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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.2.08 -


 オレ達は、北東へ向かって旅を始めた。



 エレメント・コアの駐留地を離れ、森に入る。

 ミラーが先頭でペースを作り、ソフィアがヘラジカの手綱を引く。

 ヘラジカの後を、未希とストームが追いかけ、オレとミケルは最後尾。


 向かう方向には、車輪の跡も、獣道もない。

 久々に、ハイランダーの方向感覚が頼りの旅だ。


 それにしても、ミケルがうるさい。

「ソウジは、野球とサッカー、どっちが好き?」

「どっちも興味ない」

「そうなの。けっこういい体格してるみたいだけど」


 ミケルは、陽気な男だった。

 野球もサッカーもそうだが、オレはミケルにも興味はない。

 嫌いというわけじゃないが、めんどくさい。


「おにいちゃん、柔道みたいなの習ってたよね」

「んん? そうなの? 初耳」

「まぁ……実家にいた頃な」


 思い出したくもない過去。

 護身術だと言われ、父親に、無理やり教えられてた。


「へぇ、そうなんだ? スペインでも、ジュードーは人気の格闘技だよ」


「いや、柔道ではないな。なんだっけ……徒手格闘術?」

「格闘術? それって、軍隊で習うようなやつ?」


 軍隊か。

 今思えば、しらずしらずのうちに、それを叩き込まれた子供時代だった。


 警備会社に勤めているオレの父親は、自衛官だったらしい。

 もっと若い頃は、空手に打ち込んでいたと聞いている。

 オレが生まれる前の話なので、詳しいことは知らない。


 最初の記憶は、棒を振りかざして襲い掛かって来る大悪党の父親。

 オレは、その棒を奪い取って、父親を殴りつけるヒーロー。

 ただの父と子の遊びだ。


 小学校に入ってからは、もう少し頭を使うものに変わった。

 関節の極め方。

 極められたときの外し方。

 馬乗りにされたときの脱出のしかた。

 後ろから羽交い絞めにされたこともある。


 格闘技を習っていたという自覚はなかった。

 フィジカルトレーニングはなく、ただただ実戦の訓練。

 小さい頃はまあ、楽しかったが。

 いつしか苦痛に感じるようになっていた。


 中学に入った頃。

 あまりにしつこかったので、父親の人差し指の関節を外したことがある。

 そのときの父親は、怒るでもなく。

 救急箱から取り出したギプスと包帯を、指に巻きながら、不気味な笑みを作って、オレのことを褒めていた。


 オレには、狂った父親にしか見えなかった。


 柔道でも、空手でもない。

 ルールの存在しない、自衛隊格闘術。

 たぶんオレは、もの心ついたときから、殺人の訓練をさせられていたことになる。


 おかげで、同世代の不良も、乱暴な大人も。

 どんなヤツに胸倉を捕まれても、怖いと感じたことはない。


 しかし、なにもかもが、嫌な記憶だった。


「……どうでもいいだろ。この話は終わりだ」

「ふーん」


 なにやら、空気を読んで、気を使ってくれているのだろうか。

 ミケルの表情が変わった。

 気を悪くしたとでも思っているのか。


「でも、ソウジって顔に出さないよね」

「なんだよ。急に」


 出さないわけじゃない。

 なんとも、思ってないだけ。


「おまえは、顔に出まくりだな。ミケル」


 ミケルの顔から、陽気な雰囲気が消えていた。

 なにを焦っているのか知らないが、とにかく、ミケルが静かになった。

 それでいい。


 耳を澄ますと、枝葉を揺らす風の音。

 何種類かの小鳥の鳴き声。


 微かだが、動物の歩く足音。

 視線を向けると、十数メートル離れたところに、革紐を首に巻いた灰色オオカミ。リュウタの姿があった。

 すっかり成体に近いサイズに成長し、無駄のない体躯を躍動させながら、跳ねるように森の中を進んでいく。


