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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.2.10 - 痕跡か


 オレ達6人は、アッシュバレルから来たチームと合流した。


 リュウジの元へ、真っ先に駆け出していったのは、リュウタだった。


 あれは、まだ歯も生えてない赤ん坊だった頃だ。

 あの頃はまだ、リュウタの母親オオカミも生きていた。


 自分の母親と、リュウジと共に暮らした短い日々。

 それでもリュウタは、まだ覚えていたのか。


 だが、リュウタはオオカミだ。

 尻尾を振ることもなく。

 馴れ馴れしく、飛びつくようなこともなかった。


 手の届かないところまで駆け寄るが、それ以上は近寄らない。

 距離を置いたまま風下に移動し、カラダを伏せて、風が運ぶリュウジの匂いを嗅いでいた。


 リュウジは曲げた膝に手を添えて、日本語で語りかけた。

「おぅリュウタか。デカくなったなぁ。なぁんだ。かあちゃんに似てきたんじゃねぇか。わっはは」


「オオカミの顔つきなんて、見分けつくのかよリュウジ」

「つかねぇが……でも、似てんだろ。なんとなくよ?」


「それで、そっちの隊長はだれだ? まさかおまえじゃないよな」

「んなわけねぇだろ。そこにいる酔っ払いだよ」


 アッシュバレル連中の隊長は、セルヒオという中年の男だった。

 たしか、ウィリアムの副官。

 なんども共に戦っているし、顔なじみではあるが、名前を知ったのは今だ。

 なるほど。この男はたしか、スペイン語が話せる。

 だが、ウィリアムに負けず劣らずの酒豪だった。

 外に出して、大丈夫なのか。


 どうやら、セルヒオはスペインではなく、アルゼンチン生まれのアメリカ人らしい。

 ミケルがセルヒオにスペイン語で話しかけると、ふたりはゲラゲラと笑い出した。

 同じスペイン語でも、だいぶ違うらしく、それが笑えるらしい。

 オレには、なにを喋っているのか、まったく分からない。



 リュウジが、日本語で話を続けた。

「にしてもよぉ。ソウジ。軍から憲兵が派遣されるっつーから、どんなヤツかと身構えちまったぜ。まさか、おめぇが来るとはなぁ。だっはは」


 なんだよ、憲兵って。


「悪かったな、オレで」

「悪かねぇよ。出世したじゃねぇかソウジ。まぁとにかくよ、久々の再会だ。今夜は一杯やろうぜ」


「こんなところにまで、酒を持ち込んでんのかよ」

「隊長がセルヒオだぜ。ヘラジカに積んでる荷物は、ほとんど酒だ」


 アッシュバレルのチームは、総勢8人。

 全員、中年の男だった。

 名前が分かるのは、リュウジとセルヒオだけ。

 他の男とは、あまり喋ったこともないが、顔は知っている。


 アッシュバレルから来ただけあって、夕食前だが、すでに半数が酔っぱらっていた。


 まぁ、実はオレ達も、あんまり変わらない。

 ミラーも、ソフィアも。そしてミケルも、酒好きの3人だった。



 アッシュバレルの連中は運んできた酒。

 酒を持ち込まなかったオレ達は、食糧を振る舞い、その夜は宴会のような騒ぎとなった。


 宴は、夜中になってもおさまりそうになく、シラフの未希とストームが、厳重な警戒魔法を周囲に展開した。


 さんざん騒いだ後は、みんな寝てしまい、まともに仕事の会話ができたのは翌朝。

 陽がすっかり昇ってからだ。


 それでも、さすが、アッシュバレルの精鋭。

 夕べ、さんざん呑んだのに、朝はシャキッとしている。

 ついでに、ミラー達も、ほろ酔いでよく眠れたらしく、スッキリとした顔をしていた。


 酔わなかったオレは、焚火の番をするはめになり、浅い睡眠を繰り返しただけで、あまり眠れなかった。

 未希も寝不足ぎみ。

 ストームは、呆れていた。



 とにかく、総勢14人。

 潜伏している3人を追い込むのには、充分な戦力だろう。


 出発前に、セルヒオが言った。

「昨日、偵察に出て、1キロほど先でプレイヤーの痕跡を見つけた。おまえらにも見せたいんだが、いいか?」


 他に手掛かりがない。

 異論は無い。


 野営地には、セルヒオの部下2人が、留守番で残った。

 ヘラジカもキャンプに置いていく。


 そして12人で出発。

 川沿いを上流へと歩き、痕跡があるという場所へ向かった。


 案内された場所に残されていたのは、焚火の跡。

 まったく風化していない。

 ミラーの見立てでは、放棄されてからまだ数日。


