感じ取る、遥か彼方から伝わる振動。
並外れた聴覚。
生物屈指の嗅覚。
そして、オオカミ特有の、生物の魂を見るという第六感。
「オオカミの群れが、走ってる」
「え……なによ、どういうこと? こっちに向かってるの?」
「こっちじゃないよ……
向かってる先はたぶん、縄張りに入ってきた生物……
プレイヤー? かな……」
「プレイヤーって、まさか」
「セルヒオ達か?」
オレとミラーで、顔を見合わせたとき。
微かな遠吠えが聞こえた。
距離は、かなりありそうだ。
聞こえたのは、1匹じゃない。
数匹。たぶんもっとだろう。
ストームは黙ったまま、遠吠えが響いた空を見つめていた。
その横に立っていたソフィアが、未希に尋ねた。
「この遠吠えがそうなの?」
「うん。方角は同じ。距離もたぶんあってる」
「オレ達が目指してる3匹は、どうしてる?」
「まだ丘の方にいて、動いてないよ。2匹の気配は消えたまま」
いったい……
なにが、どうなってるんだ。