 未希の飼い犬のような存在だが、なんだか、頼もしい。

 人間のような、本音も建て前もない。

 純粋な気持ちが、溢れ出ている。

 リュウタがそこで並走している限り、未希に危険はない。

 森に潜む殺意や悪意は、リュウタが即座に察知してくれるだろう。


 そのリュウタの耳が、ピクピクと動く。

 斜め前方に照準を合わせている。

 なにかを見つけたのだろうか。


 気がつけば、昼に近い時間。

 先頭のミラーが振り向いた。

「川がありそうだ。方角は少しズレるがどうする」

 それを聞いたソフィアが、ストームに尋ねる。

「川沿いを進むほうが、都合がいいわよね」

「うん。っていうかその川、アーネストから聞かされている中継地のひとつだと思う」


 森の地面は、ゆるい下り坂に変わっていた。

 さらに歩くこと、十数分。

 勾配のキツイ下り坂になっていく。

 躓いたら、どこまでも転がっていきそうな斜面。

 注意深く下っていくと、沢の音が聞こえ始めた。


 やがて森の隙間から見えてくる河川。

 東北東から南東へと、蛇行しながら流れていた。

 幅は、4車線道路よりも少し広いくらいある。

 歩いて渡れそうな川ではない。


 いつのまにか、リュウタがすでに川岸にいて、水面に鼻先を突っ込んでいた。


 川岸まで下ると、森との間に、少しばかりの平地。

「ここで、お昼だね」

 隊長のストームが、休息を告げた。


 まだ疲れてはいないが、適当に腰を下ろす。

 ソフィアは、ヘラジカを川岸に連れて行き、水を飲ませた。


 ストームは、ごそごそと、ポーチを漁っている。

「最初の目的地まで、どれだけ歩くんだ、ストーム」

「まって。アーネストから、地図を借りたから」

「え?」


 ポーチから出したのは、ハンカチよりも大きな布切れ。

 地面に広げると、刺繍はなく、線や挿絵が黒く描かれている。


「ミラー。ちょっといい」

「おう。なんだい、隊長の嬢ちゃん」


「ここが、エレメント・コア。北東に進んで川にぶつかったから、現在地は、この辺かな?」


「まぁ、だいたいあってるな。行き先はここか?」

 ミラーが、カモメの群れみたいな挿絵を指差す。

「そう。行方不明の討伐隊が向かったのがこのへん」

「丘陵の手前か」

 カモメの絵は、丘陵を示す絵のようだ。

 地図に描かれている川は、蛇行しながら丘陵の方へと続いている。


 ミラーが、ヒゲを擦りながら付け加えた。

「丘陵の手前に着くのは、明後日の昼くらいだな」


「うん。それでね。地図だと、川のここがS字になってるでしょ。この奥のカーブで、アッシュバレルのチームと合流するから。まずはここまで行きたいんだけど、明日の夕方までにいけそう?」


「距離は問題ねぇが、ここからはずっと登り坂だ。問題あるとしたら体力のほうだな」


「うーん……自信ないけど、がんばる。いざとなれば、みきさんの魔法で……」


「うん? なぁに?」

 未希は、遠くの川岸で匂いを嗅いでいるリュウタを眺めていた。

 地面スレスレに鼻を近づけて、なにかを探しているようだ。


 未希に尋ねた。

「なにかみつけたのか、リュウタは?」

「うん……でも、食べたりしないから大丈夫……」



 気になったので、立ち上がって、リュウタの方へと近づいた。

 リュウタは、頭を上げて、近づくオレをしばらく眺めたが、また鼻づらを下ろして、地面の匂いを嗅いでいる。



 転がっていたのは、複数の残骸。


 プレイヤーではないと思う。

 それに似た動物の成れの果て。


 袖やズボンはビリビリに破けている。

 地面にへばりついた上着。

 そこから伸びた、カラカラに乾いた腕と足の骨格。


 何カ月も前にプレイヤーに倒され、放置されたままであろう物体。



 動かなくなったウィルコープスの残骸だろう。

 リュウタは、しきりに。



 骨の匂いを嗅いでいた。



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