「これを見てくれ。石で挟んで、焚火の近くにあった」

 セルヒオが見せたのは、1枚の茶ばんだ紙切れ。

 黒く滲んだ、短いアルファベットの羅列が書き込まれていた。


 覗き込んだストームが言った。

「なんだろ。ポルトガル語? スペイン語?」

「うん? 英語じゃないのか?」


 ミケルが答えた。

「スペイン語だ」


 ストームが質問した。

「なんて書いてあるの?」


「丘に戻るから、これを読んだら追いかけろ」

「えっ、それって」


 地面を這いつくばっていたミラーが口を挟んだ。

「足跡は僅かだが、車輪の跡が残ってる。向かった先は北東だ」


「北東はどっちだ、ミラー」

 オレが質問すると、ミラーが指を向けた。

 川から、やや逸れるが、その先には丘陵が連なっていた。



 ここで数日前に誰かが焚火をしていて、スペイン語の置き手紙を残し、台車を引いて、丘へ向かったらしき痕跡。


 潜伏している3人のうち、ふたりはスペイン人だ。

 この痕跡から浮かぶ考えは、みんな同じだろう。


 セルヒオが言った。

「他に手掛かりもない。このまま車輪の跡を追ってみよう」


 ずいぶんご丁寧な痕跡だが、他に当てもない。

 反対する者もいなかった。

 セルヒオの提案を呑み、車輪跡の追跡を始めた。


 前列は、アッシュバレルの守備隊。

 オレ達は、ミラーを先頭に、その後ろに続いた。


 リュウタは、数メートル離れた場所を並走している。


「未希」

「ん?」

「オオカミ2匹の気配はどうしてる」

「それがね。なんか変なんだよね」

「変て?」

「3匹に増えたんだけど……足音は2匹? 脚の本数が合わないの」

「なんだそれ。ケガでもしてるのか」

「わかんない。リュウタも不思議がってる」

「その3匹も、こっちに気がついているんだよな?」

「どうだろう? 警戒しているわけでもないし、昼間だからかもしれないけど、同じ場所からぜんぜん動かないよ。寝てるのかな?」

「オオカミなんだよな?」

「リュウタが感じてる匂いと気配は、オオカミだよ」


 妙だな。

 引っかかる。


「ここは、そのオオカミの縄張りじゃないのか?」

「うーん。リュウタが警戒してるから、縄張りに近いとは思う」


 考えを整理した。

 行方不明になった、討伐隊の痕跡は、見つかっていない。

 先に見つけたのは、潜伏者の痕跡らしきもの。

 その痕跡は、あまりにも、ずさん。

 逆に怪しい。


 そもそも、何カ月も潜伏を続けている連中だ。

 ここまで分かりやすい手がかりを残すだろうか?

 もし、これが手掛かりだというのなら。

 オレには、罠を仕掛けられているとしか思えない。


「ストーム……未希も聞いてくれ」

 日本語でふたりに尋ねた。


「んん?」

「うん?」


「プレイヤー3人が、魔法でオオカミの気配に偽装することは可能だよな?」

「んん。わたしじゃ難しいけど、みきさんなら簡単だよね」

「うん。前にも一度、似たようなことやったし」


「リュウタが察知した、脚の本数が合わない3匹のオオカミ。

 そのオオカミは、こちらの気配を気に留めない。

 ろくに狩りにも行かず、同じ場所に留まっている。

 リュウタはオオカミだと感じているが、妙だと思わないか?」


 ストームが、無表情のまま答えた。

「つまり……そのオオカミ3匹はプレイヤーで?

 オオカミに偽装しているって言いたいの?

 なんでわざわざそんなことを?」


「さぁ。それは分からないが」


「あ……ちょっと、まって」

 リュウタが立ち止まっていた。

 未希も、遅れて立ち止まる。

 同じ方向に顔を向けて、歩みを止めた。


「どうした、未希」


「気配が……2匹の気配が消えた?」

「んん? どういうこと?」

「消えちゃった。いまは匂いも気配もない。1匹だけ残ってるけど……」

「……ねぇ、みきさん、その1匹の脚は何本?」


「うーんと……2本かな……あんまり動かないから、分かりにくい」

「みきさん、方角は?」


 未希が、指を突き出しながら言った。

 車輪の跡よりも、だいぶ右にズレている。

「なんで消えちゃったんだろ?」


 ストームの顔を見た。

「キマリじゃないか、ストーム?」


 ストームもオレの顔を見返した。



「うん、オオカミじゃないかも。

 もし、擬態したプレイヤーなら……

 消えたんじゃなくて、ログアウトした」



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