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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.2.09


 夕方まで、ひたすら川沿いを歩いた。


 陽が暮れ始めた頃に、焚火を設営し、野営の準備を始める。


 オレは石炉を組み上げる。

 ミラーとミケルは、薪木を集めに森の中へ。

 未希とストームは、食事の準備を担当した。


 それに加え、あらたに増えた仕事。

 ヘラジカが飲む水を汲み、充分な量の飼料となる枝葉を集める担当。


 ヘラジカの存在によって、手間は増えた。

 しかし、荷物の運搬力は圧倒的だ。

 なんだかんだで、40キロくらいの荷物をヘラジカが運んでいる。

 燃料は枝葉と水だけ。

 文句も言わずに、歩き続けてくれる。

 なんとも便利な存在だ。


 未希は食事の準備の合間に、川辺で集めた水草をヘラジカに与えた。

 未希の腕ごと食べそうな勢いで、ムシャムシャと旨そうに食べている。

 手は、ヘラジカの唾液まみれだ。

「そういや、名前は決まったのか、未希」

「うーん。ルルなんてどう?」


 闇に溶け込むと、見つけるのも難しそうな茶褐色。

 おそらく150キロを超すであろう筋肉質な体躯。

 風船のように垂れ下がった鼻づらも、たいして可愛くもない。

 目つきだけは穏やかだが、その名前が似合うとは思えなかった。


 ただまぁ、反対する理由もない。

 オレにはヘラジカの名前なんて、どうでもいい。

「いいんじゃないか」


「じゃあ、この子は、今日からルルね。よろしくねルル」

 未希が左手で、ヘラジカの鼻づらを撫でた。

 ほんの数秒、その鼻づらが歪む。

「おい、未希、まさか」

「えへへ。そのつもりなかったんだけど」

「おまえな……」

「ルルもね。自分の名前、覚えてくれたよ。嬉しいって」


「なになに? どうしたの?」

 ソフィアの声。

 青々とした葉がついたままの枝を抱えている。

 たぶん、ヘラジカの飼料だろう。


「この子の名前ね。ルルにした」

「あらぁ可愛いじゃない。でもルルっていうより、ポポって感じじゃない?」

「わたしは、ドドだと思う」

 いつの間にか近くにいた、ストームも話に混ざった。

「ルルだよぉう」

 ヘラジカのルルは、未希の声にだけ反応し、鼻づらを向けた。


「おーい、煮たってんぞー、どうすんだこれ」

 離れた場所から、ミラーの声。

 薪木を抱えたミケルとミラーが、焚火の傍に立っていた。

 ボコボコと音をたてる鍋から、いい匂いが漂ってくる。



 食事が始まると、陽気なミケルが、未希に言葉をかけた。

「ミキは、魔法で動物と会話できるんだね。すごいね」

「えへへ。そう? ミケルは魔法つかえないの?」

「僕には無理みたいだけど。こんど教えてよミキ」


 へんなちょっかいを出さないか、心配だ。

 深夜の見張りには、ミケルと共に、明け方の3番手を志願した。

 念のためだ。


 見張りの時間。

 オレが剣の手入れをしていると、ミケルは、ひたすらバットで素振りをしていた。

 ある程度汗をかくと、キャッチボールに誘われたが、丁重にお断りした。

 何考えてんだよ。

 この男は。




 陽が昇り、翌日。

 今日も朝から歩き続け、川の上流へと進んでいく。

 重い荷物をヘラジカが運ぶおかげで、未希やストームの荷物は少ない。

 それでも、昼頃になると汗が滲み、重たそうな呼吸を繰り返していた。


 低木が生い茂り、歩きにくい川辺の森。

 緩かったり、急だったりの傾斜が続く。


 午後からは、ミラーの提案で、川沿いから百メートルくらい離れた場所を進むことになった。

 登りの傾斜がきつくなったが、角度が安定していて歩きやすかった。



 そして、陽が傾き、そろそろ夕方になるかという頃。

 オレ達は森を抜けた。


 いつのまにか、高台を歩いていたようで、河川は急な斜面の下だった。

 視界が開けたおかげで、蛇行する川も遠くまで見渡せる。


 ミラーの後ろを歩いていたストームが立ち止まり、彼方を指差した。

「ねぇ、あのへんそうかな。川の形がS字になってる」


 距離感が掴めないが、あと2~3キロだろうか。

 森と平原に挟まれながら、川が大きくS字に蛇行している。

 さらに遠く見えるのは、低く連なる山。

 山というより、モコモコと連なる丘陵か。

 その周囲には森があったり無かったり。

 そんな光景が、視界の一面に広がっていた。


 ミラーが答えた。

「そうだな。他に目印もねぇし。地図を描いたやつも、ここに立ったのだとしたら、あれだろう」


「じゃあ、陽が暮れる前に、あの場所まで行こう」


「待ち合わせは、あの辺りなんだよなぁ嬢ちゃん」

「うん。日暮れまでに行けるよね?」

「ああ。問題ねぇ」


 そして、歩き出す。

 川岸を目指して、ひらけた草地の斜面を下る。


 下りきると、平坦な草地が続いている。

 歩きやすい。


 川のせせらぎも心地よく、微かな水気を含んだ爽やかな風と空気。

 歩き続けて汗ばんだ肌には快適だった。



 気になったのはオオカミのリュウタだ。

 先ほどまで、離れて並走していたリュウタが、今は未希の近くを歩いていた。

 おかげでヘラジカのルルが、リュウタを警戒しているのか、しきりに頭を振ったりして、鼻息が荒い。

 動物に詳しくないオレでも、興奮気味なのが伝わる。


「大丈夫だよ。ルル」

 未希が、ルルの肩をさすりながら言葉をかけている。


「リュウタはどうしたんだ。なにか見つけたのか?」

「うん。あっちの丘の、さらに遠くにオオカミがいるみたい」


「オオカミ?」

「うん。でも、まだだいぶ遠いよ」

「何匹くらいだ」

「2匹……かな? こっちを警戒したりはしてないみたい」

「そうか」


 また、はぐれオオカミの親子かなにかだろうか。

 なんにしても、2匹なら問題ないだろう。

 間違って襲ってきたとしても、対処できる。


「それとね。たぶんプレイヤーかな。何キロも離れてない場所に、7~8人くらい。アッシュバレルの人達かな? だんだん近づいてると思う」


「え? プレイヤー?」


 それを先に言えよ未希。

 7~8人って。アッシュバレルの味方だといいんだが。


「おいミラー」

 先頭を歩くミラーを呼び止めた。

「あん?」


「この先に、7~8人のプレイヤーがいるらしい。念のため警戒しよう」

「おう、そうか。リュウタの鼻か?」

「ああ。そうだ」


 ミラーが立ち止まったので、オレ達も足を止めた。

「まぁ、十中八九、アッシュバレルの連中だろうが、隠れて近づこう」



「んん。見て。煙」

 背中を向けたままのストームが言った。

 視線を向けると、1キロくらい先の空に、太く雑な煙が広がった。

 誰かが、焚火を起こしたようだ。


 まぁあれなら、オレ達を待ち伏せしてる連中ではないだろう。


 それでも、念のため警戒しながら、焚火の方へと近づいた。

 腰を落として、遠目から眺めると、5人のプレイヤーが焚火の準備を始めているのが見えた。

 荷物を積んだ、メスのヘラジカの姿もある。


「5人ね。あと3人はどこかしら?」

「薪木でも集めてんじゃねぇか。おいソウジ」


「ああ。大丈夫だ」


 あれは味方だ。

 オレにとっては、見知った連中の顔。

 アッシュバレルでは、仕事の同僚。

 守備隊の連中で間違いない。

 しかも、その中に、リュウジの姿もあった。


 オレは、聞こえるように言った。

「アッシュバレルの守備隊だ」


 その言葉で、全員が胸を撫でおろした。



 陽も落ち始める時間だった。

 オレ達は、最初の目的地に到着した。



